星々の協奏曲


「……あっ、ここ。消えない光に向かってなんて言えばいいかも書いてあるわ」

「……よ、輝く……よ。消えることなきその光で我の行くべき道を照らし給え」


 その消えない光というやつの正体を穴埋めしろということらしい。

 星の見える丘に消えない光かぁ。

 前者はまあ、ここ二層を指しているので間違いない。

 問題は後者の消えない光。


「とりあえず消えない光とやらを探すか、光ってるもの一通り試していこう」


「まずはこのランタンかしら?」


 レイシーがヨウランタンに手を合わせる。

 消えないという点に引っかかるものの、宝の地図もこの光に反応したんだ、全然あり得る線だ。


「……何も起きないわね」


 ヨウランタンはハズレ、やっぱり消えてしまうというところからして違ったか。

 他に光っているものと言えば……


「星だな、これぐらいしかこの場には光ってるものがない」


「そうね」


 レイシーが星に向かって手を合わせる。

 この宝探し、難易度自体はそれほど高くないようだ。これなら1週間と言わずすぐ終わるかも知れない。


 そう思っていたのだが……


「……何も起きないわね」


 淡い期待は一瞬にして裏切られた。

 何が違う?どこを間違えた?ここ二層にはそれこそ星以外何もない。他にあるとすれば探索者シーカーが持ち込むヨウランタンぐらいだ。

 つまり……


「手順が違うのかもしれない、アンゼも手伝ってくれ」


 レイシーに宛てたものである以上可能性は低いが、三度願えとは3人で同時にという隠しルールの可能性もある。

 俺たちは横一列に並びタイミングを合わせて手を合わせた。


 「「「星よ、輝く星よ。消えることなきその光で我の行くべき道を照らし給え」」」


「…………何も起きないわね」


 結果はハズレ。

 人数の問題ではないらしい。ならば次の可能性を試す。

 俺は手を合わせた。


 三度願う……三回願うことを三セットという可能性だ。

 何を言っているかわからないが、もし出題者が女神並みに捻くれていればない話ではない。

 正直合っていて欲しくはないが九度願った。


「…………何も起きないな」


「どれもうんともすんとも言わないわね、それどころか明滅して……なんだか笑われているみたいじゃない」


 明滅……そうだ、ここの星はどいつもこいつも踊ってるみたいに光が強くなったり弱くなったりする。だとすれば一つぐらい──


「なあバステカ」


 何か思いつきそうなところまで来た思考を遮るように俺を呼ぶ声が聞こえた。

 その顔は自信満々といった類いのものではなく、ごくごく当たり前のことだと言わんばかりに不思議そうな顔でアンゼは指を差した。


「ずーっと動かないのがあるのだが、消えない光というのはアレではないのか?」


 アンゼの指差す先は俺達のすぐ近くにある強くもなく弱くもない。ただ変わらず光り続ける星だった。


「ほんとに動いてないわね!こんな近くにあったなんて」


「きっとアレに違いない!でかしたぞアンゼ!」


 俺とレイシーよりも一回り背が低く、常に見上げていたアンゼだったが故の気付き。

 俺たちは3人で手を合わせた。


「「「星よ、輝く星よ。消えることなきその光で我の行くべき道を照らし給え」」」


 願いを繰り返すこと三度目、それは起きた。

 不動を貫いていた星が大きく震え始め、それに呼応するように二層全体が揺れ始めた。


「な、なによこれ!」


「気を強く持てレイシー!」


 アンゼとレイシーが互いが互いを支えるように座り込んだ。

 依然揺れ続ける地面、俺は少しだけこれに似た現象を知っていた。


 ダンジョンの意思。

 それは一層で幾度となく蒐集活動の邪魔をしてきた忌まわしきモノ。

 一層であれば魔物の大行進。じゃあ二層では?

 俺はその答えを知らない。一層以外には数えるほどしか行ったことがないしがない探索者シーカーだからだ。

 それでもダンジョンが動き出すことが何を意味するかは知っている。


 ……ダンジョンが探索者シーカーに牙を剥く。


「みんな!逃げ──」


 星が──降ってきた。












「…………けほっ、けほけほっ!」


 レイシーが目を開けるとそこは辺り一面に雲が敷き詰められた山の頂上に立っていた。

 確か地面が揺れて星が降って来て目の前が真っ白になって、それで、それで……。

 何故ここにいるのか。それを辿っているとレイシーは思い出したかのように慌て始めた。


「あっ!二人は!?」


 レイシーの足元には二人の姿はなかった。それどころか見渡してもその姿は確認できなかった。


「アンゼーーー!!!」


 迷子を探すように大声で何度もその名前を呼んだ。

 拍子抜けだったのは1分と待たずにアンゼの声が帰って来たからだろうか。


「目が覚めたかレイシー。安心しろ、私は無傷だ」


「アンゼ……!」


 その顔は相変わらず自信に満ち溢れており、ふふんと笑った。

 背も高くなければ、胸を張っても胸が見当たらない。それだというのに母性を感じさせるアンゼにレイシーは抱き付いた。


「よか゛った゛ぁ゛ぁ゛!」


「うわ、やめろ!鼻水を拭くな!」


 レイシーは抵抗するアンゼの胸で滝のような涙と鼻水を流し続けた。





 辺りを散策し、報告へ戻ろうとした時、それは目に飛び込んできた。

 アンゼがレイシーに抱きつかれ鼻水を擦り付けられている現場が。


 普段俺を尻に敷く、隙を見せればすぐに引き摺り始めるあのアンゼが。眉を八の字に曲げ、それはそれは嫌そうな顔で抵抗している。


「バステカ!見ていないで私を助けろ!」


 やべ、バレた。

 いやしかしアンゼは今レイシーの腕の中!手は出せまい!

 

 だから俺は精一杯の笑顔を浮かべて、よく見えるように手を振った。決して日頃の恨みなどではない。

 

「バステカ!お前!おまえーーーーー!!!」


 射殺さんばかりの目で睨みつけて怨嗟を撒き散らしていた。


 ざまぁ!お前は一生そこで鼻水でも拭いてろ!

 いやあそれにしても実に良い音色だ。まさか魔女の真髄とは音を奏でることだったとはなぁ……


「バァァァステカァァァァァ!!!!!」


 うーん、この音色は32年ものかな?



 ……その後山頂では、1時間に渡り音楽を嗜む姿と鼻水を流す姿が見られたとかいないとか。

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