シナリオゲーの悪役魔術師に転生した件〜使えない主人公の代わりにピンチのヒロインたちを救ってたら全員ヤンデレ化したんだが〜

taki

第1話


いい物語にはいい悪役ってのが必要だったりする。


『おい、日比谷!!よく聞けよ!半端な魔術師のお前が、魔術の名門である俺様に勝てるわけないだろ!!わかったらさっさと土下座して降参しとけよ!!』


『断る…!なぜならお前のやり方は間違っているからだ、月城真琴!!魔術は支配のためではなく、人々の幸せのために使うべきなんだ!!私利私欲に塗れたお前に魔術王の座は渡さない!お前は俺が止めて見せる!』


例えば今まさに俺がプレイしているこの『魔術大戦』というゲームのキャラクターである月城真琴は、非常に優秀な悪役だと言えるだろう。


『魔術大戦』とは、最近とある有名シナリオゲームメーカーから発売された新作であり、すでに20万本を売り上げている人気タイトルだ。


その内容はというと、日本のとある地方都市を舞台にした世界で、魔術師たちが『魔術王』の座をかけて戦いを繰り広げるというもの。


主人公の日比谷倫太郎は、ある日自分が魔術師の家系の末裔であることを知り、魔術の力に目覚め、魔術師の王の座をかけた争いに巻き込まれていく。


大雑把に話の筋をまとめるとそんな感じだ。


最近かなり規模の縮小してきているシナリオゲー界隈だったが、久しぶりの良作ということでこの『魔術大戦』はずいぶん話題になった。


シナリオゲー愛好家のみならず、普段こういうゲームをプレイしない層にもリーチしたのが人気になった要因だろう。


『魔術大戦』の人気要素は細かく分析するといくつかあると思うのだが、その一つがしっかりとしたキャラ立ちだ。


主人公の日比谷倫太郎は、正義感の強いこれぞ主人公というような性格だし、敵対する魔術師たちはいかにも悪役といった思想を持っており、敵キャラとしてキャラが立っている。


そして何よりも一番キャラ立ちしているのが、主人公のライバルであり、同じ学校に通う悪役の月城真琴だ。


月城真琴は、魔術貴族と呼ばれる魔術の名門の家系であり、そのことを鼻にかけている嫌なやつだ。


主人公が魔術の力に目覚める前から、何かと主人公に突っかかったりして、とても粘着質な性格に描かれている。


嫉妬深く、美少女ヒロインたちに何かとちやほやされる主人公のことを目の敵にしている。


とにかくこの月城真琴がとてもいいキャラで、いい感じに主人公を引き立ててくれるのだ。


月城真琴が小物っぽいムーブをするたびに主人公の株が上がり、ヒロインはますます主人公のことを好きになる。


日比谷倫太郎の人気は、ほとんど月城真琴の存在のおかげと言ってもいい。


そんな感じなので、ほとんどのプレイヤーから月城真琴は嫌われているが、主人公を引き立てるために健気に主人公に突っかかっていく様が逆に健気で可愛いと、一部には愛好家も存在したりする。


『綺麗事を抜かすなよ、日比谷!俺は魔術王になってこの世界を支配する!全ての魔術師が、人々が、俺に従うんだ…!そのために俺は魔術王になるんだ…!』


『お前は間違っている…!俺はお前を止める!そのためにここにいるんだ…!』


現在俺がプレイしている『魔術大戦』のシナリオは終盤に差し掛かっている。


今まさに、自分の私利私欲のために魔術王になろうとしている月城真琴と、多くの人々を救うために魔術王になろうとしている主人公日比谷が戦おうとしている真っ最中だった。


自分の欲望のために『魔術王』という座が欲しい月城真琴と、他人の幸せのために『魔術王』になりたいと願う日比谷倫太郎。


まさに二人の思想の対立を表した象徴的なシーンだ。


今どきここまでわかりやすい善と悪の構図も珍しい。


ちなみにこの後の結果は、当然ながら主人公である日比谷倫太郎が勝つことになる。


魔術貴族である月城真琴は魔術師としてのポテンシャルは高いものの、それに驕り、自己鍛錬を怠ったがために、血の滲む努力を続けた日比谷倫太郎に負けるのだ。


月城を倒した日比谷は、思想は違えど高校の同級生を殺してしまったことを悔やみ、涙してから次の戦いに進んでいく。


月城真琴は最後まで主人公を引き立てるために悪役に徹してその人生を終えるわけだ。


「いやー、月城真琴。本当にいいキャラだな。こいつのおかげで主人公の好感度があると言ってもいい。主人公はこいつに感謝するべきだな」


月城が死んでいくところを見届けながら、俺はそんな感想を漏らした。


最初は俺もいちいち主人公に突っかかってくる月城にうざさを感じているプレイヤーの一人だったが、ゲームをなん度も最初からやり直し、現在5周目に入っている中、だんだんと月城のことが好きになり始めていた。


あと数回すれば、俺も月城真琴愛好家の一員になっているかも知れない。


「くあぁあ…眠いな…寝るか…」


時計を見れば、すでに日付が変わっていた。


明日も学校があるし、そろそろ寝ようと俺はデータをセーブしてからゲームを終了した。


そしてそのままベッドに入り、部屋の電気を消す。


「…」


消したはずのパソコンの画面が起動し、一人でに『魔術大戦』のゲームが起動したことに気が付かないまま、俺は眠りに落ちたのだった。

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