人型モンスター
「バステカ!私と組め!」
扉の上に仁王立ちした魔女っ子が突飛なことを言い出した。
昨日はこの上なく顔を顰めていたのにもかかわらずこの変わりよう、どういう心境の変化だ……?
「組む……?」
「そうだ、バステカは1人で探索者シーカーとやらをやっているのだろう?それがこんな暮らしをしていてはダメだ」
「そこで特別に天才であるこの私がこの堕落した生活を叩き直してやろう!」
さてどうしたものか、普通に考えればあまりに低水準な生活を見かねて心配してくれている言葉だが……女神的に考えるならこうだ。私の帰る家がこんな家とも呼べないオンボロ宿なんてまっぴらごめんだ!今すぐ叩き直してやる!
……ん?どっちだとしても今の生活水準よりかは確実に上がる旨い話なのか?
これは乗らない手がない。俺は声の高さを数段落とし、全力のキメ顔を作った。
「……条件は?」
魔女っ子に旨みがなさすぎる。これは後から聖異物を9割持っていこうとしたりするに違いな──
「私が魔法を使えるようになるように、その……手伝って欲しい……」
なんてピュアなんだ!感動せずにはいられない。全くどこかの女神サマも見習ってほしいものだ。
「なーんだそんなことかー、聖異物を寄越せーだとかそんなことかと思ったぜ」
「どこに向かって喋っておる、それにお前さんと違って聖異物とやらには興味がない。欲しいのは魔法だけだ」
まあこの前もなんだかんだ魔法発動してたし、ダンジョンに潜ってればそのうち使えるようになるだろ。
その間俺はグレードアップした聖異物の家コレクションハウスで聖異物とキャッキャうふふの毎日……!悪くない!
「ぐふ、ぐふふふ……」
「うわっ、なんだその気持ち悪い笑い方」
おっといけない、あまりに幸せな今後の姿に思わず口が緩んでいたようだ。
顔を引き締め直して外に出る準備を始める。
「そうと決まれば早速行くぞ!魔女っ子!」
「魔女っ子ではない!アンゼだー!」
「なあバステカ、これはどこに向かっているんだ?大聖堂はとっくに通り過ぎたぞ?」
「ちっちっち、わかってないなあアンゼ君。今の俺たちがダンジョンに潜ったらどうなると思う?」
「あの星の見える平原で思いっきり魔法の特訓が出来る……?」
「アホか!ダンジョンはそんなに甘くぬぁい!俺たちは一層でなんやかんやあって……死ぬ!」
「ええ!?」
そう例えばラビットハンター。歩くだけで跳ねているように見える魔女っ子は一瞬であの世行きだ!
他にもテイホウクインシーに真っ赤な森。俺が蒐集活動をしているだけで邪魔をしてくるあいつら、一層は甘くない。
「故に俺たちに今必要なのはダンジョンではなく……そう!真っ向から魔物を斬り伏せられる強靭な戦士!」
「なるほど、仲間集めか!それはいいな!つまり今向かってるのは……」
目を輝かせ全身をこちらに向けて見上げてくる。アンゼもわかったようだ。
そう、俺たちが今目指すべき場所は……
「ここ、聖異市場だ!」
後ろで何かが転ける音がした。
「市場!?バステカ!そこは冒険者組合ギルドだとか酒場じゃないのか!?」
「何言ってんだ、職を探している新米より探索者シーカーとして既にダンジョンに潜っている玄人の方がいいに決まってんだろ!」
「即戦力ってやつだ」
聖異市場ではダンジョンから持ち帰られた聖異物をその場で買い取ったり、売ったりしてくれる。
探索者シーカーもそれ以外も集まるここは、この街で一番の賑わいを見せる場所ホットスポットだ。
「そこの頭が綺麗な探索者シーカーさん、そう!あなたです!私たちと一緒にダンジョンを攻略しませんか!」
「おうどうした嬢ちゃ──あーわりぃな、ちと急ぎの用を思い出したわ」
アンゼが頭部の寂しい野郎に話しかけるが、急に何かを思い出してそそくさと走っていってしまう。
「そこの鎧がキュートな探索者シーカーさん!私たちとダンジョンを攻略してくれませんか?」
「ええ、そんなことでしたら是非とも僕にまかせ──すみません、急用を思い出しました。それでは」
膝をついてアンゼと目線の高さを合わせるも何故か途中で踵を返して逃げていってしまった。
アンゼは少し悩み、何かを決心したようだ。
両目に涙を貯めながら一際大きい野郎に近づいていった。
「あのね、わたちね?だんじょん?っていうところにいきたいの……でもね、とってもこわいところだからつよいひとがひつようなんだって……」
「おじさん、おねがい……いっしょにきて?」
で、出たー!32歳とは思えない泣き落とし作戦!さあお前にこの泣いている幼女を無碍にできるかなぁ?野郎よ!
「おうおうおう、泣くな嬢ちゃん。おじさんが力になるからな──げ、バステカ」
野郎の意志は脆かった。吐き出した言葉をそのままに、泣いている幼女を置いて足早に立ち去っていった。
悉く勧誘に失敗しているものの、アンゼは軽快にこちらを振り返った。
そこにはさっきまで泣いていた魔女っ子の姿はなく、人を射殺さんばかりの目をしていた……いや、実際にはいつものジト目だったかもしれない。
しかし、その目には疑念が篭っており、32年物の威圧感を放っていた。
「おいバステカ、お前何をした?」
「へ?」
「どう見ても避けられてるじゃないか、顔見知りなのか?」
「いや〜不思議だなぁ、前はあんなに親切だったのに……」
今の野郎達の顔には確かに見覚えがある、確か一緒にダンジョンに潜ったこともあるはずだ。
とはいえ俺は変わらず採取していただけのはずなんだがなぁ……
「魔女の嬢ちゃん、そいつには気をつけたほうがいいっすよ」
一連の流れを見ていた武器屋の店主が手招きする。 少し離れたところでアンゼの耳元で何かを吹き込み始めた。
バステカが他の探索者シーカーから避けられているのにはワケがあった。
バステカは元々ソロ探索者シーカーではなかった。毎日女神像に叫ぶバステカが目立たないわけがない。
なぜ毎日叫ぶのか、なぜいつまで経っても一層にいるのか。バステカはベテラン探索者シーカーから大人気だった。
しかし、その人気は長くは続かなかった。
一度でも同行すれば理由がわかったからだ。
バステカは蒐集が大好きだった。それは脇目も振らずやってしまうほどに。
ベテラン探索者シーカーは未知に取り憑かれたようなバステカを可愛く思い、彼に近づく魔物を捌き続けた。
異変に気付いたのは1人のベテラン探索者シーカーの武器にヒビが入った時だった。
森が赤く色づき始めた。
それはダンジョンの機嫌が悪くなっている証。
ダンジョンの機微に敏いベテラン探索者シーカーはここで初めて知ることになる。バステカの異常な速さの採取を、大量に採って尚とどまることを知らない強欲さを、ダンジョンに如何に嫌われているかを。
森が赤く色づき始めすぐに魔物の討伐を止めたベテラン探索者シーカーだが時すでに遅く、あっという間に森は真っ赤に染まり、魔物の大行進が始まる。
疲弊した武器と探索者シーカーでは止められるはずもなく、あえなく全滅。
その日、探索者シーカーの間に広まったあだ名は『万年ルーキー』でもなく『コレクター』でもなく『憤怒の探索者アングリーシーカー』でも無い。
その類稀なるダンジョンを怒らせる才に畏怖を込めてこう呼ばれた。
──人型モンスターと。
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