万年ルーキーは証明する
「バステカ……お前……」
「待て待て待て!お前は何か大きな勘違いをしている魔女っ子!行った!確かにあいつらと一緒にダンジョンダイブしたこともある!ただ!俺は聖異物を蒐集していただけだ!無実なんだ……っ!」
俺は土下座した。別に悪いことは何もしていない。ただ何かを吹き込まれたアンゼの目が心底引いていたのが恐ろしかっただけだ。
無実を主張したにもかかわらず、アンゼは顔を逸らした。解せぬ。
「ほら、言った通りだろう?こいつはそういう魔物なんだ、遠目で見るぐらいが一番面白いのさ」
おい、今こいつ俺のことを魔物っつったぞ。今すぐ襲いかかってやろうか?あん?
売られた喧嘩は買うしかあるまい。俺は勢いよく立ち上がり、ポケットに手を突っ込みながらガンを飛ばした。
「うわ、近寄るな!くねくねするな!」
ちょーっと身を乗り出しただけで店主は悲鳴を上げた。
俺に喧嘩で勝てると思うなよ?こちとら毎日女神に喧嘩売られてんだ。
ふと背中に違和感を覚える。
俺はそのまとわりつくような違和感に覚えがあった、ねちっこくもどこか深い……そう、例えるなら32年物のワイン……
この気配は……っ!
虫を殺した後に虫もまた一つの生命であると知った時のように複雑な目をしたアンゼがいた。
その瞳からは容易に心の内が想像できる。
「すみませんでした」
俺は気付けば土下座していた。
「よろしい」
アンゼは何故か嬉しそうな顔で俺に手を差し伸べた。
お前こそが真の女神だったのか……!
「魔女の嬢ちゃん、ほんとにいいのか?」
「いいんだ、バステカは私がいないとダメだからな」
幼女に引きずられるという屈辱的な形で俺は市場を後にした。
その日、アンゼのあだ名が『モンスターテイマー』になったとかなっていないとか。
幼女に引き摺られること10分……いや?1時間だったか?
俺の蝶よりも花よりも繊細なプライドが擦り切れようとしていたその時、アンゼは足を止めた。
「やっぱり横着は良くないと思ってな、ここから一歩ずつ地道に探していこう!」
体を起こすと、目の前には巨大な扉……大聖堂のにも見劣りしない建造物があった。
俺はこの建物を知っている。
ダンジョンだけでは飽き足らず金になるならなんだってやる……そんな探索者シーカーが行き着く場所──冒険者組合ギルドだった。
「あ、アンゼさん?自分で歩けますんでどうか市中引き回しだけはご勘弁を……」
「む?そうか……また疲れたらいつでも頼るといいぞ!」
なんてこった。こいつは俺が疲れていると思って街中を引き摺り回したのか?だとすればなかなかにハッピーなおつむをしてやがるぜ。
平気な顔で恐ろしいことを喋る魔女っ子に震えながらも扉を叩く。
その巨大デカさからは想像もつかない軽快な音を立て、開いた。
「ここは相変わらずすごい盛況ぶりだな」
「なんだアンゼ、使ったことあるのか?」
「実験に必要なものをちょっとな。頻繁に利用していたぞ」
意外と人の手も借りるらしい……いや、この場合は片時も実験から手を離したくないという方が正しそうだ。
冒険者組合ギルドは主に地上の仕事……それは雑用からドラゴン討伐まで様々なものを一手に引き受ける万屋だ。
ここにいるような探索者シーカーは未知だロマンだに惹かれない現金な者が多く、個人的にはかなり苦手なところだ。
バステカが苦い顔をしていると、組合ギルドの左隅……大柄な男達がいる方から声が聞こえてくる。
「いくらなんでも安すぎじゃない!?納得できないわ!」
「そうは言うけどよぉ嬢ちゃん、これが本物だっていう証拠はあるのか?証拠は」
「そっ……れは……ないけど……」
「そうだよなぁ?宝の地図なんて誰もまともに相手にしねぇよ、なぁ?」
ガラの悪い男達は長い金髪が特徴的な少女を囲んでゲラゲラと野蛮な笑い声を上げていた。
男達は皆一様に不安を覚える頭をしていた、一際声が大きくふさふさの髪がある男が下劣な笑みで少女を捲し立てていた。
最初の威勢はどこへやら、金髪の少女は次第に口数が減り、遠目でもわかる綺麗なあおい目にはついに涙が浮かんでしまう。
「おいおい泣くなよ嬢ちゃん、これでもオレらは優しい方なんだぜぇ?なんたってただの紙切れに500ピエラも出すって言ってんだぜぇ?」
「ただの紙切れ一枚で酒一杯飲めるんだ、嬢ちゃんにとっても悪い話じゃないだろ?なぁ」
「これは!ただの紙切れなんかじゃ!!!」
交渉というには異質で、あまりにも一方的な様子にだんだんと周囲もざわつき始め、いつしか少女を囲む男達を更に囲むように人だかりが出来ていた。
そんな人の波を切り裂く者が一人──
「お取り込み中のとこ悪いんだが、その話……俺も混ぜてくれよ」
聞けば気分が悪くなるような話だった。宝の地図をただの紙切れと呼び、宝の地図をまともに取り合う価値もないと言い、宝の地図をただの酒の肴としか見てねぇ……こんな話を俺が黙って聞いてられると思うか?
