ダンジョン探索者達の狂宴

万年ルーキー、女神を知る

 

 至る所に伸びた太い柱、等間隔で綺麗に並べられた椅子が一様に前を向いているこの空間は街の中心にある大聖堂。

 手を伸ばしても届かない高い位置にある巨大なステンドグラスは扉を開ける者に荘厳なイメージを与えるだろう。


 空気がピリつくほどに神聖な雰囲気が漂うこの場にそぐわない野郎が一人、二人……いや、修道士の倍ほどはいるだろうか。

 野郎共は修道士と同じように手を合わせ、一心不乱に女神像へ祈りを捧げていた。


 そんな神聖な空気を破壊する者がいた──


「おのれクソ女神ィィィィ!」


 突如として女神像の前に現れた一人の青年の叫びが幾重にもなって木霊した。


 おおよそ大聖堂で聞くはずのない悪態に辺りはしーんと静まり返った。

 祈りを捧げていた者は少し遅れて事態を理解する……が、その反応は大きく二つに分かれていた。


 なんてことを……!と憤慨する修道士達、

 待ってましたァ!と今にも溢れそうな喜色に塗れた笑みを浮かべる野郎共。


 神聖な雰囲気?そんなものは知ったものか。次から次へと野郎は口を開いた。


「おいおいバステカ、またごっそりイかれたのかぁ?」

「だから一層までにしとけって言ったのによォ」

「その様子じゃ収穫はほぼ無しか!まあまた明日に期待だな!」

「明日っつってもまたごっそりイカれるに違いねぇ!」


 水を得た魚のようにイキイキとヤジを飛ばし始め、この場にそぐわない野蛮な笑い声で溢れかえった。

 そこにはもうさっきまでの荘厳な雰囲気は欠片もなく、今扉を開けようものなら酒場と勘違いしてしまうこと間違いなしだ。


 


 遡ること15年前。

 突如としてそ・れ・は街に現れた。

 ダンジョン──それはあろうことか大聖堂の地下に発生したのだ。

 全くの未知であるダンジョンはこの街の人間に大きな衝撃を与えた。

 未知の鉱物、未知の魔物、未知の技術、未知の景色。

 無数の未知は瞬く間に人々をダンジョンの虜にした。

 ありとあらゆる未知を持ち帰らんと仕事を辞め探索者シーカーへと転向するものが後を絶たず、そうして持ち帰られたたくさんの未知により街は急激に発展。人々はダンジョンに畏怖と感謝の念を込めてこう呼んだ。

 ──迷宮都市ミスタリオと。




 そして今に戻る。

 

「ちくしょー今日はイケると思ったんだけどなー」


 女神像の前で見事に女神への悪態を吐いた青年、バステカは奇跡的に持ち帰ることに成功したほんの僅かな聖異物が入ったバックパックを大事に抱え帰路に着いた。

 

 通常の探索者シーカーであれば少量であろうと大量であろうと手にした聖異物を売り、日銭を稼ぐところだ。


 しかし青年は違った。

 何年、何十年放置すればこうなるのだろうか。押せばギィっと今にも壊れそうな音を耳に残して古びた扉が開く。

 

「ただいま!俺のかわいいかわいい聖異物コレクション達……!」

 

 内装は古びた宿そのものであったが、入念に手入れしたのであろう木製の展示台が一際存在感を放っていた。


 色とりどりの鉱物、今なお発光し続ける葉っぱ、妖しく光りどこか危険な雰囲気を放つ銀剣。


 売れば高くつくだろう。衣食住の住すらまともに満たせないこの古びた宿から引っ越すことも、その乱雑に切られた色気のない茶髪も……神秘的な水色の目に似合わないボロい装備を新調することだって出来るはずだ。

 それでも宿も装備もオンボロのまま。青年バステカには自らが死に物狂いで蒐集した聖異物を手放すということが出来なかった。


「あとは綺麗に並べ直して……っし!完成!」


 部屋の一角を占めるほどになった鉱石エリアを見て満面の……側から見れば気色の悪い笑みを浮かべた。


「今日からここが君のお家ですよ〜仲良くするんですよ〜よしよし」


 古びた宿で無機物に嬉々として話しかける様子は目撃されでもすれば明日には町中に怪談として広がっているだろう。

 何を隠そう彼は変態コレクターであった!


