僕の友達タナトス 【短編】

語理夢中

僕の友達タナトス

 いつでもニコニコしている人になりましょう。


 くだらない大人が仕事感出しながらアホずら並べて考えたゲボみたいなショート動画で推奨してくる。

 そんな人間がここにいます。こいつです。

 僕が死の縁をさまよっているのをニコニコして眺めていたのであろう。

 目覚めて目が合った瞬間から満面の笑みだ。


 こいつが僕の横に初めて立ったのは一度目の自殺未遂のとき。

 上記同様。目が合った瞬間から笑っていた嫌な奴。

 身体に残った薬で視界がダブル。嫌なニヤケずらが並ぶ。

 苦しむ僕を楽しそうに笑顔のおかずにしている。

 白米大盛で4杯は平らげそうな笑顔。


 2度目も同じ、首に付いた縄の痕を嬉しそうに眺めている。

 またこいつが言葉を発しないから苛立つ。

 縄が首に掛かったジャスチャーを繰り返しながらあの笑顔。


 明確に何が嫌で死にたいのか自分で分かっている。

 きっと他人が見たら十分に幸せだと言うだろう。

 自分と比べてもっと不幸な境遇の人も居るだろう。

 環境悪い度ランキングが最下位だから死にたい訳じゃない。

 人生ついていない度ランキング最下位だから死にたい訳じゃない。

 ただ、自分を認められないだけなんだ。

 世界から必要とされていると思えないだけなんだ。

 しっかりと自己分析出来ていても、考え方を変えられない。

 受け止め方を変えられない。

 その苦しみから逃れるために、、、死にたいんだ。

 何も感じたくないから、、、死にたいんだ。


 死ねばあいつにも会わずに済む。

 いつもは居ないのに、僕が死にかけていると出て来て笑っている。

 そういえば何て名前なんだろうか、、まぁ関係ないか。


 入念に浴室の扉の隙間をテープで塞ぐ。

 ウィスキーを煽りながら煙草をふかす。

 傍らに浴室には不釣り合いな練炭がひとつ、赤々と木炭が燃えている。

 酔いと共に薄くなった酸素が意識を引き剥がしにかかる。

 あぁやっと行けるんだなとトロクなった瞼を瞬くと、何度目かにあいつの姿が現れた。妙なニヤケ面に言ってやる。

「じゃーな、くそったれ」


 幽体離脱ってヤツは本当にあるんだよ。

 体験している本人が言っているから間違いない。

 ふわふわとって感じじゃない。体が無いから感覚はまったくない。

 視線だけが上空に漂う感覚で、徐々に上に登っていくんだ。

 視界の隅は白くてぼわっと輪郭が柔らかい。

 視線を下げれば浴槽の中でぐったりと項垂れる僕の器だった体が見える。

 そして傍らには憎っくきアイツ。あの嫌いなニヤケ面で僕を見ている・・・・


 あれ?あら?おや?

 笑ってないじゃんか。

 あたふたと焦ってるし、助けを求めるようにきょろきょろしてる。

 浴室の個室に誰がくるものか、僕に触れようとしているけど触れないし、声を上げているようだけど届かない。

 何がしたいんだコイツは、それじゃまるで僕を助けたいみたいじゃないかよ、それにその顔、、なんだよ、、、泣いているじゃないか。

 そんな顔は止せよ、お前はいつも笑っているんだろ悲しい顔なんておかしいじゃないか、それじゃまるで僕に死んでほしくないみたいじゃないか。

 視界は天井を抜けて空に出た。

 でもそこには見慣れたはずの空は無く、でたらめにキャンバスで混ぜた絵具みたいな筋が蠢きながら中央を目指していた。

 死んだ魂ってやつかな、色は様々あれども澄んだ泉のようにどれも綺麗だ。

 見たら分かる、天寿をまっとうした魂の変な表現だが生き生きとした躍動、瑞々しい清らかさ、蛹から羽化したみたいな生命を一筋一筋から感じるんだ。

 どうやら僕はその魂達とは違うみたいだ、淀んだ僕と言う泥玉みたいな塊はガラスにこびり付いたヘドロみたいに垂れて落ちていく。

 暗く黒く色のない底へ底へと。

 こんな時に浮かぶのがアイツの顔だとはね、しかも泣き顔なんてな、、、なんかなぁ、死ななきゃ良かった。かも、あいつ、僕が生きてたから笑ってたのか。

 僕が生きてることで笑ってくれるヤツが居たのか、、僕はバカだな、命を手の届かない遠くに投げ出してみて初めて客観的に自分の命が見えるなんてさ、もう届かないのになぁ。

 微かに、遥遠くに見える美しい魂の筋を見上げながら思っちゃった。

 「また生きたいなぁ」


 それから僕が受けた罰は筆舌に尽くしがたく、この世にそれを表現する熟語も存在しない。それほどってことだ。


 そして今はこの子の横に居る。

 血の気の無い青ざめた顔に涙ながらに訴えかけている。

「自分で死んじゃダメだ!君は知らないだけなんだ!死んだ先には苦しみしかない!戻って知らせるすべがないから、分からないだろうけど、救いが有るとするならこの世なんだよ!知りもしない死の世界に幻想を抱くな!君の世界は広いんだぞ!もっともっと今生きている世界を見るんだ!生きている世界に体を向けるんだ!今生きている環境を全て捨てても、一生を掛けても体験できない程に沢山の生き方がこの世には溢れてる!命を投げ出す前に今の生活を捨ててみろよ!頑張って生きて、結果死ぬならそれで良いじゃないか!順番を誤るな!生きて、生きて、生きて、生きて、生きてから死ぬんだよ!」


 声は届かない。心の中の想いみたいに聞こえない。それでも僕は語り掛ける。

 君が目を開けた。

 僕は笑い掛けるよ。表情でしか伝える事が出来ないから。

 命の喜びに笑い掛けるよ。


               了

    

下のリンクは、この短編の元となった短歌です。

ここまで読んで頂いたのなら、毒を食らわば皿までってことで


https://kakuyomu.jp/works/16816927862865249792/episodes/16818093082271550873

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