第13話 突破方法featエレイン

「何なんですのあれ⁉︎」


 伸縮自在の金属のような流体が、ものすごい勢いで追ってくる。

 それは壁を容易に切り裂きながらエレインの電撃を防ぐ盾にもなる、完璧な攻防一体の武器だった。

 

「教えてあげるよ、それは『マーキュリー』、僕のじゃなく別の人の神器さ。そいつは一時的に所有権を他人に渡すことができる。僕みたいに攻撃型の神器を持ってない奴にはありがたい代物だよ。」

「……。」


 基本的に神器の情報を渡して得をすることは無い。嘘である可能性を考慮しても、この話をするのは悪手である。つまり……


(舐められてますわね、かなり。わたくしに言ってもどうせ勝てると確信してるのでしょうが。)


 実際エレインの勝ち目は薄いと言えるだろう。

 エレインの攻撃は完全に読まれ通じず、あちらの攻撃は強烈で正確。

 純粋な速度ではエレインが完全に上回っているが、こちらの動きを把握された上で、壁や地面の中から現れトリッキーな動きをする青年の攻撃に少しずつ追い込まれていた。


(また魔物が……!)


 そして厄介なのが迷宮に潜む魔物たち。

 エレインとしては学園に逃げ込めさえすれば勝ちなのに、そちらへ繋がるルートを取ろうとするたびに、魔物による邪魔が入る。

 結果的に学園へ向かうことが出来ず、自分がどこにいるかも分からないままエレインは奔走する。


(恐らく彼は《わたくし》を殺す気がありませんの。足や腕などの部位を狙って無力化を図ってるんですわ。)


 事実エレインが負っている傷は浅いものだらけ。何度も仕留めるチャンスがあったはずだが、青年はそれを逃していた。

 未来視ができる事を考えればあり得ない事であり、ここまでエレインが生き残ることが出来ていた理由であった。


「ッ!」


 だが、ゲームオーバーも近い。

 濁流のように押し寄せ槍のように突き刺して来る神器を相手に、残りわずかな魔力で逃げ仰ることは難しい。

 曇ったガラス玉のような目で、迫り来る神器の軌道を見極める。限界まで研ぎ澄ました感覚で、最適解を導き出す。

 しかし、疲れからかひび割れた地面につまずいたエレインに、針地獄のような攻撃が襲いかかる。

 

「纏雷ッ!」


 つまづいた勢いそのまま地面を蹴り、獣のような姿勢で何とか前へ動く。

 ジクザクの軌跡を残しながら、刹那の間に姿が消え失せるが、床には血の飛沫が染み付いている。

 あっという間に距離をつくられたにも関わらず、青年は落ち着き払った声で呟く。


「おっと、まだ出来たのか……いけないいけない、手加減するにしてもやりすぎちゃだめか。」



  ◇



「どうしろっていうんですのあれ!」

 

 負傷した左手と右脚を治療しながら、エレインは思いの丈を虚空にぶつける。

 制服を千切り、包帯がわりに巻き付けながら治癒魔術をかけて何とか身体を動けるように治していく。

 その動作は鉛のように重い。


(不思議なのはあいつの発言ですわね。ただの未来視ではランスがいることの影響は少ないはずですわ。未来を予測する中で何らかの形で彼に干渉するんですわ。)


 エレインは頭に足りていない酸素を回しながら、束の間の休息の中でひたすらに考える。

 青年はのんびりとエレインの元に向かっており、この時間が最後に残った暇いとまであった。


(そうなると複数の未来から自身が望む未来へ固定できる……?そんな強力な神器が……。でもそれなら魔物が都合よく現れ、私わたくしがタイミングよく転んだのも納得ができますわ。)


 考察は進んでいく。

 が、進むたびに露呈していくのは絶望的な状況のみ。

 

「それにこんな腕と足じゃ満足に……?」


 その時、視線を向けた制服の袖に自分以外の血がついている事にエレインは気がついた。

 それは時間が経った事で黒くなりつつあるランスの血。


「多分あの時の……そう言えば彼が転移する前何か言ってたような。確か……」


『いいか!俺を頼りにするな!ただし利用しろ!おそらく相手は……!』


(頼りにするな……は自分は動けなくなるという意味でしょうけど。利用しろ……はどういう事ですの?)


 足音が近づいてくる。

 ぬるり、という水音も聞こえて来る。

 時間がない事を悟り、エレインはその腕に巻き付いている包帯代わりの布をキュッとキツく縛る。

 

(わたくしが彼を利用する……?そんな事が可能ですの?媒体も要さずにどうやって干渉すれば……?)


 思考しながらエレインはまた走り出す。

 滲んだ腕の血がポタポタと滴り落ち、進んでいった道を示し続けている。

 


  ◇



 竜の死体がドアの前に一体。部屋の中にも一体。

 生命の灯火が燃え尽きたそれらは、迷宮の中で消化されるかのように徐々に風化していく。

 ダンジョン内の自浄作用によって、死体が魔力へと変換されていくのだ。

 エレインはそんな崩れゆくドラゴンを尻目に部屋の中へ入って行く。


「どうかい?ここまでは読めていたよ。」


 エレインが部屋に入った少し後に、青年も続いて部屋に入る。

 その余裕な笑みは、さらに助長している。その理由は休憩室の中を見たら一目瞭然。

 本来ドラゴンの死体とエレインとランスの血などの体液が散らばっているだけの空間。

 しかし、そこには大きな魔法陣が描かれていた。

 竜の死体から流れ出る魔力を吸収し構築されているそれは、光り輝きながら動き出す。


「ふう、このくらいの罠がある事はわたくしも読めていましたわ。」


 エレインは左手の傷をなぞりながらそう言った。

 

「だからどうしたんだ。君にここから挽回する手段は無いよ。」


 そう言った青年は指を鳴らす。

 その瞬間部屋の温度が上がる、空間が歪む。

 鼠一匹逃さぬように部屋を取り囲んだ炎の柱が、ごうごうと火花を巻き上げながら勢いよく燃え盛っている。


「それはどうでしょうか?見たらいいと思いますわよ。どの未来も変わらないでしょうけどね。」

「そうだね、君が負けるという未来は誰も一緒だな。」


 青年はその手に持った自分自身の神器を開く。

 懐中時計のような手鏡のような大きさのそれには、古今東西あらゆる現在いまと未来が映し出されている。

 青年はその中から、最も自分に都合の良い未来を選ぶ。

 その未来ではエレインはなすすべもなく捕まり、ただ人質になるだけ。

 そのはずだった。

 けれど、その目はエメラルドのように輝いていた。

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