下がる精神年齢、盛り上がる山頂


「それじゃ、気を取り直して二つ目のお宝を探しにいきますか」


 惨劇はもう前の事。何食わぬ顔でバステカは提案した。

 

「あーあー、バステカがもっと早くレイシーを止めていたらこんな事にはならなかったというのになー」


 ヤケクソ。大量の鼻水が付いた魔女服を恨めしそうに見つめ、そうごちた。

 

「いや〜助けたかったんだけどな!なんか足が動かなかったんだ!悪いなアンゼ……いや、鼻水の魔女サマ!」


「バステカ……お前というやつは……!ええい生かしてはおけぬ!レイシー菌たっぷりの鼻水攻撃を喰らえーーー!!!」


 頭を掻きながら繰り出されたバステカ渾身の煽りはついにアンゼの逆鱗を引き抜くことに成功した。

 身を低く屈めると、跳躍の姿勢を取ると同時に足に力を貯めた。それは出力を120%に上げるための予備動作モーションだった。

 地面から足を離すその瞬間、アンゼは貯めていた全ての力を放出した。


「「飛んだ!?」」


 この場にいる誰もが想像しなかっただろう。アンゼのその貧相な体では跳べたとて蛙程度……この場の誰がそう思っていた──ただ一人、アンゼを除いて。

 アンゼは大空に飛び立ち、翼を広げた。

 自分は蛙などではなく鷲なのだと、そう証明するために……安全圏から攻撃してくる忌まわしく生意気なバステカゴキブリを仕留めるために。


「天!誅!」


 鼻水の染みた服を顔全体になすりつけるように全身を動かして組みついた。


「やめ、やめろ!やめろぉぉぉぉぉ!!!」


 悲劇の歴史とは復讐によって繰り返されるのだ。どちらかが大人に成れば起きなかった悲劇。

 それでも悲劇は10年後も100年後もなくなることはないだろう。


 なぜならそれは……


「わはは!わーっはっはっはっは!」


 ──勝者はいつだって満面の笑みを浮かべているからだ。









 歴史に終止符を打つ者が一人。

 未だ戯れ合う二人を止めるべく、歩みを進めたレイシーは、バツが悪そうにぽりぽりと頬を掻いた。


「あー……あたしが悪かったから……二人とも落ち着いて?話をすすめ──」


「「あ、レイシー菌だ」」


「誰がレイシー菌よ!あんたたちと違ってあたしは超が付くほど綺麗よ!!!」


 こうして歴史は繰り返される……そう思われたがこの戯れ合いはここで幕を閉じた。

 レイシーは大人だった。


「全く……これじゃいつまで経っても進まないじゃない」


「悪い悪い、つい……な。俺の方にはこの紙があったぞ、アンゼは何か見つけたか?」


 そう言ってバステカが取り出したのは少し古びた紙。

 それはレイシーの持つ宝の地図と非常によく似たものだった。


「そ、それ!宝の地図じゃない!?」


 レイシーは慌てて1枚目の宝の地図を開いて見せた。

 2枚の紙は同じサイズで同じように赤い星のようなマークで宝の位置を示していた。


「2枚目で合ってるな、早速ヨウランタンを……」


「待てバステカ、今度は普通に書いているようだぞ」


「またなんか浮かび上がってくるかもしれねえだろ?」


 ヨウランタンを近付けてみても二層の時のように文字が浮かび上がってくることはなかった。



 ヨウランタンギミックは常に暗い二層ならではのギミックだったようだ。

 俺は2枚目の紙の右上に書いてあるその言葉を読んだ。


「雲海が広がる山の頂で、天へと続く花道を探しなさい。さすればどんな苦難も雲のように消えるだろう」


 雲海で花道を探しなさいねぇ……

 今度は当てずっぽうというわけには行かないか。

 雲海……天へと続く……うーん……


「さっぱりわからん!俺はちょっくら見に行ってくるから二人は引き続き考えといてくれ!」


「ちょっと!見に行くってどこに行くのよ!!」


 あの二人ならきっとまた何か見つけてくれるだろ、だったら俺が今できる事は……

 レイシーの静止を受け、振り返らずに手を振る。


「ちょいと地獄をね」


 道なんて俺には全く見えない、一面吹けば飛ぶようなただの雲だ。

 だが道以外ならどうなってるか俺にだって見える

 

