未知との遭遇


「うっ……うぇっ……」


 気持ち悪い、まるで胃をかき混ぜられたかのような……胃、お腹……

 

「あっ!し、死んで……ない?」


 服を捲って確認して見るも傷一つない真っ白な肌が顔を覗かせるだけだった。

 そっかダンジョンに潜りっぱなしで焼ける機会ないもんな……


 ってそんなことはどうでもいいんだ、生きてるってことは!


「二層に来たぞー!」


 間一髪、転移に成功したんだ。

 二層……前に来た時は転移するなりどこからか飛んできた謎の火球に全身を焼かれて即女神像の前に逆戻りしてロクに目に焼き付けることも出来ていなかった。

 それが今、再び目の前にある。


「これは……すごいな」


 雲一つない空にたくさんの星々が輝きを放っている。

 一層を極彩色の森と名付けるなら二層は星の見える平原だろうか。

 明滅する星々は踊っているようにすら見えた。


 一層と違い、見渡そうともどこまで行ってもあおい草っ原が続くのみ。

 魔物も見当たらなければ採取出来そうなところも見当たらない。

 見当たるとすれば満天の星空とぽつりぽつりと点在するヨウランタンの灯りぐらいだろうか。


「そうだ、せっかくだからさっきの水色のヨウランの葉で……」


 ヨウランタンをバックパックから取り出し、中のヨウランの葉を取り出す。

 取り出した葉はさっき取った水色の葉に比べ二回りほど小さくなっていた。


「お疲れ様」


 あと3日もすれば光を失ってしまいそうな小さなヨウランの葉を星空に向かって放り投げた。

 小さなヨウランの葉は風に乗りあっという間に星の一つとなった。


「さて、と……」


 水色に灯るヨウランタンは二層の幻想的な雰囲気に拍車をかけた。

 このままずーっとノスタルジーな気持ちに浸るのも悪くない……悪くないが今日はもっと探索したい気持ちなんだ。

 

 とはいえ三層へと続く転移陣の場所知らないんだよな……こんな時は他の探索者シーカーをツケて……と。







 星以外の明かりがないここ二層ではヨウランタンの灯りがよーく目立った。それゆえに他の探索者シーカーをツケ回すのは容易だった。

 一つ誤算があったとすれば……


「こんなところで何してんのお嬢ちゃん」


「おじょ!?わ、私はお嬢ちゃんなどではない!歴としたさんじゅう……」


 ヨウランタンも持たずここ二層を徘徊している不審者を見つけてしまったことだ。

 黒くうねる髪は小さい体の膝まで伸びていてどことなくアンバランスさを感じさせる、その上紫色の目をあっちへこっちへ泳がせていて、しまいには布を被ったような魔女服を着ており……どこから見ても不審者なお嬢ちゃんに声をかけた。

 声をかけられたことにびっくりしたのか慌てて何かを隠すように早口で捲し立てるも、ふと我に帰り少し逡巡した後に口を開き直した。


「わたちみちにまよっちゃっ──」


「もう遅いぞ」


 さっきまで流暢に喋っていたかと思えば突然舌足らずに喋り始めた。

 演技をするにしては全てが遅すぎた。

 尚も魔女っ子は口を開く。


「あのね、わたち──」


「なんでいけると思った?」


 若干の詰めムードが漂い始めるも魔女っ子はへこたれない。

 目に涙を浮かべ、再度口を開いた。


「うえーん、おにいちゃんがいじめ──」


「ていうかさっき三十……って言いかけてたよな?」


 吹き抜ける風、凍りつく空気、輝くお星様。幻想的な雰囲気が嘘のように場はピリついていた。

 先に目を逸らしたのは魔女っ子だった。


「……ハァ」


 ジーっ。


「それで?なんでこんなところにヨウランタンも持たずに?」


 ジーっ。


「あー!もうわかった!話す!話すから!その目を止めんか!」


 魔女っ子は全身を使って全力で目を閉じさせようと跳ねた。

 胡散臭いなーって目で見ていたのがバレていたらしい。

 

「私は魔女のアンゼ!この格好は憧れてるとかじゃなくて正真正銘の正装だ!さっきの三十はその……忘れるんだ……」


 無い胸を張ったかと思えばもじもじし始める。

 なんだこの面白い生き物は。

 少しだけ気になってしまった。だから俺が今人様に見せられない悪い顔をしていたとしてもそれは俺のせいじゃない。


「そっかぁ〜魔女の三十さんか〜いやはやこんなとこでなーにをしてたんですかぁ?」


「そ、それは……」


「まっさか迷子だったんですかぁ?三十さん?」


「あー!そうだよ迷子だったよ!32歳だよ!何か悪いかー!」


 何かの糸が切れたようにエリカは捲し立てる。腕を組んでもう何も怖くないと開き直っていた。

 やはり女神式の煽りは効き目が違う。そうだよなイラつくよな。


「いーや別に?でもそうするとこれまたなんで32歳がそんな姿に?あと俺はバステカだ」


「そ、そうかバステカ。こうなったのには空よりも高くダンジョンよりもふか〜いワケがあるんだ」


 アンゼはダンジョンよりも深いそのワケをぽつりぽつりと語り出した。




 その日はいつも通り魔法の実験していたんだ、魔女だって忙しいからな、朝から晩まで実験漬けの毎日だ。

 今まさに一つの魔法が完成しそう!そんな時に一通の封書が届いた。

 私はそれはもう怒ったさ、なんたってやっとのことで魔法を作り上げるという時に邪魔が入ったのだからな。

 だがまあ怒るのは内容を見てからでも遅くない、その日の私は実に冷静だった。

 差出人は女神ピエーラ、何が書いてるあるかと思えばそこにはこう書いていた。


『ダンジョン出来たからちょっと来てよぉ〜めがみちゃんからのお・ね・が・い♡』


 人生。いや、魔女になってから初めてだった……殺意を覚えたのは。

 怒りに燃えた私は溢れる才能で一瞬にして魔法を作り上げ、自分のことをちゃん付けで呼ぶぶりっ子女神を血祭りにするべく迷宮都市ミスタリオに向かったんだ。

 相変わらずふざけた格好の女神像を殴り壊してやろうかとも思ったけど何やら様子がおかしい。

 女神像の前に次々と人が現れるのだ。

 それは丁度私が次に研究しようとしていた転移魔法に酷似した現象だった。

 周囲の者に聞けばダンジョンに行けばわかるなどと言う。

 私は仕方なくダンジョンに向かった。その時トンデモないモノを目の当たりにしたのだ!

 

 ──時空間転移魔法陣……だと!?


 雷に打たれたような気持ちだったよ。なんたってそれは禁忌とも呼べる失われたはずの魔法だったからな。

 女神への怒りなど一瞬で霧散した。

 私は溢れる好奇心であっという間に転移魔法を完成させ、自室と大聖堂を繋いだ。なんたって私は天才だからな。

 どれほどの歳月が流れたか……ついに私は時空間魔法を習得した。

 そんな天才の私はすぐにでも試したくなった。ダンジョンへ潜り、煩わしい虫どもを焼き払い、ここ二層に辿り着いた。

 だだっ広く辺りに人もいないここは最高の空間だった。全ての魔法をぶっ放したさ、あれは非常に気持ちのいい体験だった。

 いざ時空間魔法を試そうとしたその時、一陣の風が吹いたんだ。

 何故だか少し肌寒くてな、思わずくしゃみをしてしまったんだ、そして目を開けたらこの姿だったってワケだよ。




「……それ自業自得じゃね?」


 アンゼの話を纏めるとこうだ、ダンジョンの転移陣に興味を持って形にしようと頑張った。

 出来上がったところで調子に乗ってバカすか魔法をぶっ放した。

 全ての魔法と言ってたから氷結魔法でも打ったんだろう、辺りの温度が下がる。そして時空間魔法を発動するタイミングで風が吹きくしゃみをして暴発してしまったと。

 ていうか無駄話多いな、前半いらなかったじゃねえか。


「やっぱお前のせいじゃないか?アンゼ」


「……?」


「なんでキョトンとしてるんだ!?全ての魔法をぶっ放してたんだろ!?そりゃ辺りも──いや、待てよ」

「もしかしてお前、クソデカい火球の魔法とか打ったりしてねえか?」


 そんなわけない、そう思いたかったがあまりにもタイミングが被りすぎている。

 アンゼは相変わらずキョトンとした顔で言った。


「ファイアボールのことか?もちろん使ったがそれがどうかしたか?」


 ああ、今わかったよ。

 どうかしたかって?全くどうかしてると思うぜ。

 昨日死に物狂いで集めた聖異物も、初めて二層に辿り着いた感動も、全部、全部……!


「お前のせいじゃねえかー!!!!!」

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