第8話 ドラゴン


 冷静に考えれば考えるほどどうしようもない出来事ってあるよね?それが今です。

 建物の3階はあろうかという巨大な図体に翼を携え、鋭利で強靭な爪と牙を持つ。鉄の刃も突き刺さらないであろう赤い鱗は、一枚一枚が盾として使えそうなくらい大きい。

 きらりと光る双眸ははっきりとこちらを見つめている。


「ドラゴンと竜と龍、何が違うか知ってるか?」

「なんですのいきなり。」


 一概にドラゴンと言っても色々ある。亜竜と呼ばれるようなドラゴンと他の魔物の中間のような造形をしているものや、また別の島国には竜人といったものもいるらしい。

 ドラゴンは太古の昔から存在していて、長い歴史の中で人間と共存したり戦争したり、さまざまな関わり方をしている。

 

「誰に言ってるとお思い?我らがアルビオン王国の王族が龍の加護を受けた一族であることを知っていて。」

「そういえばそうだな。」


 大昔に龍と心を通わせ、その加護によって人間離れした魔力と膂力を得た一族、それがペンドラゴン一族である。この人のお姉さんを見れば一目瞭然。

 人間な訳ねーからヴィネアさん、うんうん。皆さんは分からないかもしれないけど、圧力がドラゴン以上よ。エレインじゃなくてもちびるわ。


「してませんわよ。」

「ああ、まだか。」

「ペンドラゴン家が最強の所以をあなたに見せてあげましょうか?」


 おー怖。


「そんな最強一族のエレインさん、さっさとあの竜を説得してやってくださいよ。その加護の威光を持ってビビらせてくださいよ。」

「無理ですわ。」


 捨てちまえそんな加護。


「しょうがないですわ、もっと龍と呼ばれるようなレベルならともかく、低級の竜は通じ合えるほどの知能を有していませんもの。できるならさっきやってますの。レベルが違うと会話が通じないんですわ。私とあなたみたいに。」

「結構話せてたけどね。」


 極限状態の方が話しやすいですよねあなた。

 しかしながら、そうやって楽しく?話をしている時間ももう終わりらしい。


「グゥゥゥウアアアアァッッ!」


 咆哮と共に空間がビリィッ!っと揺れ、鼓膜が破れそうな音と腹の底まで響く衝撃が襲ってくる。

 咆哮だけで伝わってくる強大な魔力と圧力。人類との如何ともしがたい差をこれだけで分からされる。

 

「これが低級かぁ。ドラゴンって怖い。」


 そう、これでドラゴンの中では低級に区分される"竜"なのである。と言っても"龍"なんで伝説上の存在なので、この世界にいるかいないか。

 そのいるかいないかの存在があまりに強力すぎるが故に、十分化け物な竜がそんな扱いされてるんですが。


「どうにかしてくれよ!最強一族なんだろ?」

「無理ですわ。」

「その肩書きどうなん?」


 耳を押さえてた手(エレインは別のとこを押さえてた)、そこに魔力を込める。

 先手必勝。相手がまだ本気を出していない時に全てを決める。


「俺が時間を稼ぐから、お前は神器を使え!ありったけを解放しろ!」

「え!ちょっとっ!」


 困惑する声を後ろに置き去り、全速力で駆けていく。目指すはドラゴン。

 両腕には以前魔力を回し、右手の魔術を完成させようと詠唱を始める。

 

『鳴り響く雷鳴よ 我が魔力を喰らいて――


 蛇腹のように唸った尻尾がこちらに向けられる。

 目の前に影が差し、巨大な尻尾が鞭のように空気を破る音を発して、思い切り叩きつけられる。

 間一髪横っ飛びで交わしたが、横を見ると大きく地面が抉れていた。


 ――突き進め』

 

 雷属性魔術『ライトニング・ライン』

 俺が使える魔術の中で最速であるそれは、文字通り落雷のような速度で竜の顔面に着弾する。


「グゥアア!?」


 空気が割れるかのような音と共に走った稲妻は、竜の目を焼き、一時的に視覚を奪う。

 竜といえど五感の一部を奪われるのはストレスらしく、その巨体を震わせて暴れている。

 やっぱ目潰しなんよ。死んだばあちゃんも喧嘩の時は真っ先に目を狙えって言ってたわ。


「おっと、これじゃ足りないか。」


 正直暴れている身体に巻き込まれただけで余裕で死ねるので、後ろに離れながら、本命の魔術を唱え始める。

 目潰し程度じゃ時間稼ぎにも足りない。さっきのより一段上の最上級魔術をぶちかます。


『全ての生命を閉ざす極寒の凍氷よ――


 目の前に四層の魔法陣が展開される。直系1メートル程のその円は、俺が言葉を紡ぐたびに文字が刻まれていく。

 魔力制御の補助のために展開された魔法陣は、普段は省いているものである。

 ぐるぐると回転しているそれは、魔力によってまるで星のように輝いており、プラネタリウムを見ているようである。


 ――我が捧げる魔力をその血肉と化し――


 完成が近づくにつれて周囲の温度が下がっていく。

 ドラゴンが何かを察知したのか、ブレスをしようと空気を吸っているが、もう間に合わない。


 ――汝が敵に終焉を!』


 氷属性最上級魔術『アブソリュート・ゼロ』

 触れるだけで肌が爛れるような氷が、ドラゴンを包み込む。その冷気は生物の活動を停止させ、その圧倒的な質量は全てを押しつぶす。


「おら!クソドラゴンがよぉ、悔しかった攻撃してみろよ!」


 まあ、多分しばらくしたら抜け出すんですけど。

 このまま放置したら普通にわからされるので、こいつをぶち殺す一手を取らなくてはならない。

 でも残念ながら俺の魔力はすっからかんなので……


「おなしゃす!神器ぶちかましてやってくださいよ!」

「いや、それがですわね……。」


 エレインの手には黒色の槍が握られている。2メートル程あるそれを、軽々しく持っている女の子というのは不自然に思えるが、それは王族。身体能力は並ではないようだ。

 そんなことより問題なのは、その神器。無骨でありながら、高貴さも感じる洗礼された見た目は素晴らしいが、魔力が感じられない。

 起動していないカラクリというべきか、とにかくその役目を果たしている状態ではない。


「え?それってさぁ。」


 俺が求めているのはただ神器を扱って攻撃しろということではない。あの竜を倒すにはそれじゃ足りない。

 "神器解放"……人類の中でも一握りしかできない奥義。

 できる人間は確かに少ないが、キャメロットに入学できる生徒ならできてもおかしくない。ペンドラゴン家なら当然できると思ったのだが。


「できないの?神器解放。」

「ええ。」

「それどころか神器も?」

「まともに使えませんわ。」


 うーん。


「この落ちこぼれ姫が!」


名字返上しろ!

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