第30話アークトゥルス星域会戦3

「いやぁ 助かりましたぞ さすがはアーレンベルク殿」




右翼を率いていたウラッハが総旗艦に到着していきなりアーレンベルクを褒めたたえた。


彼としては失態を少しでも軽くしようと、ごますりをしようとしたのだろう。




「憲兵、この者を連行せよ 罪状は軍律違反だ。戦闘終了の後、軍事法廷で裁かれる」




「なっなにを!?」


憲兵がウラッヘを取り囲む。しかし彼は憲兵の手を振りほどく。




「えぇい離せ無礼者!儂を誰だと思っている!下賤の者が儂に触れるでない!」


「軍律違反だと?貴族の権威にそんな物どうでもいいわ!兵が儂のために死ぬなど当然!むしろ光栄に思うがいい!」




そこまで言うとウラッヘはアーレンベルクに襟首を捕まれそのまま持ち上げられた。


「ぐっぬぐぐっ」




「貴様の愚かな行いのせいでどれほどの犠牲がでたか…できる事ならこのまま絞め殺してやりたいわ」


片手で持ち上げる拳に力が増す。襟首が締まり、このままでは絞め殺してしまう。


「アーレンベルク男爵」




ふとシドの声に我を取り戻し、アーレンベルクはウラッヘを離した。


「げへ ごほごほっ!」




己の足元にいるウラッヘを見据えるアーレンベルク。その眼光は野獣の極であった。


「ひっ!」




「連れていけ」


憲兵によって引きずられながら艦橋を出て行くウラッヘ男爵であった。




「取り乱しました…お許しを」


シドに向かい深々と頭を下げるアーレンベルク。




「いや…それより…」




「はい…今後の事でございます…」




損傷した戦艦の修理と軍の再編、補給が行われ、手薄な後方に再び機雷を十万個設置が行われる中、軍議が開かれた。




皆、それぞれ表情は暗く、重たい雰囲気に包まれていた。




「敵にもある程度の損害は与えました。がっ全体の優位は動かず、こちらの損害も大きい」




なによりも必勝の策を使ってしまった。取れる手は…。




「和睦…でしょうか」


どこからか声がでる。 だが皆がそれしかないと感じていた。




だが和睦と聞こえはいいがこの状況での和睦は敗北を意味する。




「いや…和睦はあり得ない」


アーレンベルクが強く発言した。




「アーレンベルク男爵?」




「なによりあのヴェルナーがそれを許さないだろう」


確かに…あの次男の事だ。和睦を提案しても拒否してくるだろう。よくて和睦してもこの場にいる全員の首を要求してくるかもしれない。




「やはり小惑星帯を隠れ蓑にし、敵の攻勢の限界点を待つしかない。幸いなことに補給線はこちらの方が短い」




アークトゥルス星域の近くの惑星はこちらの支配下にあり補給線は敵の方が長い。補給を絶てればこちらにも勝利の目が出る。




減った戦力は無人の迎撃衛星などを利用する。惑星周りに浮遊し、隕石などを迎撃するために作られた軍事衛星なのだが、ないよりましである。




旗艦にて今後の方針が定まる頃、後方に控える病院船には負傷した兵や騎士が次々と運び込まれていた。


あちこちから呻き声が聞こえベッドには入りきれず廊下で医療を受ける者もいる。


医師の指示で看護師がせわしなく動き、手足を失ったものや戦死を遂げた者が運ばれていく。




「先生…俺…死ぬのかな?まだ俺にはやりたい事があるんだ…死ぬのは嫌だよ」


負傷した兵士が医師の手を握り涙する。




「安心しろ…お前さんはまだまだお迎えには早い!」




「腕がぁああ俺の腕がなくなっちまったぁ!」




「やかましい!腕ぐらい新しいの付けてやる!なんならドリル機能もつけてやる!」




「そんなのいらねぇ!」




戦艦のレーザーが敵艦を貫きミサイルが爆発を巻き起こす度に兵士たちが生きながら焼かれ手足を失う。


為政者が戦いを望む度にそんな光景が当たり前に起こるのだ。




シド軍後方、機雷を設置する工作艦を横目に小惑星を改造した即席のドッグがあった。次々と牽引される傷ついた戦艦。


作業員が宇宙服を着て、損傷の激しい戦艦から修復作業に入っている。




「こいつはもうダメだ! 使える部分を取って他に回せ!」




「くそ!少しでいい!休憩したい!」




「こっちは三日不眠不休だぞ!やってらんねぇ!」




「口動かさず手動かせ!」


作業員の愚痴を叱責する整備班長。




「でも班長~」


「泣いても状況は変わらねぇんだよ!プロならやってみせろ!」




「それとも朝まで俺の説教コースがいいか?」


ひぃいっと悲鳴を上げながら作業に戻る作業員達。




『とはいえ…こいつらの言い分もわかるがな…』




一体…いつになったら終わるんだ…この戦いは…。


班長は名もなき女神に早くこの戦いが終わる事を祈った。




ヴェルナー軍も軍の再編を行っていた。




「おのれ!今少しだったものを」




もう少しで勝利を掴めると思っていたヴェルナーは怒りを隠さなかった。




「これで敵はあの小惑星帯から出る事はないでしょう」


ヴェルナーの後ろで腕を組む女がいた。サングラスをかけ、長い青髪、すらりと伸びた四肢に豊満な体を隠すどころか見せつけるような服装、




お目付け役のシェラの言葉にヴェルナーは苛立ちながらも、だろうなと続けた。


この女は要塞で待っているかと思ったが、お目付け役ですので…と付いてきた。目の上のたんこぶではあるが…まぁうるさい小言を言う置物だと思えばいい。


可愛くはない置物だがな…。




可愛くはない置物の小言のせいで一呼吸つき落ち着いたヴェルナーは側近に意見を求めた。


「卿らの考えが聞きたい。どうするべきか?」




ヴェルナーの言葉に一人、打開策を語る者が現れた。




「要は敵軍があの小惑星帯から出てきさえすればよいのです。」




「そんな事はわかっている。それが難しいと言っているのだ」




「いえ…さほど難しい事ではないかと…」




「どういうことだ?」




「はい…それは…」




アーレンベルク男爵は自室で妻と二人の子供達に手紙を書いていた。戦闘中ゆえ双方ジャミングをかけている影響で通信回線を離れた本星に届けることはできず、書いた手紙を報告や戦う事のできない負傷兵を運ぶシャトルと一緒に届けてもらうのである。






手紙の内容は簡単な状況説明と心配はいらないなど簡潔な内容ではあったが、執筆中は妻子の事を想いアーレンベルクは幸せであった。まだまだ幼い双子は喧嘩はしていないだろうか?妻にはさみしい思いをさせてしまってすまないなど…そこには全軍の指揮を執り仕切る指揮官の顔ではなく優しい夫、頼れる父の顔であった。




