第4話 Cクラス

「なーんでこうなっちゃったのぉ?」

「負けたからだよ?」


 模擬試合のあと、医務室から戻ってきた俺に告げられたのは無情な通告だった。

 Cクラス……

 まだ肌寒さは残っているが、窓から差し込む日差しは冬がとっくに終わったことを物語っている。

 そろそろ蕾開く季節だというのに、教室の連中の顔はこの世の終わりが来たのかってくらいに悲憤の表情が張り付いている。

 Cクラスなんて落ちこぼれのレッテルを張られることは貴族様たちにとっては屈辱の極みだろう。自分が最強だと信じて疑わなかった坊ちゃんたちが、同い年の奴らにボコボコにされる。

 一人や二人がそんな顔をしているのなら、平民の俺からしてみればざまぁってなるんだが、クラス全体がこうだと俺まで気が参ってきてしまう。


「エリート様たちにとっては初めての挫折なんだろうな。」

「そうだね、ここにいるのは温室育ちって感じの子が多いからさ。」

「うん?お前は違うのか?」


 ここにいるってことは結構なお坊ちゃんのはずだけど。そういえばフルネーム知らねぇな。


「まあまあ、僕のことはいいじゃん。それよりどうするの?ヴィネア王女と同じクラスになれなかったのって大変じゃない?」


 それなんだよなぁ。同じクラスが違うクラスかで会える機会はかなり変わる。このままだとアピールできる機会もかなり減るだろうし。

 どうしようか……

 と、そう考えているとトリスの視線が教卓の方向へ向いているのに気がついた。同じ方向に目線を這わせると、そこには黒髪の女性が立っていた。教師用の制服を身にまとい、きょろきょろと不安そうな瞳でクラスを見渡している。化粧っ気のない地味な見た目とは裏腹に、その胸の双丘はかなり主張が激しかった。

 おっぱいでっかぁ。


「こ、こんにちは。Cクラス担任のクレア・ベルンです。みっ、みっ、みなさんと同じく今年からこの学園に入って、教鞭を取らせてもらう若輩者ですがっ、よろしくおねがいしましゅっ!」


 ガッチガチだな。おっぱいは柔らかそうなのに。


「ふっふっふ、見た目とは裏腹にその身に纏う魔力は膨大だな。俺たちのレベルにも到達しうるかもしれん。」

「Cクラスの落ちこぼれが何でそんな偉そうなキャラクターを演じられるの?」


 あとおっぱいも膨大だな。


「視線が気持ち悪いよ。」

「ふっ、今日は面白いものが見れたな。」

「どういうキャラクターでやってるの?」

「じゃあな、次会うときは敵同士じゃないことを願うぜ。」


 俺はそう言って立ち上がる。


「どこ行くの?」

「トイレ。」

「ダサいなぁ。」



  ◇



「ふぅー、あぶね。」


 Cクラスの教室は一般棟の端のほうへ追いやられているので、トイレまで少し息を切らして走ることになってしまった。こんなどうでもよいことで嫌がらせのようなことしなくてもいいのに、と思いながら教室へ戻る途中、思いがけないが想い続けた姿を見つけた。見間違えようのない姿。

 男の中でも長身の俺とそう変わらない背丈に、流水のように軽やかな四肢を携え、太陽の光より眩しい金色の髪をたなびかせている。一日しかたっていないのに恋焦がれ、二度目の邂逅にも関わらず変わらない衝撃を受ける。

 マジか……。

 高ぶる鼓動を抑えながら、意を決して声を発する。ぱくぱくとなんとか広かれた口からは、枯れて上擦れた音が発せられた。


「よ、よう。こんなところで奇遇だな。どうしたんだ?王女様が使いっ走りか?」


 俺がそう声をかけると、廊下を歩いていたヴィネアは端正な顔を少し歪めあからさまな溜息を吐いた。一度は振り返ったその身を翻し、月光のように輝きを放つ長くて艶やかな長髪が波のように揺れて……


「ちょっちょっちょっと待て。無視することないじゃん?」


 あれ、俺のこと嫌いなのかな?そんな嫌な顔することないじゃん?傷つくじゃん?意外とメンタル弱いんだから俺って。好きな人の前で心臓バクバク言ってるんだから。今も緊張して吐きそうなくらいなんだから。

 やめてよー、そんな怖い表情するの。純情な少年の精神を削るのやめてくれる? 


