キレイなバステカ

 

 俺が世紀の一戦から帰ってくると、ついさっきまで辺り一面に敷き詰められていた雲はなく、見る地獄も消えていた。

 一瞬何事かとも思ったが、それは悩むよりも……


「おーい!金髪ー!魔女っ子ー!」


 こうするのが一番早い。さながら迷子の呼びかけをしている気分だ。


「誰が魔女っ子だ」


「金髪はないじゃない!もうちょっとマシなあだ名つけなさいよ!」


 ほら見つかった。

 文句を言いつつも毎度律儀に訂正してくる。そんな二人とのダンジョンダイブは楽しい。全く……二人には感謝しかない。

 ……ん?


「あれ?あんたそんな綺麗な顔してたっけ?」


「気味が悪いな」


 失礼な。すかさず反論しようとするも俺の口は全く別の言葉を発した。


「そうかな?二人の方が綺麗だよ」


 な、なんだこれは!何が起こっている?

 俺の預かり知らないところで体でも入れ替わったのか?非常に気持ちの悪い感覚だ。


 一方、不意打ちで褒められた二人は……


「な、なによ……よくわかってるじゃない……」


 その長い金髪をくねくねと揺らしながらレイシーは照れた。

 毛先を捕まえてくるくると巻き始める始末だった。言ってはなんだがチョロすぎだろ。

 

「……お前、バステカに何をした?」


 アンゼは目を細く窄め、剣呑な雰囲気を漂わせていた。

 あぁ、そうだお前はそうでないとなアンゼ。

 ……どうやら俺はちゃんと俺のままのようだ。これはアンゼに感し──

 

「ありがとうアンゼ、愛しているよ」


 ちがーーーう!

 少しでも気を抜けば俺の意思とは無関係に甘い言葉を吐きやがる!

 これ以上はのちのちの俺の身が危ない!どうか怒らないでください神様仏様アンゼ様……


「な、何を言っている……恥ずかしい」


 アンゼさーーーん!?

 あなたが陥落したら俺はこの地獄を抜け出す方法がなくなるんですけど!

 というかそんなにチョロくなかったよね!?いつももっと暴力的だったよね!?


「なによバステカ!さっきのあたしへの言葉は嘘だったの!?」


 話をややこしくするなーーー!

 何が嘘だよこちとら最初から最後まで全部嘘だよばーか!

 というかなんだ、綺麗って言われただけで浮気でもしたような詰め寄り方はお、おまっ……乙女すぎるだろ!


「悪いがレイシー、綺麗なだけのお前と違って私は『感謝』と『愛』を囁かれたワケだが?重い女は嫌われるぞ?」


 アンゼさん!?俺たちまだ会って1日しか経ってませんよね!?どうしてそんなノリノリなんだ!?

 ……ってその言葉は。


「だぁぁぁぁれが重いですってぇぇぇぇ!?そっちだってちょっと囁かれただけで舞い上がってるじゃない!この……ちんちくりん!ちんちくりん!!ちんちくりん!!!」


「なっ、私はただのちんちくりんなどではない!私は正真正銘の…………」


 あーあ。もうめちゃくちゃだ……

 ついに俺抜きでヒートアップし始めちゃったよ。なんで毎回そうなるんだ。

 ……俺か?俺が悪いのか?間に入って止めればいいのか?


 あーあーどうしてこうなったかなぁ……


「僕はただピエ──」


 今なんて言った?僕?

 ……いや、それどころか今あのクソ女神をピエーラ様って呼ぼうとしたか?

 俺がか?ありえない。


「ピエーラ様ピエーラ様ピエーラ様……」


 …………そうだ、思い返せばクソ女神と戦ってる時から言ってたような……


 ── よかった!ピエーラ様が改心してくれて!

