時の牢獄

 

 そこは茹だるように暑いわけでもなくヒヤリと風が吹くでもない、生温く動かない空気が漂っていた。

 居るだけで気分が下がるような場所だが、空気まで薄いというのだから救いがない。


 足裏からはここが硬くゴツゴツとした地面をしており、なだらかな傾斜のつく悪路であることが伝わってくる。


 足元に気をつけて歩かなければ小石を踏んでしまい、瞬く間に道を滑り落ちていく予感があった。

 

 そんな考えうる限り歩きたくないランキング堂々の一位を往く山道をバステカ一行は歩いていた。



 ながい。

 もう4日も前から俺はそう思っていた。


 はじめにこの三つ目の宝探し、山下りを知った時は楽勝だと思った。

 なんせ山頂から地上まで2回のスカイダイビングを敢行した俺にとって、山頂から地上までというのは短い。時間にして1分30秒やそこらというイメージしかなかった。

 

 加えて山の斜面が急である事もなく、クレバスのような危険なポイントがあるわけでもなく、ただなだらかに続く地上への道は俺に山を侮らせるには十分だった。


 1日目はなんともなかった。長いとは思っていたがさほど疲れたわけでもない。

 俺にとってはむしろ何もない方が辛く感じたほどだ。


 2日目、アンゼが根を上げた。元々背が小さく足の短いアンゼは俺とレイシーに比べ2倍以上の歩数を求められた。

 仕方がないので俺はアンゼをバックパックの上に乗せ、1日毎にアンゼを歩かせる作戦を立てた。


 3日目、レイシーが異変に気付いた。道がなくならないんだ。

 正確には地上までの距離が一向に縮まっていないということだが、おかしいのはそれだけではなかった。

 ……疲れないんだ。どれだけ歩こうとアンゼを振り回そうと眠らなかろうと。


 4日目、ついにレイシーが根を上げた。身体的疲労ではない……精神的疲労によるものだった。

 どれだけ歩いても変わらない風景、生温く薄い空気。

 足と喉は適度に消耗した状態がキープされており、休もうが水を飲もうが回復することはなかった。


 そして今に至る。

 実は俺はとっくに根を上げていた。新鮮さも感動もなく、いま自分が生きているのか死んでいるのかすら他人に確認してもらわないとわからないようなウォーキング旅に何も光を見出せなかったからだ。


「二人とも、ちょっと集まってくれ」


 俺とて4日もただ歩いていたわけではない。これまでの宝探しを振り返ってこの宝探しが何を目的としたものかを考えていたんだ。


 まずこの宝探しはレイシーに宛てたものだ。

 そりゃあレイシーしか宝の地図の在処を教えられていないのだから当たり前だろう?……そう思ったことだろう。俺もそう思った。

 しかし、それならこんな回りくどい造りにする必要がない。レイシーが解ける保証もないからだ。


 では何故こんなめんどくさい事をさせるのか。

 それはきっとレイシーが宝探しを行うこと、それ自体が目的だからだ。

 

