第7話 地下迷宮

『原初の火よ 我が魔力を糧とし 全てを焼き尽くせ』


 火属性魔術『フレア・フロー』


 赤色が視界を埋め尽くす。

 唸る炎が通路を伝わり、壁を焦がしながら流れるように進んでいく。

 目の前に迫っていた幻霊型の魔物を焼き尽くした炎は、少し経つと焼け跡も残らず綺麗に消え去る。

 学園の地下迷宮を進んで一時間程が経過していた。

 ここまで変化の無い景色をずっと歩いてきてそろそろ飽きてきたのだが、未だに着きそうな気配は無い。


「あとどれくらいで休憩所なんだ?」

 

 後ろで地図を見ながらついてきているエレインに質問する。

 ヴィネアとまた違うタイプで話しにくさを感じているが、立場上逆らえもしないので、少しでも仲良くしようと努力をしているのである。

 この俺の神がかったコミュニケーション能力の見せ所だぜ!

 結果は……うん。コミュニケーション能力でどうにかできるほどお姫様は簡単じゃないぜ!


「はぁ、下民がわたくしに謁見できてるだけで光栄なことなんですわよ。顎で使おうなんて考えないで欲しいですわね。」

「地図係を買って出たのお前からでしょうに。」


 でもおでしってる、おまえやさしい。パンツみてもゆるしてくれた。

 土下座したらもう一回見せてくれないかなぁ。


「ここを出たらちゃんと罪に問いますわよ。」

「じゃあ今のうちにやることやっとくべきか。」


 おまえうまそう。おでおまえくう。

 ……冗談だからそんな冷たい目しないでくれ。興奮するじゃあないか。


「そんな変態なキャラで普段生きてるんですの?」

「ううん、お前だからやってるんだぜ⭐︎」


 本音ではそろそろやめようかと思ってます。


「はぁ、そこの角を曲がった先が休憩所ですわよ。」

「お、よかったぁ。そろそろ疲れてきたんだよね。」


 焦げた地面の上を小走りで走っていく。

 少し違う感触の床を踏みながら、ふと思いついてエレインの方を向く。


「さっさと進んでくださいまし。」

「いやぁ、俺ばっかり前に出てるのっておかしくない?さっきから戦闘してるの俺ばっかりじゃない?」

「気のせいですわ。」

「いや、違うからね。」


 ずっと俺だよ?ほぼとかじゃなくて全部だから。100%。ジュース以外で使わない方がいいからこの数字。

 

「仮にそうだとしても殿をしてあげてるのですから感謝してほしいくらいですのよ。」

「一本道で二人しかいないんだったら殿の意味ねーだろ。最後尾って逃げやすいだけだろそれ!」


 先頭で戦闘してんだこっちは。


「さっさと行きませ。」

「うーす。」


 まあ立場はあっちの方が上なので従うとしますか。

 ほんっとうなんでこんなとこあるんだろ俺。こいつなんかさっきから歩くの遅いしよぉ。こいつのお姉ちゃんがヴィネアじゃなかったら殴ってるぜマジで。

 やーい、おまえのねぇちゃん人類最強ぅ!俺に紹介してくれる?

 しょうもないこと考えながら、曲がり角を曲がると……。


「グルゥゥゥゥウッッ!!!」


 目の前には三匹の狼が涎を垂らしながらこちらに突っ込んできた。その中で先行している一匹は鼻の先まで迫ってきて、今にも顔を食い千切ろうとしてくる。

 大きな口の中がのぞけそうなくらい目の前に迫ってきたところで、俺も同じように口を開け、舌を出す。

 その瞬間、舌に魔力で刻んであった魔法が発動する。

 条件は舌を出すこと。発動する魔術は『サンダー・ライン』

 真っ直ぐ進む雷が光を放ちながら、魔物の体を貫通して行く。

 まずは一匹。

 始末した奴の後ろからきたもう一匹には裏拳をぶちまける。顔面にクリーンヒットしたその衝撃で右手の壁まで吹き飛んでいき、激突している音が少し遅れて聞こえてくる。

 少し飛び込むが遅れた残り一匹は、仲間が死んでいく姿を見て萎縮しているように見える。

 数秒睨み合った後、流石に不利だと思ったのか踵を返し逃げていった。


「このくだりもうやめない?」

「まだ、2回目ですわよ。」

「違うわ!みんなは知らないかもだけど5回はやってるんだよ!」


 なに?なんでこんな道間違えるわけ?しかも間違えるだけならともかく毎回ちょうど曲がり角で魔物に遭遇してるのなに?わざとやってるのかな。

 三匹の狼とかなんだよ。子豚にしとけよ。


「いや、わたくしもわざとやってるわけではないんですのよ。ちょっと間違えただけで……」

「ちょっとの間違いだったら、本来十分のところ一時間かからんわ!!!」

「ひっ……あんまり大声出さないでくれまし……。」


 俺が発声した瞬間、エレインの体がビクッと震える。

 さっきからやけにもじもじしてるし、なんか歩く時も内股だし、さては……


「あー、ここ地下だし寒いよな。大丈夫か?」

「あっ!ええ。確かにちょっと寒いですわね。早く休憩所に行きましょう。ねぇ?」

「な訳ないわっっ!!!」

「ひっ、うるっっさいですわね。」


 お前トイレ我慢してるだろ!


