第29話 アークトゥルス星域会戦2
ヴェルナーは旗艦艦橋、指揮官の椅子に座りイライラしていた。戦闘が始まって三日が経った。
数で有利な自軍が敵の第一線も突破できずにいたからだ。
敵は小惑星の影に隠れ、巧みに防御に全力をかける布陣を敷いていた。こちらが攻撃に疲れたとなると岩陰より反撃に転じる。
機動装甲騎を投入し制宙域を確保しようとするも同じく岩陰に隠れていた敵機動装甲騎があちこちからゲリラ戦法をかけ、こちらの被害が増えるばかりだった。
「おのれ!未だに敵の第一陣すら突破できんとは…全軍突撃しろ!」
「おっお待ちください!それではこちらの被害が増えるばかりでございます!」
側近の副官の言葉にさらに苛立ちが増すヴェルナーは副官の襟首をつかみ上げる。
「数で有利の我が軍が負けるはずがなかろう! 艦の体当たりでも潰しあっても我が方が残る!」
もちろんそんな暴論は実行不可能である。そのような命令を下しても味方が従わないからであるし、軍が瓦解する。
「てっ敵は防御の陣で固めており、こちらが疲れるのも待っているのです!すでに会戦して三日。兵の疲労も溜まってきております ここは一旦退き陣形の再編と兵を休養すべきです」
「くっ…おのれ 臆病者の兄貴らしい戦い方よ!」
俺はシドが…兄貴が心底嫌いだった。先に生まれたというだけでなにもしなくとも家を継げる。
そのせいか、兄貴は何をしても本気で打ち込むということがない。俺と勝負をしても必ず最後には俺が勝っていた。
当然だ。手を抜いていたのだから…それに気づいた時から俺は兄貴が嫌いだった。負けてもへらへらしていやがって…その顔を見る度、俺がどれだけみじめな思いをしたか…。
拳を握りしめ一呼吸おいてヴェルナーは全軍に一時後退を命じた。
「おぉ!敵が退いていきますぞ! 追撃をすべきでは?」
シド艦隊では敵が後退する様子がモニターに映し出されていた。それを好機と見て追撃を進言する貴族達、しかしそれを制する声があった。
アーレンベルク男爵であった。
「いや、後退したとあっても 全体の敵の優勢は変わらない。我が軍はこの地形を利用し、かろうじて数の不利を補っているに過ぎない、ここで追撃しても数の不利でたちまち全滅してしまうだろう」
「それに…兵たちも休ませてやらねばな…」
損傷した戦艦の修理に補給、兵たちの休息などとても追撃できる状態ではなかった。
「なっなるほど…確かに」
それら貴族のやり取りを旗艦の艦橋にてシドは黙って聞いていた。モニター越しにそれぞれ今後の対策を練る貴族達…自分はほんとただの神輿なんだなとシドは思った。
膠着状態になった事で全軍が一時の補給と休息をとる事になった。
シドはストレスからくる胃痛に薬を飲んで休もうと艦内を自分の部屋へと歩いていた。
「いつつ…」
即効性の薬ですぐに効き目は表れるがそれまではこの痛みに耐えなければならない。
父上が亡くなって以来、この痛みとも付き合うようになってしまった。できれば縁がないお付き合いにしたいものだ…とシドは腹を抑えながら歩く。
ふと声が聞こえた。兵達が話しているようだ。休憩所か…各々で食事や休息をしているがその中で、六人がなにやら楽しそうに話している。シドは思わず聞き耳を立ててみた。
「ヴェルナー軍たって大した事なかったな!俺は敵機3機撃墜だぜ」
「俺は戦艦落としたぜ」
「このまま勝っちまうかもな」
「いや…そう簡単じゃないだろ」
「そうだな…まだ始まったばかりだ…こっちにも犠牲は出てる」
見ると奥で今日、戦死を遂げた仲間を悼む兵達がいた。
「ちっ辛気臭ぇ 今日の勝利に水差すんじゃねーよ」
そう言った兵は手に持った酒を煽る。
「ちょっと待機中は酒は禁止のはずよ」
「けっ!どーせ敵が攻めてきたら薬で酒精ぬけるんだからいいじゃねーか」
酒精を一気に抜く薬もあるが、当然戦闘待機中の飲酒は軍律に違反する行為である。
だが全軍の兵士が全ての軍律に従っているかというとそんな事はない。
「そうだ!賭けしようぜ」
「賭け?」
「長男と次男どっちが勝つか」
「おい…さすがにそれは…」
「勝ちが右 負けが左な」
言い出しっぺがテーブルの右側に金を置く。 そうなると次々とそれを聞いていた兵達が金を置いていく。
