第3話 模擬試合

「ん〜、いい朝だ。」


 朝日の心地よい明かりと小鳥のさえずりと共に目が覚めた。実に良い朝だ。さすがエリート御用達の学園、ベッドもいいやつ使ってるぜ。

 なかなかに早い起床だと思っていたが、周りの部屋から聞こえてくる音から考えるに、そうでもなかったみたいだ。トリスももう起きているらしい。女子と見間違えるような端麗な顔立ちに眠り気な眼を浮かべて出てくる。


「おはよう、ランス君。いい朝だね。」

「ああ、俺としてはもう少し寝てたかったんだがな。模擬試合が俺を急かすんで体がほてっておちおち眠れやしないのさ。」

「元気そうで何よりだよ。僕は低血圧だから朝はつらいんだよね。」

「じゃあ俺の熱を分けてあげるよ。さあ、胸に飛び込んできな。火傷に気をつけて。」

「……そうだね、さあ顔洗って食堂に行こう。」


 あれー、俺の予想では「そんな心配はないよ。だって僕の君を思う心の方がずっと熱いから。」って一部の人間が喜ぶ展開になること間違いなしだったんだが。そしてめくるめく薔薇色の世界に二人で入って、模擬試合に遅刻する覚悟をしていたんだが。男とは言え俺の色気には逆らえないはずなんだが。子供の頃近所のおじさま方が選ぶ将来が楽しみなショタランキング二位にまで輝いたこの俺だぜ?

 ……一位のジョナサン君は大丈夫だろうか?


 しかし、今日が楽しみだったのは本当のことである。模擬試合……新入生同士申し込み式で数試合行い、その結果によってABCの三つのクラスに分けるという今後一年間を左右する大事なイベントである。

 申し込み式ということで本来ならあまり強くないやつを狙い撃ちし勝ち星を稼ぐべきだが、それではせいぜいBクラスが関の山だ。曰く、もともとAクラスになるような生徒は学園側から目をつけられているので、模擬試合で少し勝ったところでAには到達しないのだという。

 もちろん俺の目的はヴィネア王女と同じクラスになること!当然彼女はAクラスになるであろうから俺もそこを目指さねばならない。昨日トリスに前評判が高いであろう強い生徒を聞いたのもそのためであった。


 食堂へと通ずる廊下はまだ朝早いにも関わらず人の姿がちょこちょこ見え、もう少し時間がたったら歩くことすら難しくなるだろう。現に昨日の夕飯の時は大変だった。列が長すぎて最後尾からは食堂が見えなかったほどである。その反省を生かし今朝は早起きをすることを誓ったのだ。


「それでフレア君に勝つ算段はあるの?」


 注文待ちの列に並んでいるときにトリスがそう聞いてくる。さて、暇つぶしには少し長くなりそうな話題だが、不思議に思うのもおかしくないか。


「もちろんあるさ。俺が言える君の好きなところの数と同じくらいあるよ。……つまり無限ってことさ。」

「フレア君ってすごい強いらしいよ。この学園に入る前から冒険者的な活動をしてるんだってさ。昨日見かけたときも怖そうな取り巻きいっぱい引き連れてて同い年とは思えないよね。」


