トレジャーハンター


「あんた達なんなのよーーー!!!」


 金髪の少女の嘆きの声が組合ギルド内に木霊した。


「な、何って言われてもなあアンゼ」


「うむ、これから共に宝を探す仲間じゃないか。よろしく頼む。私はアンゼという」


「俺はバステカだ、よろしくな!」


 ハッとしたバステカ達は胸を張り、自信満々にお前たちはなんだという問いに答えた。


「あたしはレイシー……ってそうじゃなくて!今のは何!?すっごく怖かったんだから!助けに来てくれたのかと思いきや肩組まれるし、喧嘩売り始めるし肩組むし!しまいにゃなんか裸踊りすることになってるし!訳がわからないわ!!!」


「「……?」」


「なんでわかんないのよっ!!」


 レイシーはその特徴的な長い金髪をブンブンと振り回しながら吠えた。

 

「よし、自己紹介も終わったことだし行くか!宝探しに!」


「おー!……ってならないわよ!?あんた達肝心の宝の地図見てすらいないじゃない!どこへ行こうとしてるわけ!?」


 早く行きたいのかうずうずしているバステカも、落ち着き払っているアンゼも宝の地図を見ようとはしなかった。

 一見凸凹コンビに見える二人は息ぴったりで口を開いた。


「お前が案内してくれるんだろ?レイシー」

「レイシーが案内してくれるのだろう?」


 二人揃って人任せ。返事も待たずに歩き出した。

 常識的に考えればありえない二人組。それでも不思議と悪い気はしなかった。

 何故そんなにも自信満々なのか……レイシーには何一つ理解出来なかったが、二人の真っ直ぐな目に賭けてみたくなってしまっていた。


「あーもうっ!わかったわよ!案内するわ!着いてきなさい!」


 ──残り1週間。手がかりはたった一枚の宝の地図。

 幻の宝を目指して……今、三人のトレジャーハンターが動き始めた。











「なあレイシー……ここってダンジョンじゃないか?」


 俺は目の前の見慣れた建造物を見上げた。

 レイシーは冒険者組合ギルドにいた事もあり、お金ガーと嘆いていたこともある。てっきり地上側の人間だと思っていた。


「探索者シーカーだったのか?そうは見えないが……」


「あたしは違うわ、ダンジョンなんて危ないところ潜れそうにもないもの。でもあたしのおじいちゃんは探索者シーカーだったから……」


「おじいちゃん?」


 ダンジョンが……危ない?もしかするとレイシーも女神様の加護を知らないのかもしれない。

 いや、普通は生き返るとは言っても死ぬ場所は危険極まりないか。

 どうもダンジョン探索者シーカーになってからというものそういう感覚、麻痺してるんだよなぁ……


「レイシー、アンゼ。ダンジョンに入る際に最も大事なことがある。今からそれを教える」


「ふむ、大事なことか……それはなんだ?」


「二礼二拍手一祈りだ」


「……は?」


「二礼二拍手一祈りだ」


「いやいやいや!もっとこうなんか死なない秘訣だとか探索者シーカーの心得的なやつを教えてくれるんじゃないの!?ここに来て願掛け!?」


 レイシーは素っ頓狂な声を上げて手をブンブンと振って抗議してくる。

 なんとも動きのうるさいやつだ……ダンジョンではこういうやつから死んでいくんだよな。


「死なない秘訣?探索者シーカーの心得?そんなものはない!死ぬ時は死ぬ!諦めろ!」


「えぇ……」


 全身を脱力させ、胡乱気な目でこちらを見つめてくる。知ってるぞ、これはドン引きというやつだ。

 だがダンジョンに近道などない、あるのは寄り道だけだ……!


「してバステカ、この願掛けはなぜ大事なんだ?」


「よくぞ聞いてくれた魔女っ子」


「アンゼだと言っているだろう」


「アンゼには少し話したが探索者シーカーにはダンジョン内で死んでも生き返る方法がある。ここにある女神像に祈ることだ、適当に祈りを捧げれば女神の加護がもらえるっていう寸法だ」


「やっぱあるんじゃない!秘訣!」


 誠に遺憾だがどれだけ女神が憎たらしかろうが女神の加護は探索者シーカーにとって命綱だ、命綱を着けずにいくやつはバカか死にたがりだ。

 俺は吠える金髪を無視して話を進める。


「さっきも言ったが死ぬ時は死ぬ!呆気なく……だ、大事なのは死んでも心を折らないことだ!女神の加護は命綱だ!絶対に祈ることを忘れないように!」


「心得もしっかりあるじゃない!」


 なんだ、お前はライオンかなにかなのか?

