第33話アリシア・ザレム

八神一真の本星、惑星アステリオンにほど近い宇宙。アステリオン軍に入隊した新兵、パイロット訓練生の訓練中の出来事だった。




6機編隊で敵機に見立てたゴム製魔装騎兵を相手に射撃訓練や隊長相手に模擬戦などを行っていた。




訓練生の搭乗する機体は『残月』と呼ばれる機体。訓練機として使われるがアステリオンの主力機であり、帝国でも名機とされる機体を技術士官のニア・ニーイ・ニージルズ中尉によって改良、改善されている機体でだった。




ペイント戦で実弾が使われることはないが、被弾すれば赤い塗料が着弾し機体に汚れができる。その汚れ、ペイントの掃除をするのは当然新兵の仕事となる。




なかなか取れないペイントを人力でモップと洗剤でひたすらごしごいと洗うのだ。重労働である。ドローンや掃除用ロボットにやらせれば一番楽に効率よく速く終わる仕事を一々ペナルティーとしてやらせるのだから新兵はやりたがらない。やらずにすむ方法は被弾しなければよい。ただそれだけなのだがそれが難しい。




熟練のペイロットである教官から被弾しない新兵などまずいない。




だが彼女、アリシア・ザレムは違った。若干15歳で才能を発揮し、隊長機撃墜を成し遂げた逸材であった。


長いピンクの髪をサイドテールに結び、小柄な少女ではあるが戦災孤児で、15歳というと一真の星では義務教育を受ける年齢ではあるが、彼女は学園都市が出来る前に軍に入隊した。軍に入れば衣食住が約束され、必要な勉学、高度な施設による肉体強化も無料で行えるのである。




彼女は食べるために軍に入ったのである。




普段の彼女は、口数が少なく性格も基本的に無表情ゆえよくわからず、つかみどころのない少女で、かといって寡黙というわけでもない。マイペースでよく野良猫と昼寝をしている姿がよく見られる。




訓練が終わりドッグに収容される機体の中で唯一、被弾ゼロの彼女はそのまま自分の部屋に戻る。


他の新人が、清掃道具を持ちだし掃除を開始する中。




それをねたみ、彼女に嫌がらせをしようとする候補生もいたが、彼女は力づくで黙らせてしまった。その時の彼女の無表情のまま組み伏せる姿にその場にいた者はそれから彼女に近づく事もなくなった。




「きっとあの娘は無表情のまま人を殺すんだろう」


そう言われて…。




「よっアリシア。今日も被弾ゼロか?すげーなぁ 俺なんか一発もらっちま;ってよぉ」


そんなアリシアに気軽に話しかける飄々とした男がいた。名をレノ。彼も戦災孤児で食べるために軍に入った。オレンジ髪に染めた短髪に細めの目つき。明るく誰とでも打ち解ける性格で、隊内での評判もまた操縦技術も高く評価されている。




ふぅっと一つため息をつくアリシア。


「今日の訓練は?」


レノとは隊が違うので。訓練時間も違う。




「俺の隊は明日だよ。なっこれから飯?だったら一緒に食わね?」




「今日はいい…予定があるから」




「あっもしかしてこっち?」


レノが懐から何かチューブのような物を取り出した。




猫がまっしぐらになるチューブである。猫と仲良くなりたい人必見、なぜかそれを出すだけで猫がよってきて夢中になる猫用のエサであった。


「……」むぅっとほほを膨らませるアリシア。


なぜわかったのか?。彼女は自分の行動が読まれて不満だった。




それから新人達を乗せた駆逐艦が宇宙ドッグに寄港したのは一時間後の事だった。


本日の予定を終えた訓練生達のプライベートの時間である。それぞれ遊びに行く者、買い物に出かける者、自習をする者様々であった。


アリシアは野良猫達の住処に足を運ぶ。勝手についてきたレノと共に。




どこにでもある空き地で。猫達の憩いの場であった。


「にゃははは。やっぱすげーなこれ ホント何はいってんだろ?麻薬でも入ってるのか?」


猫がまっしぐらなチューブを取り出し猫に囲まれるレノ。




アリシアはそんなレノを無視し。猫たちにエサをやっている。




彼女の横顔は普段みせない笑顔をしていた。




「なぁ アリシアはエースを狙っているのか?」




成績優秀で一真の直属の第一艦隊に所属する事が出来ればエリートコースである。出世街道まっしぐら。それは彼ら、新人達の目指す所である。




「興味ない…ご飯が満足に食べれればそれでいい」




戦争で親を失い、頼るべき者がなく生きるためにゴミを漁る。お風呂にも入れず汚れや匂いで汚く、虫が自分にたかる。そんな日々はもうごめんだ。


一時、戦災孤児を預かる施設に…名もなき女神を崇める教会に保護されたが、そこでも満足に食べる事はできず、いつもお腹をすかせていた。




その内、領主が代わり、星がいい方向に向かった。周りの大人たちが明るくなり、みんなが働き始め、景気が良くなるとどんどん荒廃していた街が大きく豊になっていった。


まだ子供だった自分は教会から出て、軍に入隊した。満足に食べれると聞いたから。




「オレはエースになりたい。領主様のように…あの人はすげーよ!勇者だし、こんな星をあっという間に強く豊にしたし!」




魔王を討伐した勇者、子供達が憧れる存在に今や一真はなっていた。


一真は興味もなく、知らないのだが、マスコミは報道などで一真を絶賛する報道を行っていた。




一真が勇者となり、魔王を討伐するテレビドラマも制作されている。かなり偏向されたもので一真が見れば「誰これ?」なイケメン俳優が一真役を演じている。視聴率トップを取っていて第二クールも決定している。