 無視はしないでよ。悲しいから。ほら、食堂のおばちゃんが変な目でこっち見てるじゃん。


「実際のところあんまないんだよな対策って。炎出す指輪って結構シンプルだから。水魔法使うってくらいしか思いつかない。」

「そんなんで勝とうとか考えてたの?」


 昨日から思っていたがその容姿と口調に似合わず結構辛辣だよね。


 「まああるにはあるさ、切り札が。人には滅多に見せたくないけどね。」

「本当に?僕は心配だよ。噂で聞いたけどランス君は……」


「神器が使えないんだってな!ひゃははは!」

「そんなんでフレア様に勝とうっていうんだからお笑い草っすよ。ねえ?」

「ははは、君たちあまり言い過ぎないように。失礼だよ。」


 背後から品性のない笑い声が聞こえてくる。


「誰だ!」


 あまりにも典型的な反応をしてしまうほどテンプレな登場をしたのは、一人の金髪碧眼の男とその他モブとでも言うべきあからさまに取り巻きな二人によるチンピラ集団だった。

 金髪の男はその俺ほどでもないが端正な顔立ちに柔らかな笑みを浮かべこちらを見つめている。おそらくこいつがフレア・リングベルなのだろう。


「いやー、さすが平民様っすね、フレア様に喧嘩挑んで来るとは。常識知らずにもほどがあるってもんすよ!ファッションダサいし。」

「平民ごときの頭じゃリングベル様のすごさを理解できないんじゃないか?力量差をはかる力もファッションセンスもねぇってね。ぎゃははは!」

「君たちあんまり人に絡まないよう前に言ったじゃないか。ファッションセンスはともかく、平民だからって見下すのはよろしくないよ。」

「そうだよ!ランス君は平民でゴミみたいなファッションセンスを持ってるけど、王女に楯突けるほどの図太さと勇気があるんだぞ!お前らみたいな金魚の糞で腰ぎんちゃくな奴らとは違うんだ!」


 お前ら人をディスらないと会話すらできないのかよ。あとトリス……お前が一番口が悪いぞ。


「いいやがったなこの野郎。平民の癖に俺たちを侮辱するとはいい度胸じゃねぇか、あぁ?」

「模擬試合の前にぶっ殺してやろうか?」

「やってみろ!ランス君に勝てると思うなよ。さあ、そのくそださファッションに裏打ちされた喧嘩の強さを見せてやれ!」


 俺なんも言ってないんだけど!?


「いいだろう、やってやろうじゃねぇか!……でもその前に一つ教えて?俺の格好ってそんなダメ?」


 俺が制服にプラスしている最新トレンドアイテムを紹介するぜ!

 この光沢がたまらなくかっこいいっ!革ジャン!

 黒と肌色のコントラストが美しいっ!指ぬきグローブ!

 遠目からでも輝いてるぜっ!シルバーネックレス!

 季節外れ!だがそれがいいっ!マフラー!

 その他改良様々!服屋のおっちゃんにも大好評!これの何がいけない!


「全部ダセェ。」

「誰が着るんすかそんなもん。」

「あんまり言いたくないが……正直かっこよくはないね。」

「カスだね。そのお店に騙されたんだ。よしよし……世間知らずでバカだった自分を改めましょうねぇ。」


 ……なん……だと。


「てめぇらぶっ殺してやる。俺を認めないやつなんぞこの世からいなくなればいいんだ!」

「よし!やれーランス君。自分の価値観を否定された恨みを晴らすんだ!」

「一番悪口言ってたのお前の味方だぞ!?」

「でもやってやろうじゃねぇか、フレア様に恥かかせるわけいかねぇっす!」

「ちょっと、ここは食堂だ。みんなの邪魔になるしやめよう。ね?」


 フレアが止めようとするが、ここまで来たら止まらねぇ。

 取り巻き二人が手をかざすと光の粒子がその手に集まっていく。その光は少しずつ形を作り始め、片方は剣、もう片方は槍になっていく。それらが現れただけで周囲の空気が変わっていく。

 向けられるだけで一般人なら気絶しかねないほどの魔力の塊。神々が魔物に対抗するため人間に授けた最強の武器。この世で俺以外の人間すべてが一人一つ保有している。

 こいつら……雑魚じゃないな。神器は個人差が激しく、中には使い道が無いような能力をしているものもある。感じる魔力、武器の形状、周囲へもたらしている影響。それらからこいつらの能力を判断する。

 こいつらの能力は……


「いまさら後悔しても遅いぜ!俺の『風切』の錆にしてやるぜぇ!」

「俺の『氷山崩し』がぶち殺すのが先っすよ!」

 

 しゃべっちゃダメだろ神器の名前をよぉ!神器名は能力をそのまま表したやつが多いんだって。俺の解析無駄じゃん。


「行くぞ!」


 こいつらの神器から溢れ出す魔力が一段上がる。来るか!

 神器に込められている魔力が風に氷に姿を変えていく。風の斬撃と氷の弾丸がこちらに発射される。防御しなくては死に至る威力。この学園の制服には防御魔法がかかっているためそこまでにはならないが、まともに食らったら医務室送りは免れない。

 

「だが!甘いぜ!」


 神器から放たれた魔力は狙った方向に飛んで行っている。ただし!俺の狙った方向に!


「なに!」

「なんで俺が放った風がこっちに!?」

「そう!これが俺の十ある切り札のひとーーつっ!俺がただ神器を持っていないだけの雑魚に見えたか?相手の神器のコントロールを奪い自滅させる最強の能力!神器を出したのがお前らの敗因よ!」


 うまく方向を調節された風の刃は二人もろとも吹き飛ばした。俺の完全勝利。この俺が負けるわけないんだよなぁ!喜びで震えが止まらねぇ。ハハハハハ!

 

「いや、普通に氷は食らってんじゃん。寒さで震えてるだけでしょ。」


 まあ、同時に操作できるの一つだけだからねっ。マフラー付けててよかったぁ。



  ◇



 時は変わって模擬試合本番。俺の前に対峙しているのは金髪のクソイケメンやろう……フレア・リングベル。学園の中でも高い戦闘力を誇る男。さっきまでつけていた『紅蓮の指輪』を今は外していて、代わりに剣を腰に携えている。こいつに勝てばAクラス間違いなし。ヴィネア王女と同じクラスのバラ色生活のために犠牲になってもらうぜ!


「さっきはすまない。取り巻きが無礼なことを。あまり人に強く言えないのが僕の欠点だと自覚している。」

「いや、構わないぜ。さっきは俺も悪かったな。あと氷溶かしてくれてありがとう。」


 さっき食堂荒らしたとかで一緒に教師に怒られたからちょっと親近感湧いてるんだよなぁ。一緒に怒られるどころか俺をかばってくれてたし。氷も溶かしてくれてたし。なんで普通に良いやつなの?俺が悪者みたいじゃん。


「実際さっきのランス君は完全な悪役だったよー!ファッションにケチつけられて喧嘩するとか、ひどいよね。」


 お前が焚きつけたんじゃい!外野からうるさいなぁ。


「ランス君、君の能力は面白いね。興味が湧いてきたよ。」

「そうかい、今から見せてやるよ。もっとも、お前が速攻で負けるからあんまり見れないかもな。」


 俺の能力は対神器において一対一最強だ。どうやっても負けるわけない。ふっ、俺のAクラス行きは間違いなしだな。

 このグラウンドの中央、教師や生徒が注目してる中でボコボコにするのはかわいそうだがしょうがないな。せめて一瞬で終わらせてやる。


「模擬試合。ランスvsフレア・リングベル……始め!」


 さあ来い!神器を使った瞬間お前の負けだ。

 フレアは腰にある剣を抜き、こちらに雷のごとき速度で迫ってくる。


「なに!うおっ!」


 刹那の間に眼下に移動している。低い姿勢から弧を描くように

剣が走り、凶刃がこちらの首を取らんと光っている。


「うっ……ぐ!」


 首を後ろに思い切り傾け、下がった重心を支えるため地面に手をつける。ブリッジのような姿勢になったあと、勢いのまま足を振り上げ攻撃する。狙うは相手の腕、武器を落とせばこちらが優位。俺の狙い通りに相手の左腕に蹴りがクリーンヒットし、剣は彼方は吹っ飛ぶ。


 「流石だね、でもまだ甘い。」


 無理な攻撃をしたせいで姿勢が悪い。身体が一回転し、視界もそれにつられて回っていく。背後にいるトリス、グラウンドの地面、フレアの足元、そしてフレアの剣を持った右腕。……剣を持った?なんで!


「魔法剣か!」

「そう、自動で手元に戻ってくるんだ。便利だね。」


 クッソ、なんでそんなもん持ってきてるんだ。こちらは武器なし、あちらは魔法剣。神器を使ってくれさえすれば良いが、こちら状況が不利なうちは使わないだろう。

 このままじゃジリ貧だ。


「お前!さっき能力に興味あるって!」

「はは!興味あるのは本当だよ。それよりも君に勝ちたい思いが強いだけさ。」


 どうする?このままじゃ勝ち筋がない。武器を奪いたくても奪えない。なにか勝つ方法は?


「ランス君!切り札残してるんじゃないの!?10個あるんでしょ!」


 そうだ!俺には10個ある最強の切り札、通称ランススペシャルがある!これを使えば……


「あ、そんなのねぇわ。」


 全部嘘だわ。一つだけだわ。


「ランスくーんっ!」


ゴンッ!


 こうして俺は模擬試合一回戦を落としたのであった。それどころか気絶してたから残りの試合も不戦敗だわ。

 クソが。


 

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