「はぁ、そんなわけないでしょう。こ、このアルビオン王国の王女たる者がお手洗いなど行きませんわ。」

「お前はアイドルかなにか?」


 あのさぁ、こう言う時のためにあらかじめ行くんだよトイレは。子供じゃないんだから。今年何歳よ。


「そうかぁ、膀胱の管理能力も見た目と同じようにガキなんだな。」

「ここ出たら国家反逆罪でぶち殺しますわよ。」


 ヒュー!地下生活確定!

 みんな!差し入れよろしくな!


「ほら、その地図渡してみな。ドジっ子なお前より俺が見た方がいいわ。」

「誰がドジっ子ですの。」


 エレインが差し出してきた地図を受け取る。

 学校が作成したものらしく、隅の方に校章があしらってある。

 確かこの迷宮は本来何十層とあるものだが、これに書いてあるのは一層部分のみらしい。


「えーと、なになに?ここの角をこう行って……。」


ジュッッ!


 ジュ?

 燃えてる?

 この地図が?

 なんで?


「ちょちょちょちょ、あちちちちちちち!なんで?え?」

「あっちですわ!」


 おそらく何かレーザー状のものがおそろしい速度で通過して燃やしたのであろう。空いた大きな穴から燃え広がっている。

 エレインが指を刺している方向を見ると……いた。

 体長五メートルほどのデカいシルエット。

 強靭な翼。鋭い爪。硬く輝いている鱗。

 その口からは牙と共に炎が溢れ出ている。おそらくあそこから地図を燃やしたブレスを吐いたのであろう。

 所謂ドラゴンである。


「うーん、逃げるぞ!」

「ちょ、えっ。」


 あんなもん相手できるか馬鹿野郎!なんでいんの本当にぃ!あんなのが!馬鹿野郎!

 エレインの手を掴んでそのまま走り抜ける。

 王女様と手を繋ぐのはどうかと思ったがそんなこと言ってる暇じゃない。

 おそらく幼体であろうがドラゴンなんてまともにやりあうものではねーんだよ。


「ちょっと、引っ張られると……おしっ、限界が近づいてっ!」

「いま下品なこと言いかけたね?」

「意外と余裕ありますわねあなた。」

「はは、これが歴戦の戦士の余裕……ってあぶねぇ!」


 鼻先にブレスかすめていったぞマジで。本当にやべー。

 せめて彼女は守らなくては。ていうか俺だけ生き残ってもどうせ責任取って殺されるから守らなくちゃ意味がないんだよねぇ。

 さっき地図を見た時に道は暗記している。

 おそらくこの先に……

 

「あった、これ!」


 50メートルほど先に扉が見える。


「なんか溜めてますわよあのドラゴン!」

「ドラゴンが溜まるのなんてブレス以外ねーだろうがぁ!」


 残り40、30。


「もう撃ちそうですわよ!」


 残り20メートル。


「あなただけでも先に行きなさい!」


 さっきまでがっしりと掴まれていた手が緩んでいく。

 俺も掴んでいるから離れはしないが、この速度だと少しずつ解けていく。

 後ろから炎が走る音が聞こえる。


「おい!」


 残り10メートル。

 手を掴んでいる右手だけでなく、左手でもエレインの腕を掴む。

 脚に回していた魔力を腕に回す。

 今まで走ってきた勢いを活かし、そのまま遠心力に変えエレインを前へ持っていく。


「なにを!」

「歯ぁ、食いしばれよ!あと膀胱抑えとけ!」


 前へエレインをぶん投げる!

 投げた勢いに走っていた速度が加わりものすごい勢いでエレインが吹き飛ぶ。

 1秒もかからずその姿は奥の扉までたどり着き、ぶち破りながら中へ入っていくのが見えた。

 ブレスが俺に当たるまで後0.1秒。



  ◇



 広い部屋の中でエレインしか人がいない。

 部屋に投げ込まれた後、すぐ後ろを見た時そこにあるのは赤色だった。

 部屋と廊下の境界線にある結界で炎はここまでこなかった。

 でも、熱は伝わってきた。

 身が焦げるような火の粉が舞っている。それが制服に降り掛かってきて小さな穴が空いた。

 

「そんな……。」


 彼は今頃黒焦げに……。

 わたくしのために。


「ふー、死ぬところだったぜ。」

「え?」


 炎の中を闊歩しながら結界の中に入る。後ろ手にドアを閉めながらエレインに笑いかける。

 傍若無人のお姫様でも、人が目の前で死んだと思ったら悲しいのかな?ちょっと涙目になってるよぉ。


「なんで?」

「ああ、これね。」


 マフラーがなければ即死だった。

 俺が着けてるマフラーには自身の周りの気温を一定に保つように魔法を刻んである。

 物理的な衝撃にはいっさい意味がないが、炎や氷など温度変化に対する耐性は一級品なのである。

 まあ、今ので燃え尽きたけど。


「あぁ。よかったですわ。わたくしのせいで、し、死んだのかと。」

「うーん、よかったとも言い切れないぞ。」


 お前もわかってるだろ?


「ええ。」


 この部屋に最初から鎮座していた、さっきのやつの二倍はあるであろう体躯のドラゴンが。


「どうしますの?」

「どうもこうもないだろ。」


 逃げられないんだ。やるしかないだろ。

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