 思えばこれまでの宝探しには共通点があった。

 俺達三人組、ぶっちゃけ弱そうなやつを下から三人集めたような集団で攻略出来ているということ。

 つまり頭を使えば突破出来るようになっているワケだ。

 もっと言うと条件を満たした段階でクリアできるようになっている。


 一つ目の宝探しでは灯りで宝の地図を照らすことと動かない星を見つけることが条件だった。

 恐らくこれに隠された目的は観察眼を鍛えることだろう。

 そして動かない星を見つけた段階で後は三度願うだけ。


 二つ目の宝探しは詳細こそ聞いていないものの、なんとなくでわかる。

 恐らく記憶力や状況に応じて必要な知識を引き出す能力を鍛えることだろう。。

 そしてこれはレイシーが雲の泳ぎ方とやらを思い出した時点でクリアだ。


 そして三つ目の宝探し。

 これは恐らく忍耐力を鍛えるものだ。変化のない終わらない道を歩き続ける。肉体的にも精神的にもキツいはずだ。

 肝心の条件だが……


 俺は呼吸を整えると二人に向かって口を開いた。


「この三つ目の宝探し……俺はもうクリアしているんじゃないかと踏んでいる」


「これのどこがクリアよ!一向に地上に辿り着く気配ないじゃない!」


「まあ落ち着けレイシー、バステカの考えを聞こうじゃないか」


 二人は言葉こそ違うものの、共にその瞳には疑念が渦巻いている

 無理もない、だったらなぜ俺達は歩いているのかという話になるからな。


「俺が既にクリアしているんじゃないかと思う理由は俺達自身だ」

「疲れることがない、水を飲んでも喉は乾きっぱなし、寝なくとも影響することはない……どうだ?まるで時間が止められているみたいじゃないか?」


「まあ言われてみれば確かに……」


「そして何より、かわいい孫娘を出られない時の監獄に閉じ込めるはずがない」


 そう、宝探しに使われているダンジョンは鬼畜なだけのダンジョンではなく、愛のあるダンジョンのはずだ。

 なんと言ってもそれはかわいいかわいい孫娘に宛てたもののはずだからだ。


「するとこうは考えられないか?時間が止まっているのではない、既に時間を進める必要がない……と」


「なるほど!考えたわね!」


「……うむ、お前の言う通りなら確かに我々は既にクリアしているのだろうな」


 そういうことだ。もしかして俺は天才なのかもしれないな。

 

「本当だとして肝心の条件がわからないのではな」


 そう、問題はそこではなかった。如何にしてこの空間出るのか……


「それを二人に聞きに来たんだっ!」


「なにもわかってないじゃない!!」


「まあお前さんらしいと言えばらしいなバステカ」


 完璧な推理を披露したと言うにもかかわらず、反応は芳しくなかった。

 ただ犯人がわからない以外は完璧だと言うのに。

 俺は頭を抱えた。


「さっきの話を聞く限り、我々は既に脱出する鍵を持っている可能性が高いな」


「ええそうね、うっかりあたしが迷い込んだら詰んでしまうものね」


 そういうことで俺達は全ての所持品を地面に広げた。

 いくつかはうっかり道を踏み外すように落ちてしまうが、気付けば元の位置に戻っていた。

 

「スライムボールに樹液、ツルハシに水に保存食に……あんたちょっと多くない?」


「仕方ないだろ?俺のバックパック入れ放題なんだから」


 俺はバックパックを盾に追及を避ける事にした、入っているものの半分以上は使ったこともない入れっぱなしのもの達だ。

 おい魔女っ子!その疑惑の目をこっちに向けるな!決して嘘は言っていないはずだ!

 そんな俺の言い訳が届いたのか、アンゼはため息混じりに口を開いた。


「……はぁ、とてもじゃないがキリがないな。そもそも全て出す必要はあったのか?絶対にこの場に持ち込まれるものだけに絞ればいいのだろう?」


 まるで右足の後は左足が出るとでも言わんばかりに平然とした顔でアンゼはぼやいた。


 絶対に持ち込まれるもの。それはすぐに答えが出た。

 宝探しの口火を切ったアレしかない。

 俺達は同時にヨウランタンへ手を伸ばした。






 空はすっかり暗くなり、5日目もいよいよ大詰めとなった今。

 バステカ一行は宝の地図を囲んでいた。

 ヨウランタンの灯りに照らされ、三つの顔に見つめられた地図は既に書かれていた文字を上書きするように裏面の左上に新しい文字を刻んだ。


「えーっと、丑三つ時に血を一滴垂らしなさい。さすれば時の牢獄は地獄の門へと変わるだろう」

「ちょっと物騒だけど……ここよりかは幾分かマシなはずだわ!」


 長い永い山下りについに終わりが見え、レイシーは張り切った。


 その結果、指を切りすぎたとしてもそれはご愛嬌だろう。

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