実の母親にオレオレ詐欺と間違われた男

丸子稔

第1話 久しぶりに実家に電話したら……

 新聞を開くと、今日もまたオレオレ詐欺の記事が載っている。

 二十年程前から始まったこの詐欺は、これだけ新聞やテレビで報道されているにもかかわらず、未だに終息する気配はない。

 狙われるのは主に老人で、その中でも特に一人暮らしの者が数多く被害に遭っていた。




 二十歳の時に母親と大喧嘩をし、家出同然に家を飛び出した私は、なんの当てもないまま東京へ行きました。

 東京で少し落ち着いてから一度電話したきり、私は三十年間まったく家に帰っておらず、電話すらしていません。

 幼い頃両親が離婚し、母一人子一人で育ってきた私は、最近になって高齢の母親のことが気になり始め、連絡をとりたいと思うのですが、なかなか勇気を出せないでいました。

 そんな中、新聞でオレオレ詐欺の記事を読んで、私の頭の中にある考えが浮かびました。


(そういえば、母さんは昔からそそっかしいところがあったな。まさかとは思うが、オレオレ詐欺に遭っていないだろうな……そうだ! これをきっかけに連絡してみよう)


 思い立ったが吉日とばかりに、私はさっそくスマホに登録している実家の電話番号に電話を掛けました。

 三十年振りということもあり、心臓が飛び出しそうになるほど緊張しながらコール音を聞いていると、程なくして女性の声が聞こえてきました。


「はい、丸子ですけど」


 久しぶりに聞いた母親の声は、当然のことですが、前より老けているように感じました。

 私は母親が生きていたことに内心ホッとしながら、「俺だけど、誰だか分かる?」と、訊ねました。


「いえ。まったく分かりません」


 はっきりと言い切った母親にショックを受けながらも、私は毅然とした態度で「俺だよ。息子の稔だよ」と、言いました。


「稔? 確かに稔は私の息子ですけど、あなたは稔ではありませんね」


「えっ! いや、俺、稔だよ。長いこと俺の声を聞いてなかったから、忘れちゃったのか?」


「いいえ。あなたは稔ではありません。だって稔だったら、自分のことを俺だなんて言わず、わしと言うはずですから」


 とんちんかんなことを言う母親に恐怖を覚えながらも、私は心を落ち着かせて対応しました。


「確かに、広島にいた頃はわしと言ってたけど、俺は東京に来てもう三十年になるんだよ。いつまでも自分のことをわしと言うわけないじゃないか」


「いいえ。そんなこと言って、私を騙そうとしても無駄です。あなたは稔の名前を語る別人です。つまり、これは詐欺ですよね。もうあなたと話す必要はありません」


 母親はそう言って電話を切りました。

 私は久しぶりに母親と話せたことと、彼女に息子だと気付いてもらえなかったことと、そそかしかった彼女がずっと毅然な態度だったことが複雑に絡み合って、なんとも言えない妙な気分になりました。


 

 翌日、私は再び実家に電話しました。


「はい、丸子ですけど」


「わし稔だけど、分かる?」


「あなた、昨日電話してきた人ですよね。昨日私が、稔は自分のことをわしと言ってたと指摘したものだから、今日はわしに変えたんでしょうけど、それで私が騙されるとでも思ってるんですか? 今から警察に連絡します」


「ちょっと待ってよ! じゃあ、今から俺の言うことを、よく聞いててよ。親父の名前は博司で、飼ってた犬の名前はバロン。そして、母さんの得意料理は肉じゃがとハンバーグ。どう? これで俺が稔だってことが証明されただろ?」


 警察という言葉に危機感を持ち、捲し立てながら訴えると、母親は少し間を置いた後、おもむろに喋り始めました。


「分かりました。あなたがあくまでも稔と言い張るのなら、こちらにも考えがあります。今からある人と替わりますから、少しお待ちください」


「ある人? ある人って誰だよ!」


 一体誰に替わるのだろうと、ドキドキしながら待っていると、程なくして受話口から聞こえてきた声に、私は愕然としました。


「もしもし。わし、稔だけど、あんた一体何者だ?」


  了

 




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実の母親にオレオレ詐欺と間違われた男 丸子稔 @kyuukomu

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