シーカーコミュニケーション


「あたしにはおじいちゃんが何が言いたかったのかわからない……だけど、知ってみたい。他の誰でもない、あたしの手で!」


「覚悟は決まったようだなレイシー」


 そこには抱き合っていた時の涙はなく、一人の……いや、二人の探索者シーカーが立っていた。


「それじゃあ、お待ちかねのダンジョンダイブと行こうじゃないか!」


 それにしてもたらい回し……か。レイシーのじいちゃんは相当な物好きらしい。

 俺はいつも通りの軽快な足取りで階段を降りた後、行き止まりでわざとらしく振り返り指を立てた。


「ま、二つだけハッキリしている事がある」


「なんだ?」


「一つは、この宝探しはレイシー、お前のじいちゃんからの挑戦状ってことだ」


 ごくり。唾を飲む音に満足すると俺は壁に手をついた。


「もう一つは……」


「も、もう一つは──ってえぇぇぇぇ!?な、なによこれ!」


 爛々と輝く魔法陣は俺たち3人の視界を真っ赤に染め上げた。




「転移心地は相変わらず終わってるってことだ」


 転移した先は当然一層、極彩色の森。俺にとってはホームグラウンドであり、二人にとっては思い出の地となる場所だ。

 アンゼは平気だろう、しかしレイシーはどうかな?


 レイシーは……人前で尿意が限界に達した時のような険しい顔をしていた。


「なっ……なに……れ?……もう、むむむ──」


 もう、無理。その言葉を発する前に本能的に察知したレイシーは茂みの方へと、走っていこうとした。

 ……が、現実はそう甘くはなかった。


 ──ダンジョンの洗礼、それは全ての探索者シーカーに等しく降り掛かる"吐き気"。


 胃をかき混ぜられるような強烈な吐き気の追撃により、レイシーは呆気なくダウンした。


「……おえっ」


 俺もダウンした。間近で起きたサードインパクトに、遂には堰が切れたのだ。


──2KO。今日もダンジョンは好調だった。



 バステカ一行は森をどんどんと進んで行く。

 再起したバステカとレイシーはそれは晴れやかな気持ちで幻想的とも言える極彩色の森に思いを馳せた。


 レイシーにとってここは人伝でしか聞いたことのない謂わば御伽話の世界。


「綺麗……」


 想像以上の景色に感嘆の声を漏らしていた。


 対してバステカは全く別のことを考えていた。


 ……あー採掘してぇ……またヨウランの葉とか集めてぇ……どっかにレアモノ落ちてねえかなぁ…


 禁断症状。気を抜けば手が震え始め、意思を強く持たねば足が明後日の方向へ歩き出そうとする始末。森を進むごとに勢いを増す炎をバステカは必死に抑え込んでいた。

 宝探しという一大イベントが、過去何度も蒐集に明け暮れ見慣れた森の景色が……奇跡的にバステカの理性を繋ぎ止めていた。

 


 苦しくも長い葛藤の末、俺達はついに誘惑とモンスター蔓延る魔性の森を抜けようとしていた。


「危ないって聞いてた割に特に何もなかったわね」


 未だに観光気分のレイシーは間抜けな顔でそう言った。

 それもそのはず、普段はレアモノを探すために使うセンサーを全て我慢して魔物の感知に回したのだから。


「ま、ここは俺の第二の故郷だからな。魔物の行動パターンは全てお見通しなわけよ」


「ふーん、バステカも案外頼りになるのね」


 レイシーは少し照れくさそうに言った。

 だが、何気ないその一言が俺の逆鱗を撫でた。

 

「案外ってなんだ案外って!」


「なによ!褒めたじゃない!どこが不服だって言うのよ!」


 どこが?そんなもの決まってるじゃないか。一呼吸してレイシーの無駄に綺麗なあおい瞳を見る。


「案外ってそれじゃあまるで俺が普段は頼りない万年一層止まりのオンボロハウス在住、毎日女神に吠えてるだけのヘッポコ探索者シーカーって言ってるみたいだろー!」


 一息で言い切った達成感に浸り、空を仰ぎ見る。

 綺麗な岩肌、ゴツゴツとした天井、見慣れた灰色の空はいつだって俺の味方だ。

 吠えたと思えば天を仰ぎ見始めた俺に、レイシーは胡乱気な目を向けてくる。


「情緒どうなってるのよ……」



 それまで静観を決め込んでいたアンゼが二人の間に割って入った。


「戯れあうのはそこまでだ。ほれ、さっさと次の階層へ行くぞ」


 アンゼはバステカの足を掴むと、膝裏に肩を当てサクッと地面に倒した。


「あ、アンゼ……さん?」


 そして引き摺り始めた。


「アンゼさーーーん!?」


 大声を出すもその声はアンゼに届くことなく森中に木霊するのみ。

 さも当たり前のように引き摺られていく様にレイシーは思わず頭を抱えた。


「ほんとになんなのよこの二人は……」


 バステカ一行は一層を後にした。








「時にレイシーよ」


 1人だけ無傷なアンゼは死屍累々の俺を尻目に無邪気に喋りかけた。


「ま、まて……俺もレイおろっ……シーも、まだ吐いロロロロロロ……てるでしょうが!!」


「そロロロロロうよ!まだ吐いて、オロ……るじゃなロロロロロロ──」


「喋るか吐くかどっちかにせい!」


「「オロロッ!オロ!」」


 二度の転移による肉体への過負荷が、俺とレイシーに第二の言語を目覚めさせた──!

 言葉の節々に挟まる嘔吐言語は魔女にはわからないだろうが、レイシーとは確実に意思疎通が図れていた。

 完璧にシンクロした今ならなんて言ったか手に取るようにわかるぜレイシー。さあ!今一度叫べ!


『『きもちわるい!』』


「なんじゃこいつら……」


 

 この場でただ一人、嘔吐言語を解せないアンゼは吐きながら握手を交わす二人をひたすらに呆れ果てた目で見ていた。




「二人とも、そろそろいいか?」


 頃合いを見計らいアンゼが声をかけると、二人はこの上なくスッキリとした表情で頷いた。

 しかし対照的にアンゼの表情は普段の自信満々なものではなく、八の字眉……困ってることを表していた。


「レイシー、私はどこに向かえばいいんだ?」


 見切り発車をしたバステカ一行は、ダンジョンにやってきたは良いものの、その後を何も考えていなかった。

 慌ててレイシーは宝の地図を開くも、問題があった。

 

「と言ってもかなり抽象的で私にもわからないのよねー」


 子供が遊びで描くような必要最低限の情報しか描かれていないこの絵から宝に辿り着くのは厳しいものであった。


 向きを変えたり見る角度を変えたり……それはヨウランタンの灯りに翳した時のことだった。


「あれ?なんか書いてねえか?」


「え?どこどこ?」


 バステカは絵が描いてある面とは反対側、裏面の右下を指差した。

 そこには汚いというより人に読ませる気のない……文字と文字を繋げたり、字の一部が省略された文字で構成される文章が浮かび上がった。


「なんだこれ、読めるかアンゼ?」


「いいや、私にもさっぱりだ」


「……わかる、あたしのおじいちゃんの字だわ」


 レイシーは目に涙を浮かべながらぽつりぽつりと読み始めた。


「星が見える常夜の丘で……消えない光に三度願いなさい?さすれば宝への道を照らす、光となることだろう……?」

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