普段テレビを見ない一真がこのドラマを見れば即放送中止を行うだろう。昔、自分で編集しテレビ各局に自身の活躍を送ろうとした男がである。


さすがに恥というものを知ったのかもしれない。




「あなたならなれると思う」




ぽつりとアリシアは言った。




「だろ?もちろん俺がなれるんだから、アリシアもなるだろ」




「興味ない」




惑星アステリオン 国防総省本部 軍の中枢に訓練候補生教官のミア・ハーネは候補生の資料をまとめ、機動装甲騎隊隊長の紫藤純佳中佐に意見を求めた。




ミア・ハーネは階級は大尉。機動装甲騎の操縦も一流で、その腕を買われ他の惑星からスカウトされてきた。貴族の私兵として働いてきたが軍の腐敗と仕えていた貴族の横暴に嫌気をさしていた事もあり、待遇の良さも気に入りアステリオンにやってきた。




長い赤い髪を後ろでまとめ鍛え上げた体には無駄なぜい肉がない軍で生きて来た女性である。




「面白そうな新人が出て来たわね」


純佳はアリシアのデーターを見てそう感想を述べた。




「はい、近い将来アリシアは私を超えるでしょう。天才という言葉を軽々しく言いたくはありませんがあれは天賦の才を持っているかと…ただしそれは個人のものであり、隊を組んでの戦闘ではチームワークが欠けております。」




「あなたはそう評価するのね…あの子とどっちが…」


ぽつりとなにかを呟く純佳。聞き取れずなにか?と聞くミア。しかし純佳はなんでもないわと答えた。




「このレノという候補生もいい腕をしてるわ」




「はい。アリシアほどではありませんが、第一艦隊に所属してもよろしいかと…」




一真直属の第一艦隊には精鋭が集まる。だが、他の艦隊にもそれぞれ成績優秀者が配属される。


それぞれの艦隊は提督である指揮官の性格がよく出る、例えば第二艦隊司令のアーシェの艦隊は艦隊による長中距離の砲撃による戦いを得意とし第三艦隊司令のティアの艦隊は近距離攻撃と機動装甲騎による攻撃を得意としていた。




「このまま進めて頂戴。最終的判断は私がします」




「はっ!」




候補生訓練最終日。


ペイント弾による模擬戦が最終日に行われる。小隊での訓練ではなく、候補生全員参加での合同となる。




参加人数120名  60名に分かれての戦闘となる。


アリシアの乗る機体、残月は重装備型であり中長距離支援タイプであった。


接近戦も得意だし、機動力を生かした高速戦闘もできるアリシアではあるが重装甲と装備によるフルバースト攻撃が彼女はなにより好きだった。




宇宙空間で空母から発艦するアリシア。Gがかかり眼下に宇宙がモニターから広がる。全周囲モニターで宇宙空間にぽつりと自分が放り出される感覚に陥るがこれに混乱する者もいるが慣れている者には気持ちのいいものに感じる者もいる。




