第2話


「ん…?」


朝、起きると知らない天井だった。


違和感を覚えた俺は、目をこすりながら状態を起こし、辺りを見渡す。


「は…?なんだこれ」


思わずそんな声を漏らしてしまった。


ありえない光景が目に飛び込んできたからだった。


そこは、うちのリビングの2倍はあろうかというとても広い空間だった。


まるでヨーロッパの貴族の屋敷においてそうな豪華な調度品が並べられており、床には高級そうな絨毯、壁には絵画が立てかけてある。


また俺が寝ているのは、キングサイズのベッドで、シーツは洗い立てのように真っ白。


枕も何個もあったりして、ベッド自体も俺の体の形に沈み込むほどにふかふかだった。


俺の自室にある使い古しの硬いベッドとは大違いである。


「夢か…?」


俺は昨日確かに自室のベッドで眠ったはずだ。


それなのに、いったいどうしてこんな場所にいるのだろう。


夢かと思って頬をつねってみたが、普通に痛い。


夢ではなさそうだ。


現実感がないままに、俺はベッドを出て部屋の中を歩き回った。


ふと、壁にかかった鏡が目に入った。


縁が色とりどりの宝石で彩られた大きな鏡だ。


そこに映った自分の顔を見た俺は絶句した。


「月城真琴…?」


そこに映った男の名前を俺は呼んだ。


鏡に写っていたのは金髪に碧眼のイケメンの顔だった。


日本人と西洋人のハーフのようなイケメンフェイス。


顔立ちは整っているのに、見ると反射的に嫌な気分にさせられるそんな顔。


『魔術大戦』におけるかませ犬キャラ、月城真琴がそこに写っていた。


「おいおい、待て待て。なんの冗談だ…?」


乾いた笑いと共に顔をペタペタ触る。


俺の動きに合わせて鏡の中の月城真琴も、自らの顔を触った。


それが表すことはただ一つ。


「月城真琴に……転生した?」


考えたくもないが、思いつく可能性としてはそれしかなかった。


朝起きたら『魔術大戦』のかませ犬役、月城真琴に転生してしまっていた。


そんなネット小説みたいな展開が現実に起こるなんて思っても見なかった。


なんだか現実逃避したくなってきた。


いったいどうしてこんなことになったのだろう。


俺はこれからどうしていけばいいというのだろうか。


「兄さん。起きていたんですね。おはようございます」


「…!?」


俺が現実を受け入れることができずに呆然としていると、部屋のドアがノックされ、誰かが入ってきた。


その人物……金色の髪の美しい少女を見た瞬間に俺は目を剥いて立ち尽くしてしまう。


「月城円香……お前なのか?」


「どうしてフルネームで呼ぶのです?兄さん、寝ぼけていらっしゃるのですか?」


「…っ」


月城真琴の妹である月城円香がそこにいた。


月城真琴にはたった一人の血を分けた妹がいる。


月城円香といい、魔術大戦において攻略が可能なヒロインの一人だ。


金髪で淑やかな髪。


整った顔立ち。


小ぶりな胸。


鈴の音を鳴らすような声。


目の前にいるのは、『魔術大戦』の中でも人気上位のヒロイン月城円香に他ならなかった。


「…」


「…?兄さん?」


俺があまりにも長い間見つめてしまったために円香が首を傾げる。


月城円香は、月城真琴の妹でありながら、密かに主人公のことに想いを寄せている。


兄である月城真琴があからさまに日比谷倫太郎を嫌っているため、あまり日比谷に対する想いを表には出さないが、本当は相当に日比谷倫太郎に入れ込んでいる。


まぁこれはギャルゲーのヒロインなので当然のことと言えば当然なのだが。


問題は、月城円香は『魔術大戦』におけるかなりの不憫キャラだということだ。


彼女は他のヒロイン同様、主人公である日比谷倫太郎のことが好きなのだが、それ以上に兄思いの非常にいい妹でもあるのだ。


兄である月城真琴の考え方が間違っていることはわかっていても、主人公と対立する兄を健気にサポートし、最終的には魔術師との戦いの中で命を落とすことになる。


日比谷のことを思いつつも立場上その気持ちを伝えられることもなく、無念のうちに死んでいく月城円香は、プレイヤーたちの涙と同情を誘った。


そのおかげでキャラクター人気投票ランキングでは、一応敵キャラという立ち位置なのだ

がそれでも必ず上位に入ってくる。


『魔術大戦』をなん周もプレイする中で、何度も死亡シーンを見て、俺自身も感情移入してしまい何度も泣いたヒロインが今現実の人間として目の前にいると思うと、なんだかとても感慨深くなってきた。


「すまんな、円香」


「…え、兄さん?」


気づけば俺は円香に謝っていた。


こんなダメ兄貴のせいで根はいい子な円香が不幸な運命を辿るのはあまりに可哀想すぎる。


「必ず日比谷と幸せな生活を送れるようにしてやるからな。兄さんに任せておけ」


「…!?どうして日比谷先輩の名前が出てくるのですか!?」


突然そんなことを言う俺に、円香は頬を赤らめ、慌てたようにそういった。


その反応は、まさに円香が日比谷のことを愛している証左だった。


ズキリと心が痛む。


俺もそれなりに好きだったヒロイン、月城円香が、この世界では俺とは別の人間を痛いほど愛している。


その事実は、俺がこの世界で嫌われ者で主人公のかませ犬である『月城真琴』なのだと言うことを痛いほど思い知らせてくれた。


朝からめげそうになるが、それでも健気な円香だけはせめて幸せにしてやりたいと思った。


このままでは俺も円香も、魔術大戦に巻き込まれて悲惨な運命を辿ることになる。


破滅の運命を回避するために、俺は今日より行動を開始することにしたのだった。

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