ただまあ、これはあの酒癖と髪の発育が悪い野郎共と金髪の喧嘩だ。横から入って終わらせるほど野暮じゃない。
「なんだぁお前?こっちはそこの嬢ちゃ──」
「だから……」
ダンジョンで磨いた無駄に軽やかな身のこなしで近付き、そのまま金髪の肩に腕を回した。
怯える金髪をよそに俺は目の前の野郎に向かって笑みを浮かべる。
女神直伝のそれはそれは悪い笑みを。
「俺も混ぜてくれって言ったんだカツラ野郎」
「カツっ……あぁ!?なんだぁテメェ!!!」
ちょっと挑発してやればすぐに顔を真っ赤にする。いや?元から真っ赤だったような気もするな……まあどっちでもいい、俺は気に入らねえんだ。
夢とロマンをバカにする奴が。
「……1週間」
「あぁ?」
「1週間で俺はこの宝を見つける」
「今度はちゃんと"ホンモノ"持ってきてやるからよぉ、そん時は酒一杯と──訂正しろ。自分が間違っていました、ただの紙切れなんかじゃありませんでしたって」
大口を叩いていれば、いつの間にかあんなに騒がしかった人の波が嘘のように静まり返っていた。
静まり返った海に波を起こしたのは野郎共の不快で野蛮な笑い声だった。
「はっはっは、何を言い出すかと思えば宝を見つけるだぁ?こりゃ傑作だ、こんな紙切れを信じてやがる!」
野郎共はひとしきり笑い終えると席を立ち、この場を立ち去ろうとした。
「逃げるのか?カツラ……ズレてるぞ?」
安い挑発。それでも目の前の野郎への効き目は一目瞭然だった。
リーダーらしきカツラ野郎が席に着き直す。
酒を飲んだからだろうか、ギンギンになった目で俺を睨みつけてきた。
「調子に乗るのも大概にしろよにいちゃん。これ以上は……痛い目見るぞ?」
低くドスの効いた声、隣の金髪の体が震えているのがわかる。
きっとこうしていつも潜り抜けて来たんだろう。ただその脅しは、女神に比べれば何一つとして俺の心に響かなかった。
「まあまあ落ち着けよ。何もタダでとは言ってないだろ?酒の肴が欲しいんだろ?もし、万が一にでも宝を持って来れなかったら……その時は腹に絵でも描いて裸踊りしてやってもいいぜ?」
なあ金髪。喧嘩ってのはこうやって売るんだ。ただ体を震わせるだけでも、間違ってると吠えるだけでもダメなんだ。
相手をイラつかせ、宥め、怒りのバロメーターを上げ下げして何とも言えない気持ちにする……その上で餌をちらつかせ賭けを持ち掛ける。
そうすれば……
「なんだにいちゃん……思いの外物分かりがいいじゃねえか。その言葉、絶対に忘れるなよ。1週間後、楽しみにしてるぞ」
ほら、乗ってきた。
席を立ち、野郎共が組合ギルドを後にしたのを確認すると俺は手を広げ、大きく息を吸った。
「さあ始めようか。たのしいたのしい宝探しを……!」
地上か?ダンジョンか?どこだっていい。行くぞ魔女っ子、行くぞ金髪!
宝探しに……!
俺の口上にテンションが上がったか、楽しみで仕方ないのか……金髪はわなわなと口を震わせながら開いた。
「あ……あ……」
「あ?」
「あんた達なんなのよー!!!」
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