 俺はいつもの帰り道かのように歩き、道を踏み外したかのように落ちた。


 雲はまるで俺を避けるように消え、ソレは姿を現した。


「おいおい地獄と言ってもこれはなかなかに……趣味が悪いな!」


 雲を抜けた先は地獄だった。

 それも天空から地上へ落ちるその瞬間まで、苦痛を味わう設計。それ即ち──


「ゴキブリカーペットってか!?」


  ──見る地獄が広がっていた。


 

 バステカの眼前には、ほとんど山頂にいるにもかかわらず名前がわかるほどにハッキリとゴキブリやムカデ、刺々しく開かれた蠢く口の姿が広がっていた。


「ははっ、こりゃアンゼには行かせらんねえな!」


 山頂から地上へ落ちるまでの1分30秒。バステカは近づくに連れ集まってくる地獄に鳥肌を立てながらただその時を待つしかなかった。



 



 一番落ちたくないやつナンバーワンである刺々しい蠢く口に見事に突っ込んだ俺は探索者シーカーが死んで辿り着く場所……


 ──待ってたよぉバステカくぅ〜ん!


「出たなクソ女神」


 クソ女神特設ステージにやって来た。


 ──そんなこと言ってぇ、めがみちゃんに会いたかったんでしょ?


「天地がひっくり返ってもありえないね!」


 今回こそは無視を決め込もうと思っていたのに、この自意識過剰なクソ女神があまりにも悍ましいことを言うもんだからつい反応してしまった。


 ──だってぇ、わざわざ自分から行ったよねぇ?なに?死に急いでるのぉ?

 ──あっ!あのデッカいゴキブリに会いに行ったのかなぁ!……っもうバステカ君はほんとにゴキブリが好きなんだから〜


「ただの調査だから!ちょ・う・さ!」


 ──フィールドワークなんて熱心だねぇ、流石ゴキブリ蒐集家コレクターだねぇ〜


「宝探しに来てんの!それの調査だから!耳聞こえてますかぁ〜?」


 ちょっと訂正すれば、効いたと思って勝手に俺の足を揚げて取ってくる。この前のオンボロハウスゴキブリ出没事件も今回のゴキブリダイブ事件もたまたま居たのがゴキブリだったってだけだ、その不名誉なあだ名に俺の過失は一切ない!


 ──あーあー聞こえなーい、無銭で生き返らせてくれだなんて言う探索者シーカーの言葉なんてなぁ〜んにも聞こえないよぉ。

 ──ていうかバステカ君さっきからちょっとゴキブリ臭くなぁい?しっしっ!早く行ったいった!


「臭くねぇよ!こんなところこっちから願い下げだね!」


 貼り付けた笑みを顰めて追い払うようなジェスチャー……そっちから仕掛けといて乗ったら邪険にされる、これだからこの女神はクソなんだ。

 俺は唾を吐き捨てクソ女神特設ステージを後にした。





「あーっ!クソメガミウム摂取しすぎた!くそっ!」


 悪態と共にバステカが目を覚ますとそこはいつもの大聖堂ではなく、見覚えのある……ついさっき飛び降りた山だった。


「あー!いま女神の顔なんてもうお腹いっぱいだ──あれ?女神?」


 バステカの目の前には地面に突き刺さった小さな小さな手彫りの女神像があった。


「あいつこんなに綺麗な顔してたか?……まあいいか、また一層からやり直しよりありがてぇ」


 バステカにとって女神とはいつも貼り付けたような笑みで、時折歪んだ顔を見せるという認識だったが、手彫りの女神像からは真反対、穏やかな笑みで心底優しそうという印象を受けていた。


 そんな印象も一分も経たずに崩れてゆく。


 先ほどの記憶が一周して帰って来たのだ。それはまるで何かを思い出せと訴えかけるようで、バステカは丁寧に丁寧に……一音ずつ思い返した。

 一瞬、間抜けな顔を浮かべるも何かに気付いてどんどんとその顔を歪めていく。

 それは女神よりも醜悪な笑みで、気付けば口が綺麗な弧を描いていた。


「第二ラウンドと行こうぜクソ女神ィ…………」


 人間にはないはずの捩れた角と牙が見えた気がした。

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