第14話 勝てる未来featエレイン
「ッ!何だっこれは!」
青年がその手に持っている懐中時計のような形をした神器を床に落とす。手を滑らせたと言うよりは、暴れ回るそれを抑えきれないかなような反応だった。
「なぜ⁉︎なぜお前の未来をっ……なぜあいつに僕の神器が支配された⁉︎」
ここで彼が決定した未来は、たかだかエレインの動きの一つや二つ。もっと大きな未来ならともかく、その程度でランスに接触はしない。
普通だったら。
「ええ、
「クソが!てめーあいつと繋がったなぁっ、魔力を同調させたな!」
青年はその端正な顔立ちを怨嗟の面持ちで崩しながら、大声で叫び続ける。
自分の神器を一時的にとはいえ奪われると言うのは彼にとっては最大の屈辱であった。
「余裕が崩れてましてよ。先程のように笑顔で会話しませんこと?」
「けれど!何の未来を決定したかは知らないがっどうせお前じゃ僕に勝てないっ!」
そう言うと彼は再び魔法陣を起動させる。
消えつつあった炎がまた舞い上がり、渦となってエレインを取り囲む。
灰すら残らない超高温の炎がエレインを焼き尽くそうと襲いかかる。
「もう息さえ残ってれば何でもいい!地獄の苦しみを味わうといいよ!」
「はあ、私わたくしが貴方に勝つ必要はありませんのよ。彼がどういう未来を選んだかはわかりませんが、恐らく……。」
グオンッッ!という爆発音とも風切り音ともとれる爆音が迷宮内に響く。
そして数百メートル上空から何かが落ちてきたかのような衝撃が部屋中に響き渡る。
青年が振り返るとそこには数メートルに及ぶクレーターのような後があった。だが、そこには誰もいない。
「はあ?」
「どこ見てるんですか?」
まるで上質なバイオリンのような声が部屋に響く。先程まで様々な音が交わっていたはずなのに、世界が彼女を見つめてるかのように静まった。
艶っぽくありながら下品な色気を感じさせない美しい声の先には、エレインを庇うように一人の少女が立っていた。
彼女の魔力の圧だけで、周りの炎は吹き消される。
空中に舞った灰が雪のように降り注ぐ中、金髪の少女と銀髪の少女が並ぶその姿は絵画のようであった。
「お前は!……ヴィネアッ!」
「ええ、どうぞ地面に落とした神器を拾ってください。容赦はしませんが、言い訳されるのも面倒なので。正面からボコボコにして差し上げます。」
そう言われると、青年はお金でも拾い上げるかのように神器を回収する。
そして神器を開き、その中を怒りで真っ赤に染まった顔でじっと睨みつける。
何かに取り憑かれたように見開かれた眼で見つめ続け、その視線を外すことは無い。
だが、数秒も経たない内に顔色が変わる。
「見つけられましたか?
「そんな……っ!そんなことがあり得るはずが!」
青年はついにその視線を神器から外す。
その視線は一瞬ヴィネア達を経由するが、すぐに虚空へと誘われる。
「ありえないぃぃぃっっ!」
そして急に奇声を発すると、もう一つの神器『マーキュリー』を操作しヴィネア達へと攻撃する。
するはずだった。
「はぁ?」
青年の体がすとんと地面に落ちる。
そう、体だけが。
両腕両足が切り取られ、芋虫のような状態になったまま、何が起こったかもわからずもがいている。
その断面からは不思議なことに血が吹き出してきていない。
「な、なにが?お前の神器に……こんな能力はなかったはず⁉︎」
「だから、神器なんて関係ないんじゃないですか?」
痛みも感じないほどの滑らかな斬撃によって、知覚できずに切られただけであった。
そしてその圧倒的速度による摩擦熱によって断面が焼き固まったため、血すら吹き出ず四肢が零れ落ちるかのように散らばった。
ヴィネアはそんな青年に近づくと、剣の腹で顔面を強打し気絶させる。
「ぐぅぁ!」
動かなくなった青年を尻目に、ヴィネアは元々部屋にあった転移魔法陣の側に行く。そして数秒間それを見つめると、その手に持っている剣を地面に向けて構えた。
「大体状況は分かりました。エレイン、貴方は学園へと戻って学長に連絡をしてください。大丈夫、学園までの間の魔物は全員倒したので安心して向かっていいですよ。」
「お、お姉様はどうなさるのですか?」
ヴィネアはエレインの方を一瞥もせずに、その剣を地面へ振るう。ぶうんっ、と言う音と共に巨大な光を纏いながら払ったその一撃は、地面をバターのように切り裂いた。
不思議なことに、切り裂かれた地面にできた穴は深さ数百メートルに及んでいる。ヴィネアと同レベルの視力がある人間なら、その穴の向こうにランス達の姿を確認できることだろう。
「彼を救うため、というのは癪ですからこう言いましょうか。」
ヴィネアはその穴に躊躇いなく足をかけ、飛び込みながらこう言う。
「ちょっと我が国を救いにドラゴン退治へ行ってきます。」
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