第10話 閑話休題

『神器解放!!』


 耳をつんざく炸裂音のような雷鳴が轟く。

 視界を埋め尽くすほどの閃光と肌を焦がす灼熱の後に残っていたのは、焼き焦げた地面と壁……そして大穴を開けたドラゴンの死体が一つ。

 先ほどまでその巨体を動かしていた活動的なエネルギーは鎮まり、口からは炎の代わりに同じ色の血が流れ出ている。

 これで生きていたら生物であることを疑うだろう。


「ふーぅ。とりあえずこれで安全かぁ?ちげーよなぁ。」


 本当はもう倒れ込みたいが、まだ油断するには早いだろう。

 ともかく本来魔物が入り込めないこの休憩室にあれが入り込んでいたということは問題だ。

 とりあえず安全確認を……


 ちゃぷっ


 地面を一歩踏み出した時に水音が響く。

 ドラゴンの血はここまでは流れて来てないし、俺が出した血もそんなには出てないはず……。

 

「うん?」


 足元を見ると黄色の液体。

 そばにはうずくまるエレイン。

 下を向いている顔はよく見えないが、真っ赤に染まっている耳を見ればどのような表情をしているのかは想像に難くない。

 両手は何かを隠すかのようにスカートを押さえつけており、女の子座りをしているせいで白いタイツは汚れてしまっている。

 

「いや、そのぉ……ごめん。」

「見ないでくれまし!いやでも王族に汚い箇所なんてなく堂々とするべきでこれも恥じらうことではないのですから見てもらっても別に構わないのですの⁉︎でも……そもそもこのわたくしの体液なんて超貴重なわけで感謝されこそすれ謝られるなんて不名誉なことなのですからわたくしはどうすれば⁉︎」

「落ち着けよお漏らし姫。」



  ◇



「なんで俺がこんなことを……。」


 その後とりあえず服や下着を魔術で洗い、なんとかマシな姿に整えてやった。

 当然洗濯などしたことがない王女様のために俺がやりましたとさ。

 

「……ぅうううっ!もうダメですわ!王族失格なんてものじゃありません!死にたい……どこかに埋まって誰にも忘れられて土に帰りたいですわ!あんなところ見られるばかりか下着まで剥ぎ取られるなんて……もうお嫁に行けませんのよ……。」

「じゃあお前が洗えよ。」


 あとお前が嫁に行けないの国家の損失だからやめてくれ。

 普通に国家反逆罪で俺が殺される。

 

「こうなったら唯一の目撃者の貴方を抹殺するしか……。」

「こんなに奉仕した俺を消すのはあまりにも人の心がなくねーか。」


 多分通り魔に刺される方がびっくりせずに死ねるぞ。


「はぁ、とりあえず帰るか。」


 このお姫様をお風呂に入れてあげるためにもうひと頑張りしますか。


「どうやって帰るんですの?ドアの前にはまだもう一匹のドラゴンが居座ってるんですのよ。救助が待つまで待った方がいいのではなくて?」

「ああ、それは多分こっちに……お、あったラッキー。」


 部屋の隅、結界に覆われていたためにさっきの戦闘の中でも無事だった魔法陣が一つ。

 帰還用の転移魔法陣。

 長らく使われてないためにところどころ不備はあるだろうが、直せばなんとか使えるだろう。


「使えるようにできますの?転移魔法なんて高度も高度の術式ですわよ。」

「直すくらいならな。どうせ学長が作ったやつだろ。それならなんとか。」


 あいつの魔法は基本に忠実、シンプルオブザベスト。あそこまでの魔術師が作った魔法陣は逆にやりやすい。

 しゃがみ込んでまず魔法陣の解析から始める。


「えーと、ここがこうで……流石だな。でもいけるか?」


 これなら10分もいらないだろう。

 

「……ふう。」


 黙々と作業をし続ける。特に集中力がある作業も終わり残りはもう少し。

 静かにやるのも飽きたので、後ろでいじけてるエレインに話しかけることにした。

 

「お前らの兄弟仲ってどうなんだ?」


 少し時間がかかってから返事が返ってくる。


「言葉遣いどうにかならないこと?」

「敬語なんて使えるわけないだろ庶民だぞこっちは。」

「それでお姉様とどうにかなろうとしてるんですの?」

 

 ぐうの音も出ないですわお姫様。


「とりあえずは良いだろ、他に人もいないんだし。」

「そういう問題じゃありませんわ。マナーとは心が滲み出て現れるもので……。」


 めんどくさ。


「はぁ、特別に質問に答えて差し上げますわ。兄弟仲ですわね?貴方のことだからヴィネア姉様のことが聞きたいだけですわよね。」

「そうともいう。」


 そうとしかいえない。


「逆に聞くのですけど、良いと思いますの?」

「思わないね。」


 彼女と仲良くなれる人間がまずいないだろうからな。


「お姉様は文字通り次元が違いますの。あの人に追いかけようとしても何にもなりませんわよ。姉妹のわたくしでさえも理解さえできない所にいますから。」

「それは追いかけようとした実体験からか?」


 エレインの声色が少し変わる。

 また一つ間を開けて答えが返って来る。


「そうですわね。どっちなのかはわたくしにもわかりませんわ。どうであれわたくしでは足元にも及びません。神器もまともに使えない未熟者ですから。」

「でもさっきできたじゃん。」

「それはあなたが……。」


 エレインの声はより小さくなった。

 そのため一旦手を止めて話に集中する。


「……一応言っておきますわ。」

「なにを?」


 顔を見て話そうと思い振り向こうとするが、それをする前に背中に体重が預けられる。

 エレインと背中合わせになり、呼吸のリズムや体温が直に感じ取れる。

 

「……ありがとうございます。さっきのこともお姉様のことも。多分あなたならお姉様も……。」


 感じる体温はとても暖かくて、離れたかったけど離れたくなかった。

 なんだか少し恥ずかしかったので、もう一度魔法陣に向き直すことにした。


「調子狂うなぁ……。」


 もうほぼ全ての作業は終わっている。あとは移動先の指定をして魔力を回せば……


「あれ?なんだか光ってますわよその魔法陣。」

「は?」


 さっきまではなんともなかった魔法陣に魔力が回り出し、刻まれた魔法が発動する。おそらくあと5秒ほどで。

 遠隔でか?……そんなことできるのは……あらかじめこっちが動くことを知っている……?

 ここでできる行動は限られている。


「きゃ!」


 力を込めて背中のエレインを押し出す。転移魔法の効果範囲外へと。

 エレインは俺に体重をかけていたためか思ったより簡単に動かすことができた。

 この時点で残り1秒。

 

「いいか!俺を頼りにするな!ただし利用しろ!おそらく相手は……!」


 その瞬間俺の視界が歪んでねじ曲がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る