第15話 逃げ

優しい光が天から降ってきて、そこから天使と見まごうほどの美しい少女が飛び降りてくる。

 聖書の一頁のような完成された情景だった。

 少女はまず俺の方へ歩み寄ってくると、その手に握っていた剣を一振りする。

 ヒュっという音を立てて、魔力で構築された檻は真っ二つになる。どういう原理か俺には一切影響なく後ろの方まで切れている。


「……ッテメェ!」

 

 一瞬惚けていた奥の二人は、すぐさま神器を構える。

 オーベイは後ろの龍に命令を出そうとし、部長は恐らく上にいたであろうプレディに預けていたマーキュリーを戻そうとしたのであろう。


「自害しろ。」


 だが、俺がいることを忘れてはいけない。

 オーベイが取り出して神器をすぐさま乗っ取り、龍に対し命令を下す。

 龍はその巨大な肉体に宿った膨大な魔力を全て放棄する。鱗の隙間から輝く結晶が煙のように上がる。

 命の源であり、その自重を支えていた魔力を失った龍は、すぐさま地に倒れ伏し動かなくなった。


「なに⁉︎」

「だから負けるんだよお前らは。」


 だが流石はプロというべきか、オーベイはすぐさま足元にあるもう一つ転移魔法陣を起動し、部長は右手を前に伸ばし魔力を練る。恐らく右手の動きを条件付けした魔法!


「ふっ!」


 ヴィネアはすぐさま部長の目の前まで移動し、剣を下から上へ弧を描くように一閃。右手の肘から先が吹き飛び魔法は阻止したと思ったが、断面から煙が吹き出てくる。

 視界が灰色で埋め尽くされ、部長の笑い声がどこからともなく聞こえてきた。


「くっくっく、失礼。保険だったのだがな、上手くいきすぎたからか少し笑いが……くくっ。」

「どっちにしろ失敗だろうが、お前らが捕まるか捕まらないかの違いだろ。」

「死ぬか死なないかではなく捕まるか捕まらないか……甘くなったものだなお前も。」

「普通の男子学生に戻っただけさ。」


 行くならさっさと行けよ。

 

「ああ、あと後始末は頼む。大変だが何とかなるだろ?」

「後始末ぅ?……げ。」


 そろそろ煙が晴れてきて、部屋の奥が見えるようになってきた。この煙は魔力探知も惑わせるためどうなっていたか本当にわからなかったが、ひとことで言うならば地獄が広がっていた。

 数百匹を超えるドラゴンの群れ。

 蟻の大群のようにごちゃごちゃとした気持ち悪い集団が、蟻の大群の数万倍以上の大きさで魍魎闊歩していた。

 そいつらは俺とヴィネアを見つけるとキシャーッ、という耳障りが悪い咆哮をあげる。


「じゃあな。」

「ちょっ、てめーぇ!行きやがった……おいヴィネア、あれどうするんだよ!」

「呼び捨てを許した覚えはありませんよ。」

「いや今そんなことどうでも……って何やってんの?」


 ヴィネアは神器を構えていた。

 その先はドラゴン達には向いておらず、先程まであいつらがいた地点を指している。

 豪華な装飾が施された金の剣は、戦闘用というよりも祭儀用などに使いそうである。

 本来台座に刺さってる時には、一目見ようと万人が駆け付けてもおかしくないほどの見目麗しい逸品だが、ヴィネアの手に握られている間はただのアクセサリーである。

 いま、その神器に魔力が流れていっている。

 眩しいほどの光を放ち常人で換算すると数人分の魔力を吸い出した神器は、爆発しそうなエネルギーを帯びており、それをヴィネアが無理矢理制御している。

 素手でダイヤモンドを割って彫刻を作るような、豪快で繊細な人間離れした技量である。

 後ろのドラゴン達は、あまりの魔力に怖気付いてその場に留まっている。


「さて、ランス。貴方なら転移魔術のカラクリは知っていますね?」

「ああ、なんだいきなり。もちろん知ってるけど。」


 あれは瞬間移動のように見えるが、やってることはちょっと違う。空間を移動してるのではなく次元を移動する。

 距離という概念がない魔術次元に移動し、またこちらに顕現する。この時の場所を変えることで現実世界上で移動するのだ。


「彼らはまだ魔術次元の中にいます。ならば、こちら側で無理矢理扉を開けば、彼らが戻ってくる場所はここになります。」

「は?いや確かにそうだけどどうやってそれや……」

『神器解放!エクスカリバーッッ!』

 

 ちょっと話させてよ!ただでさえ見せ場ないんだから俺!

 ヴィネアが放った一撃は、虚空に一筋の光を描く。

 流れ星の軌跡のようなその線は、ジッパーでも開かれたかなようにパカっと開き、遠近感が狂うほどに真っ暗なその中から男が一人出てくる。


「は?なぜここに戻って……。」

「こんにちは、さっきぶりですね。」


 ヴィネアは挨拶とともに斬撃を三つ放つ。

 それと同時に音もなく部長の残り三つの手足がバターみたいに切断される。

 血すら吹き出さず、音も出さずに残り全ての四肢を失った部長は絶望に満ちた顔でヴィネアを見上げる。

 

「もう一人はギリギリ間に合いませんでしたか、まあいいです。貴方の方が階級は上なんでしょう?」

「逃げ切ったと思っていたが甘かったようだな。まだ死にたくなかったんだがな。」

「殺しませんよ、聞かなくちゃいけないことがありますから。」


 ヴィネアはその意識を刈り取ろうと、剣の腹で顔面を叩こうとする。当然早く振りすぎては殺してしまうので、その速度は先ほどまでの斬撃と比べればスローモーションだ。

 だから、一言喋る時間を与えてしまった。


『スーパーノヴァエクスプロージョン』


 どくんっ、という音がどこからかした。それはどんどん大きくなっていく。

 どくんっどくんっどくんっ!

 爆発音のようなそれが自分の心臓の音だと気づいたのは、喉の奥から這い出てきた血を吐き出したときだった。

 

「ランス!」

「安心しろ、お前は殺さない。このお姫様の強さが予想以上だったからな。お前をもう一度組織に入れることが重要課題になってしまったな。」


 俺はいい!そいつをさっさと殺さないと!

 その言葉は血溜まりになっている喉からは出なかった。

 

「私より上の奴らは全員お前を殺せる。それも距離など関係なくな。死にたくないなら戻るがいい。ボスならお前の罪は許してくれるさ。」

「黙りなさい!」


 ヴィネアが再度剣を振り下ろす。

 さっきとは違い全力で、殺す気の一撃。


「ふっ、じゃあな。多分生き残るだろうが、怪我ぐらいしてくれよ化け物。」


 その瞬間部長の身体は爆発した。

 文字通りの爆発。

 肉が肥大化し、その中にある魔力が破裂するかのように超高速で熱風となって押し寄せてくる。

 本来の彼の魔力だけではあり得ないエネルギーがこの迷宮ごと崩れさせようと襲ってくる。

 

「なんだ……これ。」


 爆発に目と耳をやられ、何も知覚できない状態で最後に感じたのは、暖かい光だった。

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