「なんか書類運んでいるけど、なんで王女様がそんなのしてるんだ?」


 ヴィネアは碧い目を細め眉間にしわを寄せて、(気のせいであってほしいが)心底めんどくさそうな顔で会話に応じてくれる。


「クラス委員長になりましたから。」

「別に王女様が委員長っていうのは異論ないけどさ、物を運ぶくらい他の生徒にやらせれば。」

「確かにそう言われたりもしましたが断りました。一応この学園内では身分の上下は一切無いことになっているらしいですよ。」

「ああ、学長がそんなこと言ってたな。」


 ここの学園長の熱い笑顔が思い出される。その場にいるだけで体感温度が五度高くなる、と側近たちに陰口を言われているあの男ならではの方針である。そんな奴だからこそ異例の平民入学なんてことが可能だったのだろうし。


「でも護衛なんかは?」

「この学園の防衛システムは完璧ですから。侵入者なんて来ようがありません。」


そうか、しかし生徒や教師なんかに紛れていたりする場合もあるし、この王女が化け物みたいに強いから必要としないだけな気もする。


「本当は妹にはつけたかったのですが……。」

「うん?妹がいるのか?」


 ヴィネアの妹となると当然アルビオン王国の王女か。俗世に疎いせいで全くどういうやつか思い浮かばない。


「ええ、知らないのですか?まあ、あなたなら知らなくても不思議じゃありませんか。」

「俺が常識知らない馬鹿だって言いたいのか?」

「そうは言って……まあいいです。多分すぐわかるでしょうし。」

「どういうこと?」

「もう一人の王女によろしくお願いしますね。」

「いやだからぁ!説明をって。」

「あなたにお願いするのも癪ですが、護衛が彼だけでは不安もありますし。」


 なんかよくわからない話をされる身にもなってくれる?


「では、また会わないことを望んでいますよ。」


 彼女はそう言って今度こそ本当に立ち去って行った。

 チクショー、俺はまた会いたいわボケッ!



  ◇



「ではCクラスの委員長を決めていきたいと思います。」

「キタキタァ!これだよこれ。待ってたのは!」


 クレア先生がそう言った瞬間俺のテンション爆上がり。ヴィネアに会った後クラスに戻ってからずっと待ちわびていたのがこれだ。さっきの興奮が冷めぬ間に来た委員長決めは、クラス分けでの失態を挽回する大事なチャンスである。

 聞くところによるとクラス委員長の職務は教師の手伝いや学校行事等の取り決め、月に一回の委員長会議などがあるらしい。そんな雑務生徒にやらせずに済む方法いくらでもあるだろうし、戦闘技能を学ぶためのこの学園に学校行事とか不要だと思うのだが……お祭り好きなあの学長のことだからしょうがないか。

 重要なのはこの委員長会議というやつ。各クラスの委員長が集まり、今後の方針とかなんか決めるらしい。俺も詳しいことは興味ないし知らないけど。

 だがこの会議には当然Aクラス委員長であるヴィネアも出席するはずだ。そうなれば俺とヴィネアが接触するチャンスも増え、AクラスとCクラスという対立も多いであろう間柄で白熱した議論を交わし、最初はいがみ合っていたんだが発生した大きなトラブルを二人で解決することになり、「なんであな

