黒い呪い

落差

一輪目

丘の上で、黒い男の子と出会った。

一輪の黒いお花を手に持ち、静かに佇んでいる姿は、私よりずっと大人びて見えた。

一面に緑が生い茂る中、私はその子の黒い肌の色が不思議で仕方なかった。

思うままに、口を開いた。

「どうして私たちと違って、お肌が黒いの?」

反対に、男の子の口はすぐには開かなかった。探りを入れるように私をじっと見て、その間に花びらを一枚ちぎった。

「どうしてお花ちぎってるの?」

男の子は私から視線を逸らして、ゆっくりと口を開いた。

「君とは、違う国で生まれたから」

ひとつめの質問に答えたのだと、理解するのに数秒かかった。それでも私は嬉しかった。

「お花をちぎってるのも、違う国で生まれたから?」

また、黒い手によって、花びらが一枚舞った。

「これは、占い」

「うらない?」

「人の気持ちを当てたり、予想できる」

「お花をちぎって?」

男の子は黙って頷いて、3枚目の花びらをちぎった。

「もうわかった?人の気持ち」

「まだ」

「誰の気持ちを知りたいの?」

答える代わりに、花びらを落とした。しばらく待ってみようと思って、黒い肌の横に腰を下ろした。

花びらが落ちていくにつれ、黄色い何かの姿が現れた。黒の中でやけに目立つそれに私は、綺麗ね、と呟いた。

「これが気持ちを教えてくれるの?」

「違う」

「じゃあ、」

「気持ちを2つ交互に繰り返しながら花をちぎって、最後にちぎった花のときに言ったほうが、その人の気持ち」

最後の花びらが落ちた。

「誰の気持ちがどうだったの?」

男の子と目が合う。最初に目を合わせた時は違う視線だ、と思った。

「君は、悪い人じゃないみたいだ」

一瞬、何を言っているのかわからなかった。

「それ、気持ちじゃないじゃないの」

失礼だと思った。でも、嬉しい気持ちの方が、ずっとずっと大きかった。


聞きたいことがたくさんあったけど、用事があって私からお別れをした。また明日ここで会おうね、と約束をした。男の子は頷かなかった。でも、多分来てくれるだろうな、と思った。

夜、ママにお話をした。ママがいつものように笑って、良かったわねと言ってくれるのを期待して。

「今日ね、黒い肌の男の子と会ったの、それでね」

思わず口をつぐんだ。

ママが笑っているどころか、皺を寄せた険しい顔をしていたから。

「黒人と会ったの?」

口を開けなかった。

ママは大きくため息をついた。

「もう会っちゃダメよ」

「どうして?」

「黒人は私たちとは人種も言語も何もかも違くて、異質なの。私たちの方が高等で、彼らは下劣。そうきまってるのよ。私はね、黒人は呪われてるんだと思うの。だからこうも私たちと違うのよ」

ママが使う言葉は私には少し難しいものが多かった。でも、今まで見たことがない表情のママに、どういう意味なのか聞き返すことはできなかった。

ひとつだけ、言語が違うってところはママが間違っているとわかった。だって、私は黒い男の子とお話しすることができるから。

だから私は、ママも間違えることがあるんだな、とどこか不思議な気持ちになった。

だから私は、明日も会いに行こう、と思った。


それから毎日、丘の上で男の子と出会った。

長い時間居れることはなかったけど、私たちは少しずつ仲良くなった。

2日目に、もう一度うらないを見せてもらった。ママに言われたこととか、黒人が呪われてるだとかが一瞬頭をよぎったけど、これはきっと言わない方がいいんだと思った。

3日目、お花について教えてもらった。チョコのような甘い香りがした。

4日目、男の子が2つお花を持ってきた。ひとつは私に渡してくれて、私は初めてうらないをした。男の子も悪い人じゃなかった。

5日目、お花が咲いている場所に連れていってもらった。丘の反対側を少し下ったところだった。

6日目、男の子に草冠をあげた。

7日目、男の子がお花を花束にして渡してくれた。

8日目、男の子が初めて笑った。


10日目、私は男の子にどうして昨日来なかったのか聞いた。答えることはなかった。

11日目、雨が降った。男の子に会いに行けなかった。

12日目、チョコを持っていった。お花と匂いを嗅ぎ比べてみると、お花は思ったよりもチョコではなかった。

13日目、男の子は開口一番、もう会えない、と私に告げた。


14日目。

「引っ越すことになった」という男の子の言葉と悲しげな表情を胸に、1人でお花が咲いている場所に向かった。お花を一輪手に取る。

うらないたいことはもう決まっていた。

「私は男の子のことが、」

嫌い。

好き。

嫌い。

好き。

嫌い。

「好き」

そう呟いて初めて、自分が泣いていることに気づいた。

涙を拭うと、嗚咽が漏れた。6枚の花びらでするこれが、うらないでもなんでもないことくらいもうわかっていた。

共通点が少ない彼に、私はもう2度と出会えない気がしていた。彼の絞り出した声と表情も、そうであることを表しているようだった。

男の子が「雄しべ」と教えてくれた、黄色の部分のみの花を胸に抱いて、やっぱりママは間違っているんだって思った。

黒人は私たちと違ったりなんてしない。私たちより下でもないし上でもない。

黒人は呪われてなんかない。

呪われたのは、私だ。

黒い男の子に黒い花でかけられた、黒い呪い。

呪われていたいと思った。このままずっと男の子が好きで、一瞬も忘れることなくすごしたいと思った。男の子の存在を、無かったことにしたくなかった。

雄しべだけになった花を持ち帰って、呪いの象徴にすることにした。黒い花を持ち帰るとママに疑われるかも、と思ったから。

もう一度目を拭って立ち上がる。振り返って、一面の花を見下ろした。

もう2度と、ここに来ることはないだろうと思った。

黒い花の揺れが止まるのを見届けてから、丘を登って、下った。

空は青く、

地面は緑で、

黒なんてもうどこにもなかった。

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黒い呪い 落差 @rakusa

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