「明日はもっとたくさんの……」


 蒐集物に追いやられ、いつしか部屋の隅……ひと一人分しかない空間に横になり床に就いた。








 ──いやぁ〜!今日もおつかれ!バステカ君が持ち帰った聖異物はぁ、み〜んなめがみちゃんのものになっちゃったぁ!


 ──ってあれ?聞いてる?おーい、バステカ君?バステカくぅ〜ん!


「うるせえ!!!」


 ──あ、生きてた。めがみちゃんそろそろ一層の聖異物飽きたよ?明日はもーっと深くまで潜って欲しいなぁ?


 ──明日もめがみちゃんの聖異物待ってるよぉ!




「お前のじゃねえよ!!!」


 あまりの大声に飛び起きる。それは夢の中でクソガミウムを摂取するバステカにとって朝の恒例行事となっていたが、何度やっても慣れることはなかった。

 寝起きは最悪の一言に尽きる。


「あんの腹黒ぶりっ子クソ女神……!」



 探索者シーカーになってからというもの、夢に女神が現れるようになった。

 これは俺だけではなく、探索者シーカーなら誰しも経験することだ。

 初めは嬉しかった、女神様直々にの応援をしてくれるんだ。労いの言葉に体調を心配する言葉。1日中肉体労働をする探索者シーカーにとって文字通り女神以外の何者でもなかった。

 ダンジョンダイブにも精が出るってもんだ、それはもう1日と言わず2日間ぶっ通しで潜ったこともあった。


 そんな日常が変わったのはいつだったか。あれはそう、40度を越える真夏の猛暑日……地上の熱から逃げるようにダンジョンに潜ったあの日。

 一層で隠しエリアを見つけたんだ。一層では手に入るはずもない豪勢な武器に防具。心が踊ったさ。

 中でもすごかったのは巨大なバックパック。ありがたかった……デカいだけではなく何故かパンパンになっても無限にしまうことが出来るんだ。

 そんなダンジョン探索者シーカーなら誰もが欲しがるバックパックを手に入れてからというもの、夢で出会う女神様の様子が変わったんだ。

 

 見る者全てを惹き寄せる真っ黒な瞳に、手入れせずとも軽く巻かれた桃色の髪をたなびかせ、凛々しくも優しいオーラが溢れている天女様……そんな幻想は一夜にして霧散したんだ。

 堅く美しい言葉遣いは砕けてだらしのない言葉遣いに変わり、一人称がめがみちゃんなどというふざけたものに変わり、明日から死んだらたんまり貢いでもらうから!などと言い出した。

 ……万年ルーキーの俺は他の探索者シーカーに比べてダンジョン内での死亡回数が多い。ダンジョンで入手した聖異物を対価に女神の加護で息を吹き返すといつもバックパックが軽い。

 通常、女神の加護の対価は手持ちの3割ほど。対して俺に求められる対価は──脅威の9割だ。


 ぼったくりじゃねえか!!!


 俺は女神にとって格好のカモだった。

 その日から俺は神に祈ることをやめた。



 心底ナメられている現状にはらわたを煮えくり返しながら俺はダンジョンへ潜るべく、大聖堂へ向かった。


 我が家とは違う意味で重い扉を開け放つとズカズカと歩き、最前列の椅子に腰掛けた。


 悲しいかな、どれだけ腹を立てようともダンジョンには危険が満ち溢れている。

 故に女神を頼るしか術はないのだ。


 寝転がってこちらを見下ろしているふざけた女神像に手を合わせ呪文を唱えた。


「あーあー女神サマ、どうか私に降りかかる火の粉を振り払い給えー」

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