第6話 委員長のお仕事
「ごめん、一緒にご飯食べれなくなっちゃった。トリス……。」
遠くの空は茜色に染まり、そろそろ食堂では夕飯が提供されるようになる時間帯。俺はとぼとぼとエレインの後ろで歩いている。トリスは1人で大丈夫かなぁ。
いぇーいwwランス君見てるぅww?今から君の夕飯作りまぁーすww早く帰ってきてね♡ってなってる気がする!普通に寮でご飯出るはずなのに!
うーわ、脳破壊されましたお家に帰らせていただきます。
「なんでそんな哀愁漂う顔をするんですの?。別にただの雑用ですから。」
「ああ!そんな面倒くさいことやらせてるのはどこのどいつだァッッ!カジノででの損害を補填してくれたエレイン様じゃねぇかぁっっ!!!ありがとう!!!!!大好き!!!!!」
「ここまで安い好意は王族の私でも見たことありませんわよ。その調子でお姉様に告白したんですって?」
「ああん!どっちも本気だわごらぁ!」
「本気で言ってる方がやばいってわかってます?王族ですのよ。あなたみたいな蛮族とは違うんですの。
「ごめんなさい。」
「あら正直。」
悪いことしたら謝らなくちゃね。
まあそんなことはどうでもいいんで、本来の目的を思いだそう。
「それでどこ向かってるんだ?」
正直なかなかに広いキャメロットの地図なんて頭に入っていないので、向かっている場所の想像すらつかないのであった。
一応廊下に学園の全体図か載っていたりもするのでそれを見ればわかるが、このお嬢様は俺と違ってもう迷わないらしい。俺と話しながら慣れ親しんだ場所のようにぐいぐい進んでいく。
「そろそろ着きますわ――おっと、ここですわね。ここを片付けるのが我々の仕事ですわ。」
「うん?でもここって――。
エレインは渡り廊下を渡って二つか三つ目の部屋の前に止まる。そしてそのままこちらを一瞥せずにドアノブに手をかけ、がちゃりという音と共にドアが開く。
その先には――
「ふん!ふん!ふん!ふん!ふん!ふん!」
半裸で背中に女性を乗せて腕立てをしている変態がいた。
俺たちが使っている教室より少し狭いくらいのスペースだろうに、物がかなりの数置いてあるせいか窮屈なイメージを覚える。
壁一面に張り巡らされた本棚に執務用や会議用、応接用の机や椅子。落ち着いた雰囲気の部屋ではあるが、ところどころのインテリアや装飾はそれなりの額がありそうなものが並べられている。
しかしこの部屋を圧迫しているのはそれらではなく、大量に並べられた筋トレ道具であった。
「間違えましたわ。」
バタンッ。
「いやいや、何を間違えたらこの部屋に行くわけ?何を掃除しろと?確かに片付ける必要がありそうな変態が一人いたけど?それなりのとこに通報したら片付けてくれそうだけど!」
「あれはあれで地位はありますので、そんな簡単に消し去れる権力のある人間なんて……あらっ、私わたくしですわね。」
「そうだよお前だよ。」
王族でしょうが君。
話している間に部屋の中から、男女の声とドタバタ動く音が聞こえ、それがすぐ止んだかと思うとドアがバタァンッ!!と言う音と共に勢いよく開く。
「ちょっと待てぇい!!!!!おいおい!いきなり入ってきたと思ったらクビが飛びそうでびっくり。はっはっは!冗談にしてはセンスがないぞ君たち!」
ドアを開ける音も声も大きい上に体も大きい茶髪の男性が笑いながら部屋から出てくる。
「うるさいですよ、マーリン学長。冗談じゃないから安心してください。」
「はっはっは!それなら安心!……安心?」
このゴリラみたいな、というかゴリラよりゴリラしているゴリラのイデアみたいな人間?は一応この学園のトップである学長。この見た目で結構インテリという知的なゴリラだ。
俺の背丈よりも二回りぐらい大きい体格のせいで胸筋としゃべってるんじゃないかと勘違いするぜ。もうそこそこな年なのによくやる。
「変態性だけは動物以上ですね。人間の業が感じられるプレイでしたよ。」
「はっはっは!君も同じ人間なのだがね。別にそういうことをしてたんじゃないんだがな!いやぁ、筋トレ器具の重さが足りなくてね。しょうがなく彼女に重りの役割をって……あれ?彼女は?」
学長の背中に乗っていた秘書と思われし女性は俺たちが話している間にさっさと出ていった。同じ変態と思われるのが嫌だったのかもしれない。
「いやー、まったくランスは当たりが強くて困るな!そんな風に教育した覚えはないんだが!」
「あんたに育てられてないからな。」
「この学園に通うってことは俺の教育を受けてるってことだ!はっはっは!」
まだ初日ですけど。
「エレイン君は分かってくれるな?」
「汗臭いので近寄るんじゃありませんの。」
「そうかぁ……。」
ちょっとぉ女子ぃ!男子泣いちゃったじゃん!どうにかしなよ。
「あなたも加担してるじゃないですの。」
「まあまあ、こんな奴放っておいて行こうぜ。」
「はっはっは!君たちがこの部屋に来たのに!なんでこんな扱い!君たち人をなじらないといけない決まりでもあるのかい?」
そのむさくるしい見た目で悲しまれても憐憫の感情なんて一ミリも湧いてこないなぁ。
「本当に何のようだ?まあ、何の用もなくても来ていいんだぜ!俺とお前のなかじゃねぇか。」
「本当に何の意味もなかったんだけど……ってあいつもう行ってる。」
間違えた張本人の癖に。学園長は変態だからいいとしても俺には一言誤ってくれないかな?
時間を無駄に過ごしたことを悔いながら学長室から踵を返して帰ろうとすると、マーリン学長から一言声をかけられる。
「よく彼女と仲良くできるな!トリス君もかな!」
「俺の交友関係把握してるのはきもいぞ。それにあいつらはそんなにコミュニケーション能力が欠如してるようには思えないぞ。」
あとトリスはともかくエレインとは仲良くはしてないと思う。あっちの俺への認識なんてどういうものかわからんぞ。聞いたら俺泣いちゃうような答え帰ってくるかも。
そしたらいじめられた者同士二人で泣こうなマーリン学長。
「俺が言ってるのはお前の方だよランス!普通に心配してるだけさ!だからそんな怖い顔するな!」
普通に煽られてるのかと思ったが、マーリンの顔は真剣そのものであった。
あぶねぇ、にやけ面でも浮かべてたら殴ってたぜ。
「別にお前も同じだろうが。」
「はっはっは!こりゃ一本取られた。その話を出されたら俺は何も言えない!まあ親心だと思って受け取れ!」
エレインの前では誤魔化したがこの人との関係は何というか……親子か師弟というのが正しいだろう。出会って数年だが、かなりのお世話になった恩人ていうか現在もお世話になっているわけだが。
え?なんでエレインの前で隠したって?普通にこんな変態野郎が親代わりって言うのが嫌だっただけです。
「じゃあ行くんで。」
「気をつけろよ!」
「気を付けないといけないことが起こらないようにするのがあんたの仕事でしょうが。」
この学園のセキュリティは万全なんでしょ。
筋肉だるまと無駄な会話をしたせいでエレインとの距離がかなり離れてしまった。話すゴリラとかいう奇怪な生物との邂逅は学者にでも任せるべきだろうに。
「急ぐか。」
廊下は走ってはいけないらしいので、あえて全力疾走をして追いかける。これは”走る”じゃなくて”疾る”だからな――!
身体強化の魔術をかける。途端に全能感が全身を駆け巡り、心臓の鼓動が速まり、しかしそれ以上の速度で脚が回転していく。
その上で風魔術で背中を押し、さらに加速していく。
景色が回る。教室のドアが何度も現れては消え、奥の壁が驚異的な速度で近づいてくる。魔術で防御していなければ風圧で目も開けられなかっただろう。
魔術と歩法で慣性を消し、角をそのままの速度で曲がる。
「え?ちょっ――」
「ひでぶっ!」
ガッ!
はい!案の定ぶつかりましたー、わかってましたー。
なんで廊下を走っちゃいけないかなんて簡単やん。ぶつかったら危ないなんて誰だってわかってるやん。誰だよそんなの無視して疾りだから大丈夫とか言ってるやつ。帰れよ。
「いっったいですわね、何やってますの?――って!」
ええと、多分声的にぶつかったのはエレインか。結構近くにいたらしいっていうか、俺がふざけて全力出しすぎただけな気が。
「うん?なんだこれ?」
むにゅ
むにゅ?