 事あるごとに吠える金髪を無視して俺は手を合わせる。


「それじゃあ、俺に続いて祈りを捧げるように」

「あーあー、女神サマよ。我に降りかかる災いを払い除ける力を与え給え」


「「──与え給え」」




 俺が一歩、また一歩とダンジョンに近づく度に後ろから唾を飲む音が聞こえてくる。

 初めてのダンジョンダイブか……俺もあの時ばかりは流石に緊張で女神像に何度も祈ったっけな。

 今じゃ忘れたい黒歴史だ。


「レイシー、ここダンジョンはそれはそれは恐ろしいところだ。胸に手を当てて見よ、私とて内心ビクビクしているのがわかるだろう?安心しろ、ここには死ぬと言われて二の足を踏む者を責めるものなどおらん……そうだ、ここは一つ。そのおじいちゃんとやらの話を聞かせてくれないか?」


「アンゼ……!」


 二人は俺を抜いていつの間にか抱き合い、感極まって涙を流していた。

 なんだこれ。

 子供に抱きしめられている図はなかなかにシュールだったとだけ言っておこう。


 





 あたしにはおじいちゃんがいた。

 おじいちゃんはあたしの自慢だった。

 いつもお菓子を買ってくれて、いつも変なものを持ち帰ってくる。

 それであたしに聞かせてくれるんだ、海を越え山を越え、雲を泳ぐ。そんな御伽話みたいな冒険譚を。

 ──生涯現役。いつも目を輝かせながら冒険譚を聞かせてくれるおじいちゃんのことが大好きだった。


 おじいちゃんは一度冒険に出かけるとなかなか帰って来なかった。

 ある時、おじいちゃんが怪我をして帰ってきた。

 初めての事だった。それでもおじいちゃんは気丈に振る舞っていつもみたいに冒険譚を聞かせてくれた。

 でもあたし、その時の話はあんまり覚えていない。

 大好きなおじいちゃんの怪我でそれどころじゃなかったから。

 その日初めてその疑問を口にした。

 『あぶなくないの?』

 おじいちゃんは目をまんまるにしていた。

 やさしい顔で、やさしい声で答えてくれた。

 『もちろん危ないよ?でもおじいちゃんにはいつもピエーラ様が見守っていてくださるからね』

 そう言ったおじいちゃんは珍しくあたしの目を見て話さなかった。


 その日を境におじいちゃんは怪我をして帰ってくることが増えた。

 おじいちゃんは悲しそうな顔であたしを抱きしめた。

 ……なんか忘れていく病気?なんだって。


 物忘れが増えた、冒険譚を話す時に詰まることが増えた、家を空けることが増えた。

 あたしが寝付いた後、いつも啜り泣く声が聞こえるようになった。

 それでもあたしの前ではいつも笑顔だった。

 やさしい顔、やさしい声。大好きなおじいちゃんはあたしにたくさんのことを教えてくれた。

 折り紙の折り方から雲の泳ぎ方まで。なんだって教えてくれた。

 お絵描きを教えてくれた時、おじいちゃんは変な事を言った。

『レイシーが大きくなったら、この絵に描いてあるところに行ってみなさい。きっといいことがある』

 それから数日後、おじいちゃんは姿を消した。


 あたしはひとりになった。


 探しても探してもおじいちゃんは帰って来なかった。

 だから、少しでもおじいちゃんがあたしの事を見つけやすいようにあたしは商会を立ち上げることにした。

 ……だけど、少女の思いつきで上手くいくほど商売の世界は甘くなかった。

 おじいちゃんに見つけてもらうために始めた商売は、おじいちゃんの形見を根こそぎ持っていってしまった。


 途方に暮れていたあたしは最近になって絵の事を思い出した。

 もう十分に大きくなったはず。



「…………そう思って探したのよ、そしたら……」


「そしたら?」


「あったのよ」


 ──宝の地図が。

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