ふと、物思いにふけていると艦橋から通信が入った。




アーレンベルクは急いで艦橋に上がると状況確認をとる。




それは敵軍が動いたとの事だった。だがその進行方向がこちらではなかった。




大きく迂回し、小惑星帯を通り過ぎようとしていた。




「敵軍の進行方向は予測できるか?」


オペレーターは進路の予測進路を端末に計算させた。


「こっこれは…惑星レダの進路です!」




惑星レダ 人口20万程の小さな惑星ではあるが、アークトゥルス星域の住民がいる惑星である。


しかも付近の惑星にも居住可能の惑星があり、辺境伯の領民が住んでいる。これらは全てシド派の惑星であり、重要な補給地点である。




ここを抑えられられれば、補給もままならなくなり、あっと言う間にこちらが干上がる。




「くそっ!」


アーレンベルクはこの戦いで一番最悪な想定になってしまった事になった。


艦隊を指揮する者の焦りは全体へ広がる。




「アーレンベルク男爵…これは…」


シドが不安そうな声で声をかける




「…これは我らをおびき出すための行動でしょう。彼らを阻止しなければ補給線を失う。出れば数に押し潰される」


アーレンベルクが敵の行動の真意を予測する。


「なんという事だ…」




貴族に動揺が走る。




皆が動揺する中、アーレンベルクは周辺の状況をモニターで見ながら、最善の策を考え始めていた。




シド軍が小惑星帯を大きく迂回し、一路、惑星レダに向け進軍して五日たった。


この戦いが始まってから一か月が経っている。


膠着状態となり短期決戦で終わると思っていたが長期戦の装いになり遠征気分が全体を包み全軍に士気の低下が見られた。ここで絶対的な勝利を兵に味会わせ士気高揚の必要があった。




