最弱探索者vsクソ女神
バステカが飛び降りた直後、山頂ではレイシーが慌てふためいていた。
「ど、ど、どうしようアンゼ!バステカが!」
「……まあ、即死であろうな」
今にも踏み外して落っこちてしまいそうなほど動揺しているレイシーには見向きもせず、アンゼは淡々とバステカの死を報告した。
「そんなあっさり!?今落ちてったのよ!?この高さから!」
「だから即死だと言っているだろう」
レイシーは信じられないと言った様子でバステカが落ちていった場所とアンゼを交互に見た。
その目にはさっきまであれだけ戯れ合っていたのになぜ?という疑問に染まっていた。
「そこじゃなくて!いや、死んだらダメじゃない!!」
「そうは言ってもあやつ喜んで落ちていかなかったか?」
アンゼの目には嬉々として進んで落ちていったように見えたが、レイシーには少し違って見えていた。
「確かにちょっと楽しそうだったけど!目の前で死んだのよ!?なんでそんなに平然としてられるの……?」
目の前で人が死んだ。それも知り合いの、それもそれもついさっきまで喋っていた相手が。
その事実がレイシーをひたすらに動揺させていた。
「私もダンジョンに潜るのは二度目だ、バステカと出会ったのも昨日のことだ。だがそれでもハッキリ言えることがある」
ようやくレイシーの方へ向き直ると、そのあおい瞳の奥を見て言った。
「バステカ……いや、探索者シーカーの心配をするだけ無駄だ。皆一様に狂っている」
アンゼは愚痴るように語り出した。
女神の加護によって狂わされているのか、ダンジョンによって狂わされているのか、それとも初めから狂っていたのか。
それはわからなくとも命というものの価値が探索者シーカーは限りなく低いことはわかる。味が気になると毒キノコを食べたものと何ら変わらない……いや、禁忌というものに拐かされているだけ毒キノコの方が幾分か理解できる。
探索者シーカーは好奇心の奴隷だ、己が心の赴くままに求めてしまう。それが例え『命』を捨てる必要があってもな。
「それは……ひどいわね……」
「そうだろうそうだろう、とはいえ私も曲がりなりにも魔女だ。まだ気持ちはわからなくはない。ひどいのはここからだ……」
おおよそ出会って一日で溜まる愚痴の量でないことからレイシーはアンゼの気苦労を察した。
尚もアンゼは続けた。
「タチが悪いのは命を捨てることに躊躇いがないところだ、これは恐らく死んでも生き返るなどとふざけた事を抜かす女神の加護のせいだろう。」
「だいたい、人が心配しているというのになんだあの態度は……命を軽視しすぎて己の価値まで下がったのか?」
「謝罪の言葉の一つや二つあってもいいとは思わないか?……とてもじゃないが付き合いきれん、あんなバステカ大馬鹿者といたらこっちまでおかしくなってしまう」
ヒートアップした愚痴は捲し立てるまでになっていた。
しかしその内容とは反対に、レイシーの目に映るアンゼはこれまでで一番楽しそうに見えた。
レイシーにはアンゼが何故それほどまでに楽しそうにしているのかわからなかった。
レイシーは探索者シーカーでも狂人でもなく常人だった。
「バステカの心配をするのは時間の無駄だとわかったであろう?言われた通り、私たちは花道とやらを見つけるとしよう」
「ええ、そうね。やってやろうじゃない!バステカが帰ってくるまでにお宝を見つけて置いてけぼりにしてやろうじゃない!」
鼻水事件はどこへやら、二人は肩をくっ付けて宝の地図の攻略へと走り出した。
俺は今、気分が良かった。
クソメガミウムを摂取した後とは思えない気の晴れよう。
今ならドラゴンだって俺の敵じゃない。
無敵の気分で歩いているとガヤガヤとした声が聞こえて来た。
一体何を話しているんだ……?
「あーもう落ちちゃうじゃない!もっとしっかり支えなさいよ!」
「仕方ないだろう、レイシーが重いのが悪い」
「おもっ……!?そんなこと言ったらアンゼがお子ちゃまなのが悪いんじゃない!短足!まな板!ちんちくりん!」
「大きく出たなレイシー、お前はいま誰に支えられているかわかっているのか?一度死んでみるか?」
……非常に仲がよさそうだ、俺は何も見なかった。
仕方なく大回りして目当ての物を取りに行く。それは対女神最終兵器。
──バックパックだ。
俺は初歩的な事を見落としていた。
収納する時、取り出す時、俺の手はバックパックの中にキチンと入っている。
つまるところこの探索者シーカーの神器、バックパックは生物もイケてしまうのだ。
俺は天啓を得た。女神様がクソ女神へと豹変してから、初めて女神に感謝したかもしれない。
ここに来てからというもの置きっぱなしだったバックパックを回収して……
──俺は再び、空に身を投げた。
「さあ女神!お前は俺になんて言ったか覚えているか?俺は覚えている!」
今朝、突如として生やされたあだ名。真実ではない不名誉なあだ名。俺を煽るためだけに付けられたあだ名。
「ダンジョン探索者シーカーバステカ!趣味はゴキブリ蒐集!好きなものはゴキブリ!嫌いなものはクソ女神!よろしくお願いしまぁぁぁぁぁぁす!!!」
狙うは落ちてから一瞬猶予がある刺々しい蠢く口。俺はただバックパックの口を開いてあの口に突っ込めばいい!
叫びながら落ちた俺は、消えゆく意識の中でバックパックに何かが入っていく確かな感触があった。
──あれ?天地がひっくり返ったのかな?早かったねぇバステカ君。今日はもう来ないと思って気を抜いていたよぉ〜
──それともめがみちゃんに会いたくなっちゃったのかなぁ〜?
「ああ、会いたかったぜ」
いつもなら吠えるか無視かのバステカが好意的なことを返したことに女神は驚く。貼り付けた笑みも崩れ、目をまんまるにしていた。
──な〜んだぁ〜会いに来てくれたんだぁ〜めがみちゃん嬉しいなぁ?
慌てて繕い直した笑みからはところどころ不信感を滲み出してしまっている。
それに気付いたバステカは出来るだけ気取られないように自然な笑顔で言った。
「あー女神様?今回も生き返らせてくれ、今度はお代もちゃんと持って来た」
──いい心掛けだねぇ!それじゃあ早速めがみちゃんの聖異物を……。
女神がバックパックに手をかけた瞬間、時が止まったように手を……いや、全身を止めた。
なにか気付きたくないものに気付いてしまった。そんな顔を浮かべ動かなくなった女神にバステカはこれ以上ない笑みを浮かべた。
「引き取ってくれるんだろ?9割」
もう隠す気はないらしい、それは殴り合いが始まるゴングだった。
この一瞬でパンパンに詰まるバックパック、バステカの自信に満ち溢れた顔、まるで生き物を指すかのような言い振り。その全てが女神にバックパックの中身を教えていた。
故に冷や汗が顔中に吹き出していた。
──や、やっぱり今日は無料でいいよ。もう一回素通りしてるしぃ?
それでも女神は取り繕った。バステカだけじゃない、これまで全ての探索者シーカーを掌の上で転がしてきたのだ。
女神にとってこれは負けるわけにはいかない戦いだった。
「あーだったら9割と言わず全部持っていってくれればいい」
しかし戦況は劣勢も劣勢。ただバステカの気まぐれに賭けるしか既に道は残されていなかった。
──き、君とめがみちゃんの仲だろう?こんなことやめるんだ!
敗北を知らない女神は不安や恐怖と言ったものと無縁だった。
追い詰められた女神の顔はどんどん引き攣っていき、真っ黒な目をぐるぐると回し、ついには吠えてしまう。
それは悪手としか言えなかった。
「やめろ?やめろねぇ……」
バステカはこの世のものとは思えないほどに顔を歪ませ、固まる女神の肩を組んだ。
弧状に開いた口からは嘲るような声が出る。
「水臭いこと言うなよ!俺とお前の仲だろ!」
あまりにも下劣な笑み。女神には隣の男が悪魔にしか思えなかった。
刻一刻と迫り来る恐怖と不安にその身を蝕まれ……
──もうやめてくれっ!ぼくが、ボクが悪かったから!
──これまでの事も謝る!もうぼったくったりもしない!だからそれだけはやめてくれ!
……女神からぶりっ子の皮が剥がれ落ちた。
蓋を開ければ散々心を弄んだ女神もただの女の子。
その事実にバステカは声を上げて笑うしかなかった。
青褪め、肩を振るわせるその姿にバステカは安堵した様子を見せた。
「よかった!ピエーラ様が改心してくれて!」
──え?
鈴のような清らかで心地よい声に女神は隣を振り向いた。
それは女神が遠い昔に見た、無垢で純真なバステカ少年の笑顔そのものだった。
「お祝いしよ!これが女神様への──」
屈託のない笑顔を見せる美少年は。
「──俺からのプレゼントだァ!!!」
勢いよくひっくり返されたバックパックと共に醜悪で下劣な笑顔を浮かべる悪魔へと豹変した。
──い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ
歴史上、神に勝利を収めたのは後にも先にもただ一人。
その人間はこう呼ばれていた。
──最弱の探索者万年ルーキーと。
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