第1話 奨学金踏み倒し
季節は巡り、春から夏になっていた。
セミが毎日のように大合唱し、外を歩くだけで灼熱の日差しが皮膚を貫き、滝のような汗を吹き出させる。
コンビニにアメリカンドッグを買いに行っただけで、汗塗れになってしまった。どうも、最近は子供の頃よりも気温が上がっているような気がする。
そう遠くない未来、気温の上昇によって、外に出られなくなる日も来るのではないか――なんてことを考える。
そんなことはどうでもいい。大切なのは、クーラーの聞いた部屋でダラダラと寝転ぶのは最高だということだ。
ポケットの中に入っている携帯が振動する。画面を見ると友人のアキヒコさんからだったので、僕は急いで電話に出る。
「もしもし」
「やっほー、つぴちゃん。元気してる?」
「おかげさまで。それより、どうしたんですか? アキヒコさんから電話かけてくるなんて珍しいじゃないですか」
「それがさぁ、ちょっと相談があってさー。つぴちゃんに聞いてもらえないかなーって」
アキヒコさんから相談とは珍しいことだったので、相談の内容が気になった。
「全然いいですけど……一体何の相談ですか?」
「えーっとねぇ」
「奨学金ってどうやったら踏み倒せると思う?」
予想の斜めを行く質問に僕は驚く。
そんなカードゲームのコストの踏み倒しみたいにあっさり言うものではないと思う。
「アキヒコさんって奨学金使ってるんでしたっけ?」
「そだよー。勇次郎から、つぴちゃんそういうのに詳しいって聞いてたからさー」
実際のところ、僕は奨学金に詳しくなど無い。自分も使っているから、自分が使っているものに関して知っているだけだ。
「別に詳しいわけじゃないんですけどね。アキヒコさんのやつって給付ですか? それとも貸与ですか?」
「多分貸与型だと思うー」
「なんてやつですか?」
「これー」
そうやってURLが送られてきたので、僕は書かれている内容をざっと読む。
「これ見た感じ、支払いの免除とかは無さそうですよ」
「だよねー。つぴちゃん的にどうやったら踏み倒せると思う?」
僕は悩む。生まれてこの方、奨学金の踏み倒しなんて考えたことも無かった。
だが、足りない頭を捻って考える。
「うーん……宝くじ当ててそれ使って完済するとか?」
「そんなこと出来るなら苦労しないよねー」
ごもっともだ。
そんなに簡単に当たるようなら、この国は富めるものしかいないはずだ。
「現実的な話で行くなら、企業が一部肩代わりしてくれるところがあるらしいので、そこに就職するとかどうですか?」
「うーん」
アキヒコさんは悩ましげに語る。
「それ踏み倒しっていうより軽減じゃない? 俺、もしかすると今学んでることと別のことするかもしんないんだよね。それに就職のときじゃなくて、そのとき踏み倒したいんだ。もっと他のない?」
「他の……ですかぁ」
僕は悩む。
「軽減ならともかく、踏み倒しは厳しいですよ。どう考えたって上手くいくビジョンが見えません」
「やっぱそうだよなー」
アキヒコさんはずっと悩ましそうにしている。
「そう言えば」とアキヒコさんは話し始める。
「つぴちゃん今実家なんだっけ?」
「はい、そうですよ。夏休みなんで帰ってきてます」
「明後日暇? 俺のバイト終わり一緒にラーメン食い行かね? 迎え行くからさ」
「マジですか? 明後日は何も予定入ってないんでいきましょいきましょ」
「んじゃっ、また連絡するわ」
そうして通話は終わった。
今思えば、この時点でアキヒコさんの様子がいつもと異なることに気づいていれば、もっとマシな結末になったのかもしれない。
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