 ──お祝いしよ!これが女神様への……


 ガッツリ言ってるじゃねえか。

 おかしいな、俺はあの時『ボクが悪かった?それじゃまるで俺が悪い事してるみたいじゃねえか』『これは感謝100%のお前の敬虔な信徒である俺からのプレゼントだァ!』そう言おうとしたはず。


 考えられる可能性は二つ。


 一つは俺が改心した可能性。

 なんで俺が改心しなきゃいけないんだ、却下。

 

 もう一つは戦っている途中でクソガミウムを使いすぎた可能性。

 これだ、あいつが俺に主導権を握られている事に溜飲が下がってスッキリしてクソガミウムが切れたんだ。


 いやいやいや、何を言ってるんだ?そもそもクソガミウムってなんだ。

 いやしかしあの女神だぞ?目だけじゃなく腹まで黒いあいつの事だ、相打ち覚悟でとんだ置き土産を置いていったんだ!そうに違いない。


「おのれクソ女神……!あっ」


 戻った!ついにいつもの俺を取り返したぞ!

 これで普通に喋ることが出来る!



「おーい二人ともー!」


 二人の近くはすごい熱気を放っていた。近づく者の肌を焼く勢いだった。

 黒と金、紫と青。互いをぶつけ合うようにバチバチと火花を散らしていた。

 取っ組み合うように白熱するバトルを繰り広げている二人を止められるのはこの場ではただ一人、バステカだけだった。

 今度こそ止めるべく、熱気を掻き分けて進んだその時。

 

「「サファイアとアメジスト!どっちがいい!?」」


 二つの顔が同時に右へと回転し、叫ぶようにバステカへ問いかけた。

 何が?常人ならそう返してしまう問いに対し、バステカはノータイムで言い放った。


「どっちでもいいだろ、そんなの。それより宝探しはどうなったんだ?」


 心底キョトンとした顔で放たれたその言葉は、湯気が上がるほどに白熱していた二人に水をかけた。


「はぁ……そうだったわ、こういうやつだったわね」


「全く……私らを弄びよって……レイシー、あんなやつ置いて先に行くぞ」


 完全に冷めた二人は、つまらないものを見たと言わんばかりに首を振って山を降り始めた。


「あ、おい!宝探しは?宝探しはどうなったんだよー!」


 バステカの叫びは二人の背中押し、下山する速度を上げるのみだった。







 白熱したバトルから1日、バステカはまだ口を聞いて貰えていなかった。

 

「なあ、そろそろ教えてくれないか?あの雲がどうなったか」


 その問いは100回目を迎えようとしていた。

 先に根を上げたのはレイシー。ため息混じりに口を開いた。


「……雲を泳いだのよ」


「……え?」


「雲を泳いだのよ」


「…………え?」


 返ってきたのは荒唐無稽な答えだった。雲に避けられるように落っこちたバステカにとってそれはピンと来ない答えだった。


「雲を泳いだって言ってるじゃない!」


「誰がその説明でわかるかー!」


 レイシーは決して説明が下手なわけではない。意図的に……強いて言えば乙女の純情を弄ばれた怒りだろうか、最低限の口数で答えようとしていた。

 却って口数は増えてしまっていたが。


「道は別に歩かなくてもいいって気付いたのよ、そしたら後は雲海でしょ?あたしがおじいちゃんから雲の泳ぎ方を教えて貰ってた事を思い出して解決よ」


 端折りに端折られた説明は却ってバステカの頭に浮かぶハテナを増やした。


「これ以上は教えてあげないわ、あんたのせいで時間食ったんだもの」


「あれは俺じゃなくてクソメガミウムがだなぁ」


「クソメガミウムってなによ……」


 1日ぶりに行われた会話は互いにハテナを増やすだけで終わった。


 その日、夜を迎えたバステカ一行は万が一に備えて交代で眠りについたが……


「クソメガミウムってなんなのよ……クソメガミウムクソメガミウム……」


 約一名。呪文のような言葉を呟き、眠れないものがいたとかいないとか。

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