「んっ?おいなんだこりゃ?負け確定か?みんな死ぬつもりか?」
見ると、どうやら負けの方に金が置かれているようだ。
「いやいや皆自分だけは生き残るつもりだろう。初戦は勝ったけど…数が違うからなぁ…まっ負けそうになったら逃げるさ」
どっと笑い合う兵達。
その光景を見てシドはまた胃が痛くなるのを感じた。
上級士官や貴族達にも待機所がある…というよりラウンジのような造りになっており、静かなリラックス効果のある音楽が流れており、ビリヤードなどの貴族が楽しめる施設になっていた。
貴族達はその中で各々酒を煽っていた。
「初戦はなんとか勝利したが…問題はこの後だな」
「ヴェルナーの性格を考えるならば、苛烈な攻めを行ってくるだろう」
「防御に主体を置くのはいいが、それでは勝利を掴むことはできないだろう!」
「アーレンベルク男爵は消極的すぎるのではないか?」
アーレンベルクの知勇や人望に妬みを持つ貴族もまた多かった。
あの者より自分の方がうまくやれる!と思う者、やり方が気に入らない者、もしこのまま勝利して、アーレンベルクに大きな顔をされては…と考える者もいるのだ。
「どうです?次の戦闘では我らだけで打って出るのは…?」
「いや…しかしそれは軍律違反ではないか」
「勝てばよいのです…なぁに、私から他の貴族にも話をしてみます」
にやりと笑う貴族達。
五日後自軍の陣形を整えたヴェルナーは速攻に転じ、シド軍に襲い掛かった。
「迎撃せよ」
一方のシド軍はアーレンベルク男爵の号令により迎え撃った。
やはり初戦よりもより攻撃に特化した戦い方をしてくるヴェルナー軍。
だが小惑星帯を巧みに隠れ蓑に使うシド軍を突破できない。
だが今回は機動装甲騎を投入せず戦艦による長距離砲撃に集中していた。
大した被害は両軍に出ず。無駄弾を撃つ状況になっている。
戦闘開始から五時間が経過した頃、オペレーターから報告が上がった。
「てっ敵艦隊後方に現れました!」
ヴェルナーの別動隊が後方より現れたのだ。
「こちらは陽動か」
ヴェルナーの艦隊五千が敵に気づかれないよう戦場を大きく迂回し、後方に現れ、本陣を急襲しようとしたのだ。
「シドの旗艦を集中砲火を浴びせろ!」
「手柄は我らのものぞ!」
このまま直進すれば敵本陣に吸収できる!そうなれば勝ちは確定だ!ヴェルナー派の貴族達は勝利を確信していた。
だがっ突如自分たちの艦が大きく揺れた。
次々と爆発が起こり轟沈していく味方艦。
「なっなにが起こった!?」
「こっこれは…機雷です!」
原子融合機雷と呼ばれる物で、敵戦艦の熱に反応し誘導され爆発する仕組みで、アーレンベルクは後方をこの機雷群で固めていた。
また小惑星に潜ませていた伏兵による急襲で敵艦隊を攻撃し、散々に打ち取られ五千の艦隊は半分にも減らされ撤退してった。
「手薄な場所をそのままにするわけがなかろうに…」
アーレンベルクは敵が撤退した光景を眺めてそう言葉にした。
敵本隊も後退を開始した。
「やったぞ! アーレベルク男爵万歳!」
「はっはっはっこれは爽快だな!」
歓喜に包まれる艦橋。
しかし、ここで意外な事が起こった。
「味方右翼が前進して行きます」
「なに?」
見ると右翼がどんどん前進を始め敵を追い始めた。
右翼には貴族を中心とした艦隊であった。つまりアーレンベルクに反感を持つ者が多くいる艦隊である。
「止めろ前進命令はだしていない」
オペレーターがすぐに右翼に停止命令を出す。
「停止せよ!前進命令は出てない!繰り返す前進命令は出ていない!」
だが返答は帰ってこなかった。
「ばかめ!」
初めてこの戦闘でアーレンベルクは声を荒げた。
右翼二千の軍が前進し、敵艦隊を追撃に転じた。自らの小惑星帯という鎧を捨てて。
「あの…ウラッハ様本隊から停止命令が出てますが…」
ウラッハ男爵、反アーレンベルクの代表のような男である。
ウラッハはふんっと鼻で笑うと、無視しろと続けた。
「アーレンベルクの小僧の言いなりなど我慢ならんわい」
「しかし…」と側近が言うが、ウラッハは無視する。
「軍旗違反が怖いか?ふん!そんなもの我らがヴェルナーの青二才の首を取ればいい事よ!」
「恐れるな!このまま前進せよ!」
だがウラッハ男爵が見たのは逃げる敵艦隊ではなく、砲撃準備を終えた敵艦隊であった。
