レイシーの答え
目の前には見覚えのある背の低い石の塔。何も変わらない河原が広がっている。
また帰って来てしまったのだ、振り出しに。
「どうすればいいって言うのよ……」
レイシーにはこの霧を抜けるビジョンが見えなくなっていた。
ルールは守ったはずだ。心は削ったはずだ。
それだと言うのにまた変わらない景色が広がっている。一歩先には霧が立ち込めている。
二人は相変わらずいない。
「アンゼ……バステカ……あたしは一体何をすればいい?」
ただ呆然と立ち尽くし、この場にいない二人に頼った。
覚束ない足取りで石のコインを集めると、宝の地図を開く。
「バステカならきっと……」
昨日の推測を思い出し、ヒントを指でなぞった。
──『対岸では石貨はチリとなり、貴女は後悔するだろう』これは石貨がチリになったからではなく、対岸に渡ってしまったこと自体を後悔しているとも考えられないか?
「アンゼならきっと……」
いつも何気ない顔で決定的な事をぼやく姿を思い出し、ぼやいた。
──なぜこんなにも回りくどいことをする必要があるんだ?
まるでこの場に二人がいたかのような、思考を巡らせる。
「……ありがとう、やっとわかったわよ」
答えへと導いてくれた二人に感謝を述べ、霧の中へ歩き始めた。
相変わらず霧は重かった。
……二人はなぜゴールすることが出来た?答えに気付いていたから?
答えはきっとノー。気付いていたなら少なくともアンゼが教えてくれるはず。……それにバステカはワクワクしていた、新しいオモチャを早く遊びたいって感じで。
しかしあの二人なら1発でクリアしてしまうことも頷ける理由があった。それは今回の攻略の鍵となるのが……
──自信だから。
「自信……ね…………」
これまでの人生を振り返ってみてもあたしにはあの二人のように胸を張れるものがなかった。
昔からあたしが胸を張って人に自慢出来たのは大好きなおじいちゃんだけだった。
……おじいちゃんはやさしくて、強くて、勇気があって、みんなから信頼されている。あたしの誇りだった。
そんなおじいちゃんがいなくなったあの日からというもの、あたしは自分のことを考えるのをやめた。
大好きなおじいちゃんに早く帰って来て欲しかったから。
おじいちゃんを見つけるためには何をすればいいか、おじいちゃんに帰って来てもらうにはどうすればいいか。
たくさんたくさん考えて、最後には全て失った。
そんなあたしが誰かに胸を張れること、自信を持って正しいと言えるもの。
「おじいちゃん一つだけあったよ、あたしにも」
あたしは目の前に浮かび上がった『愛』と『金』という文字を見て、フッと笑った。
「金ーーー!!!!!」
10枚のコインはあたしの手を離れ、宙を舞い……華麗に回転しながら霧の中へと消えて行った。
手放そうと消えない、信頼の証だけが胸に残っていた。
感傷に浸る暇もなく、辺り一面の霧が晴れ、遠くには微かに新たな島選択肢が見えた。
レイシーはその時初めて、夜が明けていることに気付いた。
「おーい!遅いぞ金髪ー!」
レイシーが島に近づけば、浜辺には手を振るバステカの姿があった。
「だーかーら!もうちょっとマシなあだ名つけなさいって言ってるでしょうがー!」
「うわあ寄るな!回すな!」
猛ダッシュを決め込んだレイシーはあっという間にバステカへ肉薄し、たれの長いリボンで一つに纏められた長い金髪を振り回した。
レイシーの猛攻は一分にも及び、二人の息を上げるには十分だった。
「ハァ……ハァ……だってお前金髪だろ?」
「もっとこう……あるでしょ!完璧美少女とか!スーパー美人とか!千年に一度のレイシーとか!」
「お、おまっ……自己評価高すぎだろ!もっと謙遜しろ!謙遜を!」
事実だとしてもあまりに不遜な態度にバステカはたじたじになっていた。
そんな島中に響く声を聞きつけてやってきたアンゼは……耳を抑えてすこぶる機嫌が悪そうに登場した。
「やっと合流したかと思えば早速イチャつくでない千年に一度のクレイジーよ」
「誰がクレイジーよ!」
「髪を凶器として使っている者のどこがクレイジーでないか探す方が難しいだろう」
瞬殺。一言目で相手のツッコミを誘導してからのカウンターは美しく、殴られていることすらレイシーに悟らせなかった。
それはそれは見事な手管であった。
合流の挨拶あおりもそこそこに、バステカはどこからか拾って来た5枚目の地図を広げ始めた。
「まあ今回は俺の勝ちってことで5枚目の宝探しを始めよう」
「フライングがなければ私の方が早かっただろう」
ムカつく顔で勝ち誇るバステカにアンゼはムスっとして不正を訴えた。
マウント勝負に発展するかと思われたが、それが起きることはなく、これまでと同じように三人で地図の裏面を覗き込んだ。
三人の顔は一様に真剣で、その表情かおには宝探し!宝探しっ!と殴り書きされた文字が書いてあった。
「なんだこれ、読みにくいな」
宝を指し示すヒントはこれまでとは少し形式が異なり、右上から時計回りで『四宝が』、『四方に』、『至宝あらわになる』、『重なる時』と四隅に記されていた。
一見難解に思えるこのヒントに三人は顔を見合わせた。
「ダジャレ……よね?」
「ダジャレだな」
「ダジャレだ」
ダジャレだった。
そのギャグじみたあまりにもくだらない三人は肩の力が抜け、顔を緩ませる。
ここまで長く苦しい道のりを歩いて来た三人にとって丁度いいアイスブレイクだった。
「四方って言ったってこの島丸いしな〜、どこを探せばいいのやら」
気の抜けた言葉ではあるが、実際島に角張った様子はなく、四宝らしきものも見当たらなかった。
アンゼもその言葉に賛同するようにぼやいた。
「星のマークも一つしかない、これでは手がかりゼロだな……ふぁ〜」
その言葉には覇気はなく、多少の落胆の色とあくびが混じっている。
ついには思い思いに寝転び始め、辺りには夜待ちムードが漂っていた。
「あっ」
レイシーが空に流れる雲を眺めていると、雲に何かを見つけたのか勢いよくその場に立ち上がる。
その時のレイシーな顔といえば驚愕に染まっており、ひどく滑稽なものであった。
「あるじゃない!四角いやつ!」
レイシーは自信満々に宝の地図を取り出した。首だけを向けてくる二人に、よく見えるように手を動かす。
「これを……こうして……こう!」
四隅のヒントがそれぞれ被らないように、これまでの宝の地図を重ね始めた。
すると偶然か、四つの星のマークが綺麗な四角形を作り上げた。
「レイシーお前、よくこんなの見つけたなぁ……!」
すっかり生気を取り戻したバステカはレイシーが作り上げた四角形をまじまじと見つめる。
その瞳には憧れか尊敬か、キラキラした光が輝きを放っていた。
「実はおかしいと思ってたのよ!宝の地図っていう割りには抽象的だし、条件をクリアしたら星のマークなんて関係なく次の場所に飛ばされるし!」
「すげぇなレイシー!」
子供のように目を輝かせ見上げられる気分はそれは良く、レイシーは鼻を伸ばして声高々にその考えに至ったワケを語り始める。
いつしか話は脱線し、如何に苦しい旅路だったかを語る会になっていた。
それはアンゼが止めるつっこむまで続き、出発する頃には日が頂点に達しようとしていた。
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