第9話 神器解放

神器に対してなんで一般武器では太刀打ちできないかという理由は主に二つある。

 一つ目は硬度。神器は絶対に壊れない未知の素材で出来ているため、普通にぶつかったら一般武器が粉々になって終わる。

 そして二つ目が神器解放。神器に刻まれた能力を解放し、膨大な威力で敵を粉砕する。

 その神器によってどのようなものになるかは千差万別だが、攻撃能力を備えた神器なら、まさに必殺技。こちらも神器解放する以外での回答策はほぼないと言っていい。

 故に、ドラゴンなんかと遭遇してしまった俺達の頼みの綱なのだが……


「できねぇの?」

「……。」


 エレインは相変わらず俯いたままである。


「わかっていますわ。わたくしが頼りないことも、王族として不足していることも。でも……。」


 持っている槍が今にも手から離れそうである。

 本人が恐怖で震えているのもあるが、その巨大な槍の重量を支えきれていないのだ。

 本来、使いこなせている神器に重さなど感じない。

 美しい漆黒で染まっていたはずであろうその槍は、まるで錆び付いてるかのように輝きを失っている。


「うーん、頼まれたからなぁ。」


 もうそんなに時間もない。ドラゴンに触れている部分の氷が少しずつ溶けていってるのが見える。

 でかいトカゲだから寒さに弱いとかそんなところがないのずるくねーかな。

 

わたくしのせいでこんな……いつも……。」

「ああもう!あいつの妹ならもっと堂々としてろ。今やってみりゃ良いじゃねーか。成功するかもしれんだろーが。」

「それができるようなら!……わたくしの何が分かるんですの。」


 人の話をちゃんと聞かないところだけ似やがって。


「分かんねーけど、それは諦める理由じゃないことだけは分かるよ。」


 俺はエレインの左側に立つと、左手で槍を、もう片方の手を彼女の神器を持つ手に重ねる。


「何を……?」

「王族にはできないあぶないことさ。庶民から悪いことを学ぶのも悪くないって思わせてやる。」


 重ねた手と手をより深く交わらせる。自分の内側に意識を向けるとともに、その自分という領域の中にもう一人の身体も追加する。

 空気中の魔力が口から気管を通り肺に運ばれる。心臓に行き渡り、そこでマナからオドへ。自分に適した魔力の形へと変化する。

 そのあとに末端へ。手足に流れ、また戻ってくる循環の中、右手から先は別のところへ。


「そんなことしたら!……んんっ。」


 エレインの左手から侵入した俺の魔力は、彼女の心臓に向かって行ってまた形を変える。

 今度は彼女に適したモノへ。

 それがまた循環し俺の元へと帰ってくる。

 そうした繰り返しの中、お互いの境界が薄くなっていく。段々と彼女の魔力を自分のもののように動かせるようになる。


「うまく行ったな!ラッキーだぜ。」


 何をしているかと言うと、魔力の同調である。他人の魔力を自分が操作できるようにする技術だ。

 やり方は複数ある。

 専用の魔道具を使って行う標準的な方法。

 お互いの体液を混ぜた液体を含むことで可能になる遠隔型。

 そして最も準備が要らず、最も危険なのが直接触れて無理矢理相手の魔力をハッキングする方法。

 今やってるのがそれである。


「そんなの危険ですわ!」

「そんなの百も承知。お前がじっとしてればすぐ終わるって。天井のシミでも数えてな!」


 神器の使い方がわからないなら無理矢理教えてやる。

 神器の扱い方も何もかも人それぞれ。普通の人間には魔力を同調させたところで到底出来ないが、人の神器を乗っ取れる俺なら理論上は出来る。

 

「そんなの出来るわけないですわ!目を瞑って針穴に糸を通すようなものですのよ。少しでも失敗した瞬間貴方の肉体がどうなるかは分かりきってるでしょうに!」


 うるさい。ちょっと静かにしてくれ。

 この神器がどのようなものなのかは分かる。

 雷を纏う槍。闇も光もまとめて穿つ稲妻。

 だが俺が分かってるだけじゃ仕方ない。エレインの身体に、魔力にその使い方を叩き込む。

 

「これは?槍が、わたくしの神器が……反応してる?」

「いいぞ、準備は整った。あとは大事なものが一つ。この槍の名前はどうする?」


 名前は、呼称することは重要だ。呼び名をつけることで曖昧なものが意味を持ち、不確かなものが自分の所有物だと確かになる。

 神器は授かった時でなく、真の力を解放した時にその名前を自分で付ける。


「それは……。」


 グオオォォォォォッッッッ!!!!


 竜の咆哮が部屋を揺らす。

 目の前の空間が歪むのがはっきりと見えるほどの爆音と、それとともに放たれる魔力が俺たちを襲う。

 耳を塞ぐこともできずに、気合いだけでその場に立つ。が、


「あがっっ!」


 一瞬集中力が乱れた。

 その乱れで操作していた魔力が濁流のように暴れ出し、その余波で身体中から血が溢れ出す。

 他人の体内を犯した罰則は、全てその当人が受ける。

 

「いいからやれ!手加減なんかするなよ!俺からも全て搾り取れ!」


 ぽたぽたと滴る血から少量の魔力でも流れ出ないように、か細く繋がった道を途切れさせないように、全身の神経をエレインに集中させる。

 

わたくしはアルビオン王国第五王女エレイン・ペンドラゴン!ここに神器の真髄を示し、命名を持って神々から授かった逸品を我が物とする!」


 黒い槍から溢れ続ける雷が、その穂先に集まり眩い光を発する。

 立っていられないほどの衝撃が駆け巡り、自分の中の魔力がぐんぐんと吸われていく。

 ドラゴンを覆っていた氷が全て溶け出し、何かやろうとしていると気づいた竜はその口に炎を収縮させる。

 そこに集まっている魔力はこちらと比べても勝るとも劣らないが、一歩遅かったな。


「我が神器の名は『ダームデュラック』!湖のように優雅で嵐のように吹き荒れる雷をその身で受けるがいいですわ!」


 神器に集まっているエネルギーが限界一歩手前まで溜まり、抑え付けるのももう辛くなってくる。

 さっきは互角だと思っていた竜のブレスとは、もう大違いである。

 それだけのパワーがこの神器には込められている。

 それだけのポテンシャルがエレインにはあった。


「いけ!」

『神器解放‼︎』

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