不名誉なアイショウ
──おお、死んでしまうとは情けなぁい。
──さぁて本日の結果は?
──おぉ〜!今日もいっぱい採って来たねぇ!こりゃダンジョンもお冠になるのもわかるよぉ〜
──あ!光る葉っぱ!これ綺麗で好きなんだぁ〜なんだっけ?ヨウラン?水色は初めて見たかも〜、褒めて遣わす……なんちゃって。
──……ん〜?なになに?せっかく二層に行ったのに持って帰って来たのは魔女だけ!?まじょまじ?あは、あっははは!魔女ってヒィー無理無理、面白すぎるってバステカ君……あーお腹痛い。
──いやいやいや、あんなに意気込んで?頑張って?ま……じょ…………?最高!最高だよバステカ君、君は遂に人まで蒐集し始めたのかなぁ?
「うるせーーー!俺だって好きで帰ってきたわけじゃねえよ!道端に怪しい幼女が落ちてたら誰だって拾うに決まってるだろうが!」
もはや恒例行事と化した怒りの叫びが構内に響き渡った。
突如として大声で叫べば誰だって面食う。2度目の静寂はすぐに訪れた。
何を隠そう、自称めがみちゃんは俺の中にしか現れない。
正確には普通の探索者シーカーが出会うのは他所行きの女神様で、俺だけに何故かめがみちゃんとして接してくるんだ。
まさか死ぬたびに煽られてるなどとは艶知らず、周囲から見ればいつも怒ってるやばい人にしか見えないというからタチが悪い。
奇異の目で見られたくなければ叫ばなければいい、初めは俺もそう思ったさ。
しかし女神ヤツはそんなに甘くない。黙ったら黙ったで『ねぇねぇ、怒った?』などと言い始めるんだ、これが叫ばずにはいられない。
まあ静かな構内で思いっきり叫ぶのは……気持ちのいいものではあるが。
いつもなら用もなくたむろしている野郎たちがいてからかわれるはずだが、今日に限って構内にはただの一人もいなかった。
「うるさいのはお前だバステカ」
代わりに居たのは、耳を手で覆いジト目をこちらに飛ばしてくる魔女っ子。
「いたのか魔女っ子」
「魔女っ子じゃない、アンゼだ」
「なんだアンゼ、待ってたのか?」
よくよく見てみればアンゼの目は少し腫れており、赤みを帯びていた。
顔を覗き込めばプイッっと顔を背けてぶっきらぼうに言った。
「……真っ二つにされてたじゃないか、なぜそんなにピンピンしているんだ」
ぶっきらぼうに喋ってはいるものの、背中越しでもわかるほどもじもじしていた。
まさか死んだと思って泣いていたのか?なかなか可愛いところもあるらしい。
「それは見事に真っ二つにされたぞ?もちろん死んだ。でも俺は……いや、ダンジョンに潜る探索者シーカーは女神サマの加護でダンジョン内での死ならこうして生き返ることが出来るんだ」
「そうか……女神もたまにはいいことをするものだな」
「……ありがとう、ピエーラ」
ああそうだ、やっぱりアンゼは女神の加護を知らなかったか。
となるとさっきアンゼを転移陣に投げ込んだのはファインプレーだったな。
まあなんだ、出会ったばかりだがこの32歳児が女神に祈るところなんて想像もつかない。絶対的な自信のもとに弾丸旅行を敢行したってところか。
そう、想像つかないのだ。他者、それもよりによって女神に祈るなど……
すっかり動かなくなったアンゼはひどく穏やかな表情であのふざけた女神像に手を合わせていた。
大聖堂と探索者シーカー、女神と礼拝。本来あるべき姿がそこにあった。
「言えないなぁ……」
そいつお前のこと笑いながら煽ってたぞ。なんて、言えないなぁ……
朝からダンジョンに潜ったというのに気付けば街全体が先の一層のように赤く染まっていた、少しの肌寒さとこれでもかと目に飛び込んでくる眩しい光が夕暮れであることを告げた。
「帰るか?一緒に」
話を聞く限り、ここからアンゼが構える家までは相当な距離がある。
だからこれは慈善活動であり、決して人を蒐集し始めたわけではない。
まあ、何を言ってもあの女神におちょくられるのは目に見えている。
「……いいのか?」
口調こそぶっきらぼうだが、その声色、そわそわと動き出した全身の動きからは捨てられた子犬もビックリな期待の色を孕んでいた。
しかしこうも目を輝かせられると少し申し訳なさすら感じるな……
……あまりのオンボロさに。
「……なんだこれは」
「何って………………家だが?」
「これが、家……?」
聖異物コレクションが最低限雨風を凌げればなんだってよかった。街外れにあるもう何十年も空き家として放置されていたところを俺が見つけたんだ。
