第16話 目覚めの朝
「知らない天井……じゃねぇなこれ。寮の部屋じゃん。なんで保健室とかじゃないの?」
バッキバキの体を起こして、周りを見渡すとそこは俺の自室。
服を上げて体を見てみるが、傷はほとんど治っていた。気怠いと思っていた体も、ただ長いこと寝ていたため鈍っていただけであり、健康体そのものである。
「トリスぅー?いるのか?」
「うん?……ああ起きたんだ!よかったぁ。」
立ち上がってベッドの縁に腰掛けると、顔を洗っていたのだろうトリスが洗面所から出てくる。
気づいてなかったが、窓の外を見ると色づき始めた灰色。要するに夜明け。春眠暁をなんちゃらというが、随分早く起きたものである。
「本当に心配したんだよ……。二日間寝たきりでね。保健室の先生はもう大丈夫って言ってたけど、目が覚めなかったらどうしようって!」
全然暁を覚えてなかったわ。
「あ、大丈夫!授業はこの二日なかったからっ。」
「そこは心配してないけど。そうだ、あれってどういう扱いされてるの?」
「あれって、ドラゴンの群れのこと?それならヴィネア王女と先生方が全滅させたってさ。すごいよねぇ、ドラゴンなんか出会ったら恐怖で動けなくなっちゃうよ。」
「じゃあ多分失禁するな。」
エレインみたいに。
「そうだ、あいつは無事か?エレインのやつ?」
無事な未来選んだから大丈夫だと思うけど。
「エレインって……同じクラスとはいえ王女様なんだから呼び捨てはまずいよ。」
「まあまあ、知り合いなんだろ?あいつと。」
「え?……ななな、なんでそれをっ!」
トリスは安心しきった顔から鳩が豆鉄砲を喰らったような顔に変わる。
そこまで驚くかぁ?
「あいつは俺がヴィネアのこと好きなの知ってたから。お前かヴィネア以外で知ってる奴いなくて、ヴィネアは無さそうだからトリスかなぁと。」
「えー、結構すごい秘密だと思うんだけど。」
ならもっとちゃんと隠そうよ。
「ふふーん、僕はさる事情からヴィネア王女から直々にエレイン王女の護衛を任されてるのである!すごいんだぞー、給料もいいんだぞ!」
「エレイン死にかけてたけどな。」
「ぐっ!」
「あと俺もヴィネアに護衛しとくように言われてたからな。」
「ぐふっ!」
あと給料の話は後でじっっっくり聞かせて?
「まあ良い……良くないね。まだあれから会ってないんだけど怖いなぁ。殺されたりしない?」
「まあ大丈夫っしょ。」
多分戦力的には期待されてなかったと思うよ。
「まあいいや、朝飯食いに食堂行こうぜ。」
腹も減ったし、二日ぶりに他の奴らの顔も見てみたいしな。
「あれ?ていうか入学式除けば俺まだ一日しか学園生活やってないの?」
「なに当たり前のこと言ってるの?」
「いや、やけに長かったような気がして。」
文字にして五万字分くらいの。
◇
「うげっ、気持ち悪!」
ドアを開けて廊下に出ると筋肉だるまことマーリン学長が目の前で仁王立ちしていた。
学長は俺の顔を見ると、熱苦しくニコッと笑ってこちらを抱きしめようとしてくる。
「よぉーっ大丈夫だったか!いやー、俺は心配でなぁ!」
「嘘をつくんじゃないこのゴリラが!」
「嘘じゃないぞぉ。ほらこんなに愛してるじゃないか!」
「やめろ抱きつくんじゃねぇ!トリス以外の男に抱きつかれても一切喜ばねぇよ!」
「え?」
おっと口が滑った。
「ああトリス君久しぶりだね!本当は君にも抱擁をもって挨拶としたいが、ちょっとこいつと話さなくちゃいけないことがあってね。すまないが席を外してくれるかい?」
「い、いいですけど。」
やめてトリス!ちょっと懐疑心に溢れた目でこっちをチラチラ見られるのは辛いよ。
「大丈夫、ちょっと怪我の件とかで話があるだけだから。朝飯前には終わるさ。」
「はい、分かりました。じゃあ先行ってるねランス君!」
「おう!」
トリスはそそくさと立ち去っていく。
「じゃあ入れよ。」
先ほど出る準備をしていた部屋の中へ蜻蛉返りする。
廊下とも言えない短い空間を俺が先に進み、俺はリビングではなくキッチンに向かう。
二人分のティーカップと4個の角砂糖を、未だ大して使ってないキッチンの中から引っ張り出しお湯の準備をする。
お湯が沸けるまでの時間に、とりあえず一番気になったことを質問することにした。
「それで、スパイは見つかったのか?」
「流石にね、見つからなかったら我が学園の権威に関わるからね。血眼になって探したさ。結果1-Aクラスの担任だったよ。」
「あーあいつか。」
顔は見たことある気がする。
「ヴィネアのクラスの担任じゃね?」
「ああ、だから彼女はエレイン君に対し君と一緒に行動するように言ってたらしい。トリス君経由って言うのがあれだけどね。」
なんとなく気づいてたわけか。
「こえー。」
「彼女が恐ろしいのは同感だね。あっ、でも、お前にお似合いだと思うな俺は!初恋は夢見るくらいがちょうど良いさ!俺だって奥さんとはなぁ……。」
「お前と恋バナするのきちー。」
あと俺の恋愛事情広まるの早くね。二日の間に何があったん。
「そうだなぁ、組織はどうなってんの?」
沸いたお湯をティーポットに注ぎながら、もう一つの聞きたかったことを質問してみる。
「それについてだがなぁ……正直難しい。そもそもあの時に崩壊させれたと思っていたからな。うちにスパイを忍び込ませられるとなるとおおっぴらに対策することも難しい。」
「ヴィネアはなんて?」
蒸らした紅茶をティーカップに注ぎ、角砂糖を二つずつ入れ、ティースプーンで軽く混ぜて砂糖を溶かす。
「『変に対策を立ててバレるより、普段通りにしつつ全体の警備を厳しくするべきです。』と言っていたな。その通りすぎる!」
「じゃあ何もしないのか?」
「いや……彼女は公務の量を、俺も学園外に出る仕事の方を少なくするつもりだ。どちらかが欠けていると困るからな!お前もいつでも戦闘できるように武装しておいてくれ、苦戦しただろ?」
「そりゃな……ほら。」
完成した紅茶をテーブルに運ぶ。
元々好きではなかったが、こいつの付き合いで飲んでるうちに作り方まで熟知してしまったのがなんだか悔しい。
「ああ、ありがとうな!それで本題なんだが……。」
「ああ、なんだ?」
面の皮の代わりに笑顔を貼り付けているような男である学長が、そのうざったい笑顔をやめ、重苦しい表情でこちらをじっと見つめる。
次の言葉を探るような間が続き、やっと開いた方から厳かな低い声で言葉が紡がれる。
「すまん……もう話終わっちまった。」
「紅茶代返せよ。」
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