惑星レダにつけば占領するが恐らく、住民に対して略奪が起こるだろう。兵のうっ憤を晴らすために、ヴェルナーはこれを止めるつもりはなかった。








シド軍が小惑星帯から出てきて、こちらに向かってくるとの報を受けたのは惑星レダまで二週間の距離であった。


強行偵察艦からの報告を受けてヴェルナーは歓喜した。




「ふっはははは 兄貴はここまで愚か者だったとはな!」




こちらの意図などわかってるだろうに、いやそれでも出てくるしかないという事か。


「よぉし!全艦隊反転!迎え撃つぞ!」






両軍が対峙したのは、これより六日後の事で、シド軍5000、ヴェルナー軍12000であった。


数的有利は覆せない。これが戦場の鉄則であった。…だが有史以来、指揮官の能力によって不利な状況を覆した来た前例はいくつもある。




シド軍全指揮権を持つアーレンベルク男爵はこの状況を覆せるのか?。




「恐らく敵は数に物を言わせての攻勢を仕掛けてくるだろう。その猛攻を防ぎきることが出来れば我が軍の勝利も見えてくる」




艦隊が陣形を組み、それぞれの部隊の将にモニター越しにアーレンベルクはそう語った。


最初の砲火が交わったのはそれから四時間後の事であった。




アーレンベルクの予測通り、ヴェルナー軍の猛攻は凄まじく、防御の陣形を取っていても徐々にその数を減らされていった。




「機動装甲騎 出撃せよ!」


ヴェルナー軍から制宇宙権を奪うべく機動装甲騎が出撃する。




「敵機動装甲騎出撃を確認!」


オペレーターからの報告にアーレンベルクもすかさず命を下す。


「こちらも機動装甲騎を出せ!」




巡航艦からの砲撃を高速軌道で避け、機動装甲騎が攻撃を加える。爆散するシド軍巡航艦。




猛獣が獲物を襲い掛かるが如く撃墜していく。だがシド軍の機動装甲騎が現れると一転する。




アーレンベルクが鍛えた部隊であり、ヴェルナー軍の機動装甲騎を次々と討ち取っていく。




「どうやら制宇権を奪うのは難しいようですな」




側近の言葉に苛立ちを思えるもヴェルナーには余裕があった。


「以外としぶとい…」


ぽつりと独り言のようにつぶやくヴェルナー。


「敵も必死なのです…ですが全体の有利は動きません。時間の問題ですな」




戦闘がはじまり、八時間が経った頃、軍の補給と再編のため両軍が共に一時後退した。




このわずかな時間の戦闘でシド軍は3623隻になっていた。損傷が激しく戦闘に耐えるのは3000隻ほどであった。




「閣下…」


副官の言葉にアーレンベルクはこのまま戦闘継続は難しい…と判断した。だが彼は待っていた。一つの報告を…。




そしてその報告は来た。


シド軍とヴェルアー軍が戦闘を開始する四日前、はるか後方、ヴェルナーの要塞から補給部隊が最前線に物資を運ぶべく道を急いでいた。




「ふぁ~っ。」


補給艦隊を指揮する貴族は退屈にアクビをしていまった。




戦闘はアークトゥルス星域の小惑星帯から変更されたとの報告を受けており、補給線がさらに伸びてしまった。


退屈極まりない補給任務ではあるが需要な任務であるには違いないのだ。




「前方より反応あり!こっこれは敵です!」


オペレーターが慌てて報告する。


「なんだと!?」




アーレンベルクが伸び切った補給線を別働隊によって攻撃させたのだ。


油断しきっている所を急襲されて補給部隊は壊滅した。




「補給が受けられないだと!」


この報をヴェルナーが受けたのは両軍が一時後退した時だった。




「補給部隊が攻撃を受けた模様です。」