むしろよく聖遺物を飾れるところまで手入れしたと褒めてほしいぐらいだ。
「バステカ……お前……いじめられてるのか?」
アンゼは心底心配そうに聞いて来た、恐る恐る……傷付けないように。
さっきまでの輝かしい綺麗な目は曇り、可哀想なものを見る目をしていた。
「違うから!ぜんっぜんいじめられてないから!友達100人いっから!……とにかく中入ればわかるって!」
たまらず早口で捲し立てて反論した、俺はそんな可哀想な目で見られるような人間じゃないんだ。
「ほら!」
扉に触れた瞬間、ギギギィ……と音を立てそのまま──外れた。
ジーっ。
ジーっ。
ジーっ。
「わかった!わかったわかった。100歩譲ってこの家が家と呼ばないほどオンボロなのは認めよう。だがそれは外見だけだ!中はスーパーパーフェクトな内装をしている!」
「……おい、本当に大丈夫なんだろうな?」
魔女っ子ボディから出てるとは到底思えないドスの効いた声が耳を突き刺した。
全くと言っていいほど動く素振りを見せなくなったアンゼに安全性を示めすべく、今は亡き扉を飛び越え手招きをする。
きっとコレを意地でも家と認めたくないのだろう、これでもかと顔を顰めてゆっくりと敷居を跨いだ。
「ここが俺の家、聖異物の家コレクションハウスだ!」
「ふむ……確かにコレはすごいものではあるが……」
聖異物を見るのもそこそこに、アンゼはぐるりと周囲を見渡した。
「時にバステカ、寝床が見当たらんのだが……」
「ないけど?」
「……は?」
聖異物の家コレクションハウスは文字通り俺のコレクション飾るための家だ、寝床などあるはずもない。
アンゼの目は白黒としており、口をぱくぱくさせ……なんだかとても面白いことになっていた。
「な、なあバステカ、台所は……」
「ないけど?」
「水浴み場は……」
「ないけど?」
「厠は」
「ないけど?」
「そう……そうか……」
アンゼはどこか遠くここではないどこかを見つめ始めた。
そんなに衝撃的だったのだろうか、衣食住を一つとして守る気がないだけのただの古びた宿だと言うのに。
オンボロとはボロという言葉が乗っているからオンボロというのだろうか……常識が音を立てて崩れ落ちる様にアンゼは現実逃避を始めた。
しかし現実は非情だ。不幸なことに身長の低いアンゼは偶然にも床を横切るものを見てしまう。
その体は黒く、目を凝らさなければ見えないが確かに動いていた。
アンゼは直感的にソレが何か理解してしまった。
「クリーン!クリーン!浄化ピュリフィケーション!」
「どどどどうした!?」
「フロストウインド!消えゆく終焉ロストエンド!」
突然乱雑に魔法を唱え始めたことに狼狽する。なんてったってこの部屋にはたくさんの聖異物コレクションがある。
幸い、アンゼの魔法が発動されることはなかった。
「…………バステカ、私は外で寝ることにするよ」
「そ、そうか……風邪、引かないようにな」
そう言い残すと倒れた扉を踏み越え、トボトボとした足取りで出て行った。
ここで寝るぐらいなら外を選ぶ、そんなに酷いのか聖異物の家コレクションハウス……
「このオンボロ宿も住めば都なんだけどなぁ……」
何が悪かったのか理解できない。そんな様子で床に就き独りごちた。
また女神におちょくられるんだろうなぁ……
これから待ち受ける恒例行事災難に少し気が重く……いや、あんなに目を輝かせて喜んでくれるんだ、不名誉なあだ名の一つや二つ、受け入れてやろうじゃないか。
「誰がゴキブリ蒐集家コレクターじゃい!!!」
家の中にいるというのに暖かな日の光と吹き抜けるそよ風をダイレクトに浴びて気分のいい朝が始まる……ことはなく、最悪の寝起きとなった。
昨日の誓いはどこへやら、もはやモーニングルーティーンとなった自分の声で飛び起きてしまう。
いつもと違うことがあるとすればそれは……
「バステカ!大丈夫か!?」
ドタバタ足音を鳴らし、息を上げて駆けつけてくる32歳児がいることだろうか。
「ん?ああ、アンゼか。これは気にしないでくれ、それより昨日は眠れたか?」
「そ、そうか……ああそれはもうぐっすり眠れたぞ、外で眠ったおかげだ!」
私は間違っていなかった!前面に押し出された真っ平や胸が雄弁にそう語っていた。
それはいい寝起きだったのだろう、朝にとても似合うスッキリとした自信満々な表情でアンゼは口を開いた。
「バステカ!私と組め!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます