魔物にご用心!


「おう坊主、今日もダンジョンダイブか?」


 そそくさと祈りを済ませていると隣のハゲ野ろ……頭が素敵なおじさんに声をかけられた。

 

「今日はなんだか行ける気がするんすよ」


 嘘だ。売り言葉に買い言葉、女神に焚き付けられ背伸びしているだけだ。


「そんなこと言って昨日は二層に入ったとこでぽっくり逝ってたじゃねえか!」


 相も変わらず場にそぐわない野蛮な笑い声が木霊する。

 毎度からかわれるが、それが心配の裏返しであることを知っているため悪い気はしない。


「いやまじで今日こそは死なないんで」


「おう威勢がいいのはいいことだ!頑張れ坊主」


 今日も覚悟を決めて地下へと向かう。バックパックに採掘用のツルハシ、灯りもヨウランタンで確保できる、食べ物と飲み物は……最低限だが大丈夫だろう、いざとなったらダンジョン内で調達すればいい。


 階段を降り行き止まりに辿り着く。

 慣れた手つきで壁に触れると、いつのまにか浮き上がってきた魔法陣が爛々と輝き、視界を真っ赤に染めていく。



 ダンジョンと聞いて何を思い浮かべる?薄暗い洞窟内部?大量の魔物?

 俺が初めてダンジョンというものを聞いた時はこう思った。

 ……今ある職を手放してまで行くようなところか?生活を一変させるような刺激的なところか?

 違うだろ、どうせジメジメして入り組んだところじゃないのか?

 危険なだけでただの一般人が手を出すようなところじゃないんじゃないか?

 そう思っていた、この魔法陣を通るまでは。


 待ち受けていたのは狭い一本道でもジメジメとした空気でもなく、辺り一面の色とりどりの花だった。

 まるで歓迎するかのように無邪気に咲き誇っており、思わず毒気を抜かれたのは記憶に新しい。

 空こそ見えないものの、天高くにある天井は探索者シーカー達にダンジョンの広大さを知らしめるだろう。

 色とりどりなのは花だけじゃない、辺りに生い茂る背の高い樹木も樹液に群がる魔物も。その全てが地上とはまるで違う様相をしていた。

 


 そんな神秘的とも言えるダンジョンの一層に来た俺は絶賛──吐き気に襲われているところであった。


「うっ……ぷ……」


 胃が暴れだしたかのような強烈な吐き気を気合いで耐える。

 転移酔い……魔法陣を通る際に起きるダンジョン最初の洗礼。

 熟練の戦士も神に支える神官も、等しく吐き気に襲われる。

 潜りたての頃は何度も吐いたっけな、もはや懐かしさすら感じられた。


「……ふぅ、気を取り直して行くぞ!」

 

 今回の目標は二層、幸いにも二層へ続く転移陣の場所は知っている。迷うこともないだろう。


 問題があるとすれば魔物に遭遇することぐらいだ。

 魔物は恐ろしい、戦士や騎士様なんかにとってはどうってことはない生き物なんだろうが、剣を一度も握ったことのない俺にとっては恐怖の象徴と言っても過言ではない。

 一層の魔物は本能的に動くものの知能もかなり高い。逃げていたはずがいつの間にか囲われ、不利と悟ればあっという間に消えてしまう。

 

「げっ、こんなところにラビットハンター」


 樹液に群がるモンスターを避けて歩いていれば、目の前に宿敵が現れた。

 見た目は地上で言うところのクワガタによく似ていた。違うとすれば奴らには翅がなく、代わりに異常に発達した脚を持つところだろうか。

 ここ一層において狩る側に位置するウサギ型モンスターを獲物としているのがこのラビットハンター。

 何度もその立派なハサミで俺を真っ二つにした一層死因ランキング堂々の1位だ。


 それももう過去の話、今となっては対処法を知っている。


「喰らえスライムボール!」


 適度に粘度はあるもののくっつかないボールをバックパックから取り出すと勢いよく地面に叩きつけた。

 地面を跳ねるボールは勢いそのままに明後日の方へと跳んで行く。

 それに釣られるように素早い動きで追いかけて行き、ラビットハンターもまた明後日の方へと消えていった。


「……っし!上手く行った!」


 今のが初めてというわけではないが、何度やっても気持ちいいものだ。自分より強大な存在を退けるのは。

 ここ、一層には生き残るための術がある。

 例えばラビットハンターが跳ねるものを追いかけてしまうように、一層の魔物は本能を刺激してやれば簡単に逃げることが出来る。

 樹液を囮にすれば木に群がる魔物からはだいたい逃げられる。

 とまあこのようにスライムボールと樹液があれば概ね攻略したと言っても過言ではない。


 

 その後もスライムボールを投げ、樹液を置き、魔物を撒き続けた。

 気付けば二層へと続く転移陣まで残りわずかとなっていた。

 広大なダンジョンをただ横断するだけの半ば退屈な旅。

 だからだろうか、不意に目に飛び込んできたそ・れ・がどうしようもなく輝いて見えた。


「え!?水色のヨウランの葉!?見たことがない!」


 水色に発光するそれは間違いなくヨウランタンに使われるヨウランの葉だった。

 通常、ヨウランの木は黄色、緑色、赤色の葉がつくことが多く、それ以外の色が見つかることは非常に稀だった。

 稀。その言葉は蒐集家を動かすには強力すぎる燃料となる。


「うおおおおヨウラン!ヨウラン!水色のヨウラン!」


 取ってみたい触ってみたいどんなヨウランタンが出来るだろう?好奇心は燃える心に薪を焚べ、迅速かつ丁寧に手を突き動かした。

 ヨウランの葉を千切ってはバックパックに詰め込んでゆく。

 バステカは目の前にぶら下がるレアモノに気を取られすっかり忘れていた。偉大な先人達が残した採取の心得を。

 一つ、むやみやたらに取るべからず。

 一つ、魔物を刺激するべからず。

 どちらもバステカのような非力な探索者シーカーが危険なダンジョンで身につけた教訓である。

 

 先人の教えを猛スピードでぶっちぎる者バカが一人。


「大漁!大漁!今宵はヨウランパーリナイっ!フゥー!……あ、あれ?」


 木を揺らし、大声を上げる。どちらも先住人にとっては不快以外の何者でもなかった。


 ギリギリと歯を鳴らし現れたそいつは軽く3メートルを超えており、辺りには1メートル大の子分を連れ従えていた。

 大きくなっても、多少色や形が違えども頭に鮮明に焼きついている。

 これは──ハチだ!



 テイホウクインシー。異常に発達した翅はもはや翼の領域に差し掛かっており、小鳥よりも機転が利き、ドラゴンよりも速く飛ぶことが出来る。

 彼女らは全てメスであり、幼体やコロニーを脅かすものに容赦をしない。

 女王を除き、腹の針が矛のようになっており、その切れ味は鋼鉄をも切り裂く。



「あのー話せばわかるというかなんというか……」


 シャアアァァ!!


「ですよねぇぇぇ!」


 やばい、やばいやばい!あんな鋭い刃で切られた日には真っ二つどころか小間切れ一直線だ!

 幸い、転移陣は目と鼻の先!これならなんとか……え?


 バステカが慌てて走り出した次の瞬間、目の前には既に振り下ろさんと構えたテイホウクインシーの姿があった。

 

「うわあああぁぁぁ」


 転がり込むように凶刃から逃れる。

 先ほどまで自分がいた場所には土埃一つ上げずただ深く突き刺さったテイホウクインシー。


 遅れてバステカは理解した。目の前にあるは死の集合体であると。


「死ぬ!死ぬしぬし゛ぬぅぅぅぅぅ!!!」


 一転、二転、三転。

 バステカを突き動かしたのは純粋なる恐怖心。

 立ち上がる暇すら与えられないテイホウクインシーの猛攻に、みっともなくただ転がり込むしかなかった。



 一心不乱に転がりついた先は行き止まりだった。尚もテイホウクインシーは構える。

 今度こそ正真正銘の詰み。


 テイホウクインシーは少し緩慢な動きで自慢の針を振り上げ、ゆっくりと狙いを定め──振り下ろした。



 視界が真っ赤に染まった。


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