たと……。」なんて言いあいながらも二人で息の合った強力で問題を解決し、終わった後にはなんだかいい雰囲気になっていてそのまま……


「気持ち悪いよ……いや、いつものことかな。」

「昨日会った間柄でいつも気持ち悪いならそれはもう俺は気持ち悪さの化身でつまりお前は気持ち悪いやつと友達でつまり類友だからお前も気持ち悪いぞ。」

「そんなにショックだった?気持ち悪いって言われるの?」


 別に……もう慣れたし。トリスが見た目以上に毒舌だってことも、それが発揮されるのが俺だけってこともわかってたし。


「それでは委員長に立候補してくれる人は挙手をお願いします。」

「はいはいはい!」


 勢いよく手を天に掲げ、誰よりも目立つように挙手する。が、当然というかなんというか俺以外に手を挙げている奴は一人しかおらず、こんなに委員長決めを楽しんでいるやつも俺一人なのであからさまに痛いやつに向けられる視線がクラス全体から刺さってくる。


「えーと、では立候補者はエレイン様ひとりでよろしいですねぇ。」

「はーい!俺もいます俺も。あっれー見えなかったかなー?」


 その平民なんかに任せたくないなぁって顔するのやめてくれる?


「では一人しかいなかったのでエレイン様が委員長ということで。」

「さすがにもうあきらめてください先生。」


 俺を認知しろ。


「じゃ、じゃあ立候補者が二人の場合は……。」


 クレア先生はそう言って手帳をぺらぺらとめくり何かを確認する。




「えーとマーリン学長の指示によるとぉ……演説してもらってぇ、そのあとクラス内で投票をする。じゃあランス君前へ出てください。」


「よっしゃ来た。」


 急いで席を立ち、早走りで前へ向かう。その途中クラスメイト達はお前なんかに興味ねぇよと言わんばかりにこちらに目も向けない。

 ふっ、お前ら俺をなめているな。次の奴のハードルがめちゃ高になる爆裂神演説見せてやるぜ。


「俺の名前はランス……てめーら負け犬どもを変革する男だ。この俺ランスは特待生。学長直々に認められた男なんだ。」


 クラス中からいまにもヤジが飛びそうなほど不穏な気配が漂ってくる。


「なんで平民がって思っているだろうお前ら!それはな、俺がこの場で一番強いからだ。」


 そこ!全敗の癖にとか言わない!


「この学園に入ったからにはそれなりの神器を持っているんだろ!だが負けたそれはなぜか!お前らじゃわからないだろ。」


 クラスメイトが俺を見つめる視線がさらに厳しくなっている。最初の痛いやつを見る目からどんどん怒りと恨みが混じった目に。

 だがそれは俺の言っていることが図星だという証拠になる。


「お前らに足りないのはなぁ!精神力だよ!自分が最強だと思って調子に乗って、負けたらすぐに落ち込んで塞ぎ込む。神器を扱う上で一番大事なのは精神のコントロール。自分の実力も正確に把握できない子供なお前じゃ無理な話だ。そこで俺!」


 俺は他人の神器を扱える。つまりで言えばこの世で最も多くの種類の神器を扱ったことがある男である。

 この世で最も神器に詳しい男である。


「俺ならお前らは変えてやれる!強くできる!そのためにまず……俺がお前らをっ、お前らを!」


 死ぬほど落ち込んでいるお前らを!


「俺の全力を使ってっっっ!お前らを…………………………………………笑わせてやるっっっっ!!!!!」

「「「「「は?」」」」」


 全人類抱腹絶倒確定演出最強面白一発ギャグ――行きます――。


「裏返された靴下の真似っっっっっ!!!!!!!」


 ……………………………………………………………………………あれ?

 聞こえなかったかな?


「裏返された靴下の真似っっっっっ!!!!!!!」


 ……………………………………………………………………………


「裏返された靴下の真似っっっっっ!!!!!!!」


 ……………………………………………………………………………


「裏返された靴下の真似っっっっっ!!!!!!!」


 ……………………………………………………………………………


「裏返された靴下の真似っっっっっ!!!!!!!」


 ……………………………………………………………………………


 パチパチパチパチッ。


 だ、誰か拍手を!誰だ!この俺を救ってくれた救世主は!?


「久しぶりだねランス。ふふっ、呼び捨ては少し早かったかな?」

「フレアっっっ!!!」


 なんでおるん。

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