後から出撃してくる機体と合流し、編隊を組む。




隊長を務める訓練生から指示が出され訓練開始時刻まで待機となる。


モニター越しに見る敵機。さすがに60機もの敵は圧巻だ。だが実戦ではこれ以上の敵とそして戦艦が並び敵機との命のやり取り、ドッグファイトを繰り広げるのだ。




アリシアは目を閉じその時を待つ。


ペイント弾を使用しての戦闘とはなるが実戦を想定しての訓練となる。


この最後の訓練で各々の最終評価なされ配属先が決まる。怪我人は続出するし最悪は死亡もありうる。


皆必死に戦うのだ。




コックピット内にタイマーが表示され、訓練開始の時刻となる。隊長機から戦闘開始の号令がなされる。


アリシアは操縦桿を握り、ペダルを深く踏み込む。バーニアが火を噴き速度を増していく敵機も同じように距離を一気に詰める。




射程に収めるとアリシアは敵機をロックし肩に積まれたキャノン砲を撃つ。振動が体を包む敵機にペイントが着弾する。


味方機がアリシア機を置いて先に進む 近距離に特化した機体達だ。中長距離支援機はアリシアと同じ位置で砲撃を行い始める。




敵機からも同じように砲撃が開始され。次々とペイントが着弾する。


アリシアは敵機からの弾丸の雨をかいくぐり、確実に敵機を撃墜していく。




混戦状態となり。敵味方入り乱れての戦闘になる。


接近戦になり、ビームサーベルを模した模造刀でつばぜり合いをする者や、連携を取り、見事に敵機を撃墜する部隊。様々な光景がなされていった。




「アリシア俺の援護に回ってくれ!」


レノからの通信であった。




見ると敵味方識別信号でレノもこちら側のようだ。




「私の邪魔にならないなら援護してあげる」




「了解!」


一時間後、終了の時刻となった。アリシアもレノも被弾せず生き残った。




「訓練終了全機帰投せよ」


空母からの連絡が入り、それぞれ帰投していく。




「意外と楽勝だったな」


レノからの通信だった。彼は被弾せず生き残ったのが嬉しいようだ。




レノは気づいているのだろうか?それがアリシアの絶妙な援護のおかげであると…。


結果としてはアリシア側の部隊が勝利を収めた。この模擬戦の戦績と今までのデーターを合わせ、それぞれの艦隊に所属となる。




皆、不安と希望を胸にどこの所属になるのか国防総省本部からの辞令を待つのだ。




その時。全回線チャンネルに通信が入った。軍の秘匿回線ではなくそれは民間のものであった。




「誰か助けてくれ!こちらは貿易船ラプラス 現在我らは海賊の襲われている!繰り返す救援求む!」




「海賊だって!?」


レノが驚く。


通信を逆探知するとこの宙域からさほど遠くない場所で襲われているようだ。




一真が領主になってから海賊の被害は少なくなっていた、アーシェヤティアがいい練習相手として掃討していたからだ。


だがどこからか湧いてくる宇宙海賊である。潰しても潰しても出てくるのだ。


安全な航路であっても運悪く襲われたのだろう。




アリシアは自身の機体の残りエネルギーを確認した。


必要最低限の動きで確実に敵機を仕留める戦法を取っていたため機体のエネルギー残量には余裕がある。




アリシアは即断した。


アリシア機は母艦には帰投せず。救援信号のあった場所に向かった。




「アリシア! おい待てよ!」


レノも付いてくるようだ。




「アリシア候補生、何をしている!」


母艦から通信が入る。


「救援に向かいます」




「バカを言うな!そんな命令は出していない!すぐに戻れ!商船の救援には本部に通達済みだ!すぐに部隊が派遣される!戻れ!大体実弾も積んでないのにどうやって戦うつもりだ!」




だがアリシアは通信を切り、商船救援に向かってしまう。




「あぁ やばい。 これって完全な命令無視だよなぁ。怒られるってか軍を追い出されるかも!」


レノから悲鳴が聞こえてくる。


「ついてこなければいい。別に頼んでない」




「るせー!俺がそうしたいからついていってやるんだよ!」




変な奴…アリシアはそう思いながらも少し口元が緩んだ。


ほどなく商船をミニターが捕らえた。


あちこち被弾しているがなんとか航行できている。海賊船が後方にいてレーザーを放っているようだ。


商船も武装をしているようで攻撃しながら逃げている。




海賊達は機動装甲騎を繰り出し遊ぶように商船を攻撃している。撃沈しては中の荷も手に入らないので航行不能に至るまでダメージを与えていく。




彼ら海賊の機動装甲騎は正規のものではなくあちこちのパーツをつぎはぎした機体でそのため性能が不明な点が多い。


だがそのほとんだが粗悪なジャンクパーツで構成されてる事が多い 安価で済むためだ。




近くまで来ると海賊達の通信が傍受できる。これも秘匿しておらずオープンチャンネルのようだ。


「ひゃははは 久しぶりの獲物だ!絶対逃がすなよ!」




「女ァ!女だ 女がいたら殺すなよ!」




「お頭飢えてるなぁ まぁ最近は女提督に追い回されてるからなぁ。鬱憤がたまってんだろ」


アーシェかティアの事だろうか?。


彼ら海賊は彼女らに追い回され、悪夢に感じてる者もいるという。




アリシアは操縦桿を強く握りペダルを強く踏み込んだ。




「おらおらおら!止まりやがれぇ! 今なら優しく殺してやるぞぉ!」


商船に攻撃しながら海賊は叫ぶ。


「ひゃっひゃっひゃっ!」それじゃー止らねーだろ 男は奴隷にして売り飛ばして女は俺らが頂くって言ってやれよ!」




「それでも止まらねーだろ」




「ちげーねぇ」


笑い声が辺りに響く。




だがその時、モニターが真っ赤に染まり何も見えなくなる。


「あっ?なんだこりゃ?」


次の瞬間、激しい衝撃が海賊を襲う。あまりの衝撃に意識を失う海賊。




アリシアがペイント弾をカメラが集中する頭部に打ち込み、加速いっぱいに足で飛び蹴りを放ったのである。


「おっおいなんだありゃ?」


だがその言葉を最後にもう一人の海賊は絶命する。


アリシアが海賊の持っていた銃を奪い、射撃したのである。


右手にペイント弾、左手に実弾を持ち、混乱状態の海賊に襲いかかるアリシア。


浮遊する銃を拾いレノも攻撃に参加する。


残骸になった敵機から武器や弾薬を拾い集めながら。




「レノ、弾」


弾薬交換を素早く行い、襲い掛かる海賊に対処する。




「お前も自分で集めろよ!」




「暇があったらやる」




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