まずい…これが全軍に知られれば兵達が騒ぎだす…古来より飢えた兵が勝てた事などないのだ。


「そうだ!物資ならこの先にいくらでもあるではないか」




ヴェルナーが言うのは惑星レダから物資を強奪すればよいとこ事を言っていた。




「それは素晴らしい案でございますな!領民は支配する我ら貴族に喜んで渡すでしょう。」


「まさしく!」


「さすがはヴェルナー様」


次々と賞賛の声を上げる貴族達。




愚かな…光景を冷めた目で見ているシェラ。


統治する領民から反感を買うのは必定。たとえこの戦いに勝利してもその後の領地経営に支障をきたすだろう。


そんな事もわからないのか…。いやそんな事はおかまいないのだろう。


領民がデモなど行えば力で潰す。ここにいる貴族達は領民を家畜程度にしか考えていないのだろう。




さっそく別動隊が組織され、惑星レダに向けて高速艦を主軸として派遣された、しかし物資は手に入らなかった。




「物資はない…?」


ヴェルナーは驚愕した。その理由は物資調達部隊が惑星レダに到着した時、領民から驚きの事を告げられた。


シド軍がすでに物資を調達していたのだ。




ヴェルナー軍が惑星レダに進行方向を変えたとわかった時、アーレンベルクはすでに高速艦を派遣し物資を調達してしまっていたのだった。




「おのれぇええ!シドォオオオ!」


この上は撤退か…それとも決戦に持ち込むか…どちらかなのだが当然彼の選択は…。




「全艦隊突撃せよ!飢える前にシドを討ち取る!」




だがシド軍は後退し始めていた。


逃げたのか?いや…これは…ヴェルナーには兄の行く先がわかった。


「小惑星帯に逃げ込ませるな!」




「食いついた! ここからが正念場だぞ!」


アーレンベルクは敵が思惑通りについてきたのを好機と捕らえた。


小惑星帯にはかねてより配置してある10万個の機雷がある。そこに敵を誘導すれば勝機がある!今やこれしか手がなかった。領民にはすまない事をした。勝利の暁には必ず報いる。そのためにも必ず勝利を手にしなければならない!




だがここで誤算が出た。


損傷した艦が多く思いのより後退速度が出なかったのだ。猛追をしてくるヴェルナー軍の砲火に次々と轟沈していくシド軍の艦隊。




「逃すかぁ!」


さらに攻撃を激しくいていく


「くっ!」


なんとか軍を維持しようとするが戦闘の疲れもあり、陣形が崩れ始めていた。




「あっあぁ…」


シドは震えが止まらなくなっていた。あちこちで爆散し光となって消えていく味方。死んでいく…みんな


体が言いう事を聞かない、がちがちと歯が鳴る。失禁してしまいそうになる。怖い怖い怖い。


できればこんな所から逃げ出したい!


頭を抱えてシドは自分の殻にこもってしまった。




「アーレンベルク殿!こちらはもう戦線を維持できん!」


「艦隊の損耗が70%を超えました!」




もはや全滅は免れなくなっていた。アーレンベルクは敵旗艦に通信を開けとオペレーターに命令する。


それは降伏すると伝えるためであった。




苦渋の決断であった。




だがその時。閃光がヴェルナー軍の戦艦を貫いた。激しく爆発しながら轟沈していく戦艦。


「なっなにが起こった!」




ヴェルナーとアーレンベルクは同時に同じ言葉を発した。




全回線に割り込む形で砲撃を行った艦隊の正体が告げられた。




「我が名は八神一真 全艦隊、戦闘を停止せよ 繰り返す、こちらはアステリオン軍。全軍、戦闘を停止せよ」








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