というか、結構な勢いでぶつかったのに大した衝撃がなかったな。なんか柔らかいクッションに当たったみたいな。
むにゅ
何かに顔を埋めていて視界は真っ暗。
表面はゴワゴワとした布に包まれているが、奥に感じる柔らかな肉に顔が包まれ、花というかなんというか言葉にし難い良い匂いが鼻腔をくすぐってくる。
頭の上にはもっと柔らかい何かが乗っていて、ちょうどそれを右手が掴んでいる。
確かな弾力があるはずなのに、吸い込まれるような感触。服の上からでもわかる豊かな肉感。
初めてのはずなのに一度は触ったことがあるような、安心感と既視感を感じるこれは……。
「あー。」
つまりこれはぶつかった衝撃でエレインのお腹に顔が埋まってて、右手が胸を揉んでるってことか。つまりラッキースケベってことか。…………。
「いやっっっったーーーーーーーー!!!!ありがとうございますっっっっ!!!!!」
泣きそうだよっっっ!!嬉しくて!!
感謝!圧倒的っっっ感謝!!!!!
「せめて謝りませ!」
◇
ラッキースケベが起こった時に、わざとじゃないんだとかそんな気はなかったとか言うのは男気がないと思うんだ。
それでいい思いさせてもらってるよのに「別に望んでねーし」みたいな硬派な態度を装うのはちょっと。
だからといっても謝りたいかと言われるとそう言うわけじゃない。だって本意で悪いことしてるわけじゃねーし。
「つまり俺が言うべきことは感謝の言葉だったんだよ。」
「
そんなことない。今人生で感謝している人間ランキングでいきなり上位に割り込んで来たエレイン様に対して舐めた態度取るとかあり得ませんよ。
「それよりここどこよ?」
本当はさっきの感触を脳内フォルダに保存する作業で忙しいんですけどね!今俺の意識の9割5部はピンク色に染まってますよ。
でもちゃんとやんないとまたどつかれそうなので。
「ここは学園の地下迷宮ですわ。私たちの目的地はここですわよ。」
道理で妙に寒いと思った。
さっきのラッキースケベの後、当然のように殴られて吹き飛ばされたのだが、壁に激突するわけじゃなくドアを突き破りそのまま意識を失ったのである。
意識を失う前に身体が浮くような不思議な感覚があった。
あれは転移魔術でどっかに飛ばされる時の感覚。触れただけで飛ばされるような簡易的なものだったならそこまでの距離は跳んでいないだろう。
「マジかよ。」
床から感じる冷たい石の感触。地上とは違う空気の匂い。牢獄にでも閉じ込められているかのような閉鎖的でおどろおどろしい雰囲気を感じる。
一面灰色の壁に覆われている空間に俺たちはいた。背後に魔法陣があるだけのだだっ広い部屋。薄暗くはあるが明かりもないのに周囲を見渡せる。
周りをよく見ると端の方に夜営の道具や食料、火の跡などの人が使っていたであろう痕跡が残っている。埃を被っていて今は使われていないであろうこともわかる。
奥には扉が一つ。装飾もない重っ苦しい扉。
脇には魔物除けの魔道具が松明のように二つ置いてある。それ以外にもいくつかの魔術的な結界でこの部屋が守られていることが感覚でわかる。
厳重に守られたその奥に何がいるのかは想像に難くない。
迷宮なんだ、魔物がうじゃうじゃいるに決まっている。
「この迷宮は昔は授業などで使われてたそうですが、使われすぎたために魔物が狩られすぎたそうですの。ここ数年使われてなかったそうですが、再利用したいとのことですからここの奥にあるもう一つの休憩所を撤去して、魔物の数をコントロールするつもりらしいですの。」
この場所のように魔物除けなどの結界を貼り、迷宮の攻略の拠点にした場所のことを休憩所という。これがあるとその周囲に魔物が寄り付かないために、魔物の生息域に壁ができ強制的に区画が作られる。
その区間が狭いと魔物も増えづらく、狩られやすいため数が減る。
攻略には必要だが、教育のために使う上では弱すぎると使いにくいのだろう。もっと奥まで行けば魔物の強さも数も増えるが、そこまでいくのに時間がかかるからなぁ。
「本当にやるの?」
「当たり前ですの。」
はぁ。
……………………………………………。
「用事思い出したんで帰ります!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます