回想①



 まだ夏も始まったばかりだというのに、蒸し暑い真っ昼間だった。額からも首からも汗が垂れてきて、ハンカチで拭うのに忙しい。



「暑いね」


「ああ、暑いな」


「暑いねぇ」



 同じ教室にいた同級生も、次々と同じ感想を口にする。今は夏休み真っ只中。本来、この時期に学校にいるなんてあり得ないことだった。しかし、だ。



「ねぇ、これいつになったら終わるのかな?」



 段ボールを切りながら未羽みうが呟く。



「とにかく全段ボール切り終わらなきゃ目処は立たないね」



「そんなぁ」



「仕方ないじゃん。うちら、夏休み前はなーんもしなかったんだから」



 呆れも混じった笑いを飛ばしながら、はるも次の段ボールに手を出した。チョキチョキ、ハサミでそれを二つに切っていく。



「てか、男子もちゃんと仕事してよ」


「はぁ?俺らだってちゃんとやってるんですけどー」



 遥の視線が向いた先で、ベランダにいた透馬とうまは口を尖らせた。どこからどう見ても休息をとっているようにしか見えない彼すら、首にかけたタオルは汚れている。



「俺らはちゃんといろんな店とかから段ボール持ってきたじゃん。少しぐらい休ませてよ」


「だーめ!やることまだまだ残ってるでしょ」



 えー、と透馬だけでなく一緒にいた男子全員が不満の声を漏らした。私はその光景を見て、なんだかおかしくて笑いを堪えながら作業をする。



 今はクラスメイトで文化祭に向けての準備を行なっていた。本当ならば、夏休み前と夏休みの前半で終わらせる予定だったのだが、みんなの予定が合わないのと、やる気のある人が少なかった結果、こうして今慌てて取り掛かっている。



「おーい、絵の具買ってきたよ」



 ガラガラと扉が開くとともに、買い物袋を持った4人の女子が入ってきた。うち一人、結架ゆかがゆらゆらと袋を揺らしてみんなに見せる。



「ありがとー!ほんと助かる。大変だったでしょ?」


「んーん、意外と平気だよ。場所も近かったし、4人で分担したし」


「そっか。じゃあ早速色塗り始めよう!ほら、男子も手伝ってー」


「しゃーないな」



 パレット代わりの段ボールにぶちゅっと大量の絵の具を出して、紙コップに入れた水で溶かして色を作っていく。普段は中々しない作業に、文化祭の準備感を感じでワクワクした。



 みんなが筆を持って、絵の具に筆先をつける。そして、無地の段ボールを彩っていった。10人以上が同じ作業を行う。これこそクラスの強力と言えるだろう。全員ではないけれど。



 夢中になって色塗りをしていた時だった。締め切っていたはずの扉が再び音を立てて開き、共にビニール袋が擦れる音が入ってくる。



「みんな頑張ってるか?」



 一斉に振り向いた先で視界が捉えたのは、3年生の2組に所属する舘山たてやま先輩。手に持つ幾つもの袋は、結露のせいか水が滴っている。



「先輩!急にどうしたんスカ?」



 同じ部活であるかいの声に、舘山先輩はにやりと笑った。




「実はな、差し入れを持ってきたんだ!」


「えっ!!」


「マジですか!?」



 差し入れ。その一言に、疲れが溜まっていたクラスメイトの表情が一気に明るくなる。その瞬間を待っていたのだろう。舘山先輩はこの上なく満足そうな笑顔で袋の中からアイスを取り出した。果実が描かれたよく見るその箱を目にするなり、歓喜の声は一層高まる。



「一人一本ずつだぞ」


「「はーい」」



 みんな嬉々として先輩からアイスを受け取った。もちろん私も。甘い葡萄味のアイスは下の上でとろけて、この上ない幸福を与えてくれる。アイスという秘密兵器は、クラスメイトの元気を取り戻させた。



 名残惜しい気持ちを残しながらゴミを捨て、再び作業に取り掛かる。「俺も手伝うか」と筆を取る舘山先輩は、最早神様に見えた。



 和気藹々としながら文化祭の準備をする。大変ではあるが、青春らしいじゃないかと、私は頰が綻んだ。



 日常はあまりにも平和で、賑やかだ。こんな時間が続けばいい。いや、ずっと続くんだ。心の底からそう思った。



 ──教室の扉が、勢いよく開けられる前までは。

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