敵本陣は背を向けて後退したのではなくこちらに正面を向けて少しづつ後退していたのだ、敵に背後を突かれるのは一番やってはいけない事なのだから…。
「あっ」
敵の砲火が右翼に襲い掛かった。今までにうっぷんを晴らすように熾烈に光線は戦艦を貫き、ミサイルは群れを成して艦隊を爆散していった、
「あぁ ああぁあ!」
みるみる内に減っていく自軍に困惑の顔を隠せないウラッヘ。
「どうやら愚か者は敵にもいたようだな」
敵が小惑星帯から出てきた時は我が目を疑ったが、ヴェルナーはこの愚かにも出て来てくれた敵に感謝した。
今までの苛立ちを晴らす絶好の供物だと…。
「敵本隊も出て来てほしいものですが…」
側近の発言にヴェルナーは答える。
「そうなれば一気に決着がつくから楽なのだがな」
笑みを隠さずこの状況を楽しみ始めた。
「そうだ!全軍に通達せよ。攻撃の手を緩めよ…とな」
「ヴェルナー様?」
「卿の案を採用しよう…敵本隊が出てきやすいように…敵右翼をいたぶるのだ」
「はっ!しかし手を緩めれば敵右翼が逃げ出すのでは」
「そうなれば逃げられぬよう包囲しろ」
さぁ…どうする兄貴?見捨てるのか?見捨てれば求心力を失うぞ?助けようと出てくれば…。どちらに転んでも損はない!。
「なんという事だ…」
シド艦隊旗艦 艦橋内でこの状況の打開策が考えられていた。幕僚達は案を講じるもそのどれもが打開策とはいいがたいものだった。
右翼を見捨てるのがほとんであったからだ。
見捨てるのは簡単だ。だがそれを見た味方はどう思うだろうか?
軍が瓦解する。…愚か者の行動一つでここまで窮地に立たされてしまった。
アーレンベルクに焦りに色が見え始めていた…・
「敵本隊出てきませんな」
一方、ヴェルナーはその様子を余裕で見ていた。
「…ふん ならば敵右翼を殲滅するだけだ。 全軍に包囲陣を展開させろ」
「はっ!」
「兄貴…目の前で味方が殲滅するところをじっくり眺めてやがれ」
ヴェルナー軍はシド艦隊右翼を覆いつくすように艦隊を展開し包囲しようとしていた。
「いっいかん!このままでは包囲され全滅する!」
ウラッハ男爵が指揮する右翼艦隊はこの状況を打開しようとあがいていた。
生き残るためにはなんとか小惑星帯まで戻る事だが、敵がそれを許さず砲撃を強める。
損傷し行動不可能になった艦が全体の四割を超え、それらが他の戦艦の邪魔になっていた。
「えぇい!邪魔な艦は見捨てろ!なんとか血路を開くのだ!」
ウラッハ男爵の言葉にその場にいた者は唖然としてしまう。
「しっしかし閣下、味方ですぞ」
「そんな事を言ってる場合か!兵なら儂のために死ね!」
旗艦にいる全ての者がこの貴族に対して殺意を覚えた瞬間であった。
その時、包囲しようとしていたヴェルナー軍の左翼から爆発が起こり、次々と戦艦が轟沈んしていった。
「なにが起こった!」
慌てるヴェルナー軍。
オペーレーターが状況の確認をし、報告する。
「八時の方角から高速で小惑星が我が艦隊に衝突してきます!」
「なぁにぃ?」
ヴェルナーが歯ぎしりする。
続いてオペレーターが報告する。
「敵本隊突撃してきます!」
タイミングが良すぎる。敵の策か!?
敵右翼を包囲しようと展開していたため、ヴェルナー軍左翼に小惑星の突撃で被害がでた。そこをシド本体が突撃してきたのだ。
全軍に動揺が走り、ヴェルナーはこれをまず沈めなけ鎮めなけれならなかった。
「ヴェルナー様!」
「わかっている!」
側近に言われるまでもなく、ヴェルナーは包囲を解き、今度こそ後退した。
「おぉ!敵が後退していきますぞ!」
「全軍、右翼と共に小惑星帯に後退せよ」
アーレンベルクはこの策を使ってしまった。本来、敵の攻勢の限界点に達したところで潜ませていた工作艦隊による小惑星突撃と全軍の一点集中砲火で勝負をつけようとしていたのがアーレンベルクの策であった。だがそれを愚かな味方を救出する策に使ってしまったのだ。
最早この策は使えない。決定打を使ってしまったのだ。
この味方救出のために少なからずの損害も出る。
味方はこの救出劇に湧いているがアーレンベルクの表情は暗かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます