第27話 帝国第三皇子シグルド

人類が生息する星系のその広大な領土を支配する帝国の中枢、帝都。その帝都に朝日が昇る。


人工的に作りだした恒星によって天候すら自在に操る。暖かい日差しが帝都の中心 皇宮を照らす。




初代皇帝が定めた都は歴代皇帝によって改築・増築が繰り返され、今は巨大な都市のような巨大さになっていた。


その全容を全て把握している者はいるのだろうか?。


その一室。皇族が住まう部屋に帝国第三皇子シグルドは朝日を受けて眠りから覚めた。




ベッドには昨日、夜伽を命じた女官が生まれたままの姿で寝ていた。




そっと女官の髪を撫でると、女官は目を覚まし起き上がろうとするが自分が何も着ていない事に気づき小さな悲鳴を上げシートで自分の体を隠す。




それを愛おしいとシグルドは感じた。…名前すら忘れた,昨日一晩の相手ではあった。




自分の誘いを断る女はいない。これまでそうだったし、これからもそうだろう。自分自身を愛するわけではなくとも皇子という身分を愛しているとシグルドは理解していた。




運よく懐妊でもすれば、自分の子が皇族になるのだ。自分だけではなく一族の立身出世も思いのまま。それを望み自ら身体を差し出す者までいるのだ。




シグルドはそんな女のどこか怖い部分を好んでいた。


女とは愛おしく可愛らしくも恐ろしい生き物だと…。




女官をもう一度味わうとベッドから出てシャワーを浴び、女官に着替えを手伝わせていると通信が入った。




「どうした?ガリウスか?」


「はっ」




「かまわぬ…入れ」


ドアに控えていたようなのでそのまま部屋に通す。




「きゃっ!」


女官は今だに生まれたままの姿だったのでガリウスは目を背ける。


「どうした?続けよ」


着替えの途中だったのでそのまま手伝わせる。




着替えが済むと侍女はそそくさと下着をつけ衣服を持ち出て行ってしまった。




「おたわむれが過ぎますぞ」




「はっはっはっ許せ」




シグルドは椅子に座ると忠臣の報告を聞いた。


「それで?」




「はっ…すでに準備は整いましてございます。後は火ぶたを切るだけかと…」




端末から状況を見ながらシグルドは思案する。




「ふむ…」


なにかしら不満があるのだろうか?主の考えを探るガリウス。




「如何いたしました?」




「妹の動きが鈍い…アレが私の後手に回るのがな…」




妹セシリアは頭の回転が速い。常に私の先を行き策を仕掛ける。皇太子に一番近くにまで行ってるのは偶然ではないのだから…。




「件の勇者にも自身の派閥に入れていないようだ…何を考えている?」




分が悪いと思い、辺境伯の長男を切り捨てたか?






いや…そんな可愛げのある妹ではないな…。


「勇者はどうであった?」




「こちらの派閥に入るかどうかは…掴み所のない者と印象を受けました。万が一セシリア様の派閥に入るようでしたら排除致します。」




出来れば使える駒は欲しいのだがな…まぁいい八神とかいう地方の領主の事はガリウスに任せる。


駒かい指示を出した後、ガリウスは深々と頭を下げ、退出して行った。




「さて…今日のスケジュールはどうなっていたかな?」




皇族と言えど公務はある。第三皇子ともなれば他の貴族や領主、派閥の者達の陳情を受け、差配するのも大事な仕事だ。


中でも派閥の陳情などは組織の結束を高めるためにシグルドは積極的に陳情を受けていた。


端末を操作し、分刻みのスケジュールを確認しながら、重要案件を裁いていく。














八神軍の演習は実戦形式で行われる厳しいもので知られる。艦隊同士の模擬戦もそうだが、機動装甲騎も同様であった。




宇宙空間に飛び出し6機編成を組み、一つの目標を狙う。


乗っている搭乗者は皆新兵で、その相手は白銀のシンボルカラーで塗装された、機体であった。






機動装甲騎6機でたった一機と戦うのだ、普通なら簡単に撃破できるはず…だった。




「なっなんだよこれ!」




「速い!全然捕らえられない!」




凄まじい速度で加速し、ロックオンをさせない軌道を取る。




「俺が回り込む!サラ!お前が落とせ!」




「りょっ了解!」




隊長機が敵の予測進路を先回りする。六機の内三機は中距離支援のための両肩の重装甲で、隊長機の支援に回り、他二機は隊長に続く。


サラ機は止まり ライフルを構える。


ライフルスコープを覗いて敵機を捕らえようとするも相手が早く変則的な動きで捕らえる事ができない。どうしてあんな動きができるんだろう?。あのような加速でGの負担も凄いだろうに。




「えっ?」




スコープ越しに敵が…こっちに向かってくる!




「うわっうわっ嘘っ!」


ロックオンもせずパニックになりながらライフルを撃つ。支援機も両肩のキャノンやミサイル手に持っているマシンガンで牽制するも一つも命中しない。




コックピット内が赤く点滅し撃墜された時の音が響く。


「やられたぁ」


この日、六機の新兵は全てたった一機に撃墜された。




母艦に帰還するとパイロット待機所で先ほどまで訓練していた面々が重い表情で椅子に座っていた。






待機所のドアが開き先ほどまで模擬戦をしていた敵機役のパイロットが現れた。全員が起立し敬礼をした。パイロットスーツのまま敬礼を返したその女性は長い黒髪をまとめ、切りそろえられた前髪、切れ長の黒い瞳。八神一真の直属の軍、第一艦隊所属、機動装甲騎隊隊長の紫藤純佳中佐であった。






「期待はずれだったわ。連携が全然とれていない。」




「ぐっ」


1機で6機を撃墜されてしまったのだ。ぐぅの値も出ない。


新兵とは言え、第一艦隊所属と言うのは、全軍の中でも優秀な者が配属される。自分らはまさにエリートなのだ。それが彼らのプライドだった。その鼻っ柱を叩きつぶされたのだ。




「お言葉ですが中佐、機体の性能差がありすぎました」




隊長を務めていた男が異議を唱える。


それは確かに皆が思っていたことであった。


今回、彼らが駆る機体は全軍の中でも新型である「天雷」と呼ばれるもので、それを技術士官のニア・ニーイ・ニージルズ中尉によって改良されていて、基本スペックを向上していたものだった。




一方、純佳の専用機は白銀と名付けられ、魔王リリスから与えられた魔装騎兵を改造し新たにニアによって機動装甲騎に生まれ変わった異例の機体だった。その特徴は機動性にあり、正確な射撃性、格闘戦においても他を凌駕する性能を見せるが、速度を重視するため、装甲が薄いという弱点もあった。






「それを敵にも言うのかしら?」




「くっ!」




「ここは魔族領に最も近い最前線 あなた達一人が死ねば守るべき領民数千が魔族によって殺される…それを覚えておきなさい。口を出す前に結果を出す事ね」




そう言うと純佳は待機所を出て行った。




何も言い返せない、自分らが弱いのが全てである。それは六人に共通する事であった。




シャワー室にてサラはシャワーを浴びて汗を流す。体はスッキリするが頭のモヤモヤは晴れない。


いつまでも気にしていても仕方がない、明日も訓練はあるのだから…。


髪を乾かし服を着替え、モヤモヤを払うためにすぐに自分の部屋に戻らずあちこち歩こうと思った。


トレーニングルームには身体を鍛える施設が充実しており、自分のチームの何人かが体を鍛えていた。彼らもすっきりしようと体を動かそうとしているのだろう…確かにそれもありだなとサラは思った。




「肉詰まりすぎです!」


「仕上がっているよ!ナイスバルク!いい血管出てるよ!浮き上がってるよ!」




……うん。他に行こう


トレーニングルームを後にする。


ふと機動装甲騎のドッグに立ち寄る。






だがドッグには先客がいた。




純佳であった。純佳は整備士となにやら話ていて、その後、整備士と自分の機体のチェックをしていたのだ。


なにげに隠れてしまい聞き耳を立ててしまった。




「機体の反応をもう少し良くしたいのよね」




「あまり反応速度を上げると機体にかかる負荷が強くなっちゃうんですよね」




「そこら辺の調整なんだけど実際に動かしてみた時に……」




そこから何度も整備士とのやり取りし、少しでも機体の性能を上げようとしていた。


そうか…こういうのが必要な事なんだ…。サラは自分の機体をカスタマイズするなんて考えたこともなかった。




そう自分にあった機体にしなければならないんだ。そして…自分に出来る事、チームでできる事を考えようとサラは思った。




純佳はそんなサラの姿をちらりと横目で見ていた。




翌日 模擬戦が宇宙で行われた。昨日と同じ純佳が相手である。




「いいですか皆さん!昨日私が言ったように相手の動きに翻弄されず、私達は連携を取る事を考えましょう!」




「ああ!一度くらいは勝ちたいもんな!」


「今回の模擬戦はお前が隊長だ!サラ!」


「ぎゃふんと言わせてやるわ!」


「あのすました顔をひぃひぃ言わせてやるわ!」


「勝ったらおすすめの自家製プロテインがおごってやる!」




「それはお断りします!では始めましょう!」


今度こそ必ず勝つ!






ダメだった。


待機所で重い空気の中チーム全員うなだれていた


「いやこれ勝てる展開じゃないの?」


「やはり俺が隊長やればよかったかな」


「ぎゃふん」


「こっちがひぃひぃ泣かされた」


「筋肉がまだ足りなかったか」




「戦闘データーを何度も解析したのに…全然違う動きするし…なんなのあの人」




その時サラの腕にある端末から連絡が入った。


「あ…」


その内容を見てサラは気鬱になった。




フラフラと艦内を歩くサラ、向かう目的地は純佳の隊長室であった。呼び出しをされたのだ。


やっぱあれかなぁ…さっきの模擬戦の事だよねぇ…。


叱責を受けるのだろうと歩く足取りが重くなる…帰りたくなる。




部屋の前に着くとドア横にある端末を操作する。指紋を付け網膜もチェックし、ドアからモニターが表示され、純佳を映し出す。




「サラ・セリア・トーマス少尉、参りました」


すると一言


「入れ」


と言われそのままドアの前に立つとドアが開かれる。




「失礼します」


部屋に入ると、純佳は執務室で書類整理を行っていた。




くっ空気が重いっ


サラはそう感じた。敬礼をすると、純佳も敬礼で返し、執務室にあるソファーに座るよう促した。


緊張しつつソファーに座るとふわっとしたソファーの感触から、これ高級品だ。などと感じた。






「今日の模擬戦…」書類を整理しながら純佳は語りだした。


きた!と身構えるサラ。 実は模擬戦でサラは自身の搭乗機を一部故障させてしまっていた。


駆動系の故障ではあるが、高価な機体を故障させたのだ。叱責されるのだろうと思った。




「明らかに昨日とは皆の動きが違ったわ、まだまだだけど連携を取っていた。少尉の指示ね」




「指示というわけでは…皆隊長に勝ちたい一心で動きました…」


嘘を言っても仕方がないサラは正直に答えた。


そう…と呟き純佳は書類から目線をサラに移した。




「ここはいつ実戦が起こっても不思議ではない最前線よ。そうなれば、新兵であろうとも関係なく実戦投入される。生き残りなさい。サラ少尉。期待してるわ」




下がってよい。と言われたので拍子抜けした。


「あの…機体を壊した件で呼ばれたのでは?その…高価な機体ですし…」


「?。確かに機動装甲騎は高価なものよ…でもそれ以上に費用がかかるものがあるわ…」


サラはそれがなにか答えられなかった。




「兵士よ…一人の兵を一人前にするまでにかかる費用は機動装甲騎以上よ…だからあなた達は簡単に戦死なんて許されないのよ…領民の血税によってあなた達は育成されているのだから…」




「…はい」




自分の命は自分だけのものではない…領主様と領民を守るために…そう誓ったのだ。




「それに…機体を壊して叱責されるなら…私は数えきれないわ」




「そうなんですか…ちょっと意外です。」






苦笑してしまうサラであった。






ウィリアムズ辺境伯の次男ヴェルナーの元に続々と戦力が集まる頃、軍事要塞と化した資源惑星からほど近くの惑星にヴェルナーに組する貴族の中で男爵や子爵が集まり高級酒場で飲み会をしていた。


すでに戦いに勝ったかのような雰囲気で皆浮かれていた。




個室に案内された太った男はワインを飲みながら同席の男と話していた。


細目に中肉中背の来ている服装も目立たない背広。特徴がない男であった。




「お考えいただけましたか?ウィリアム男爵」


ウィリアムと呼ばれた男爵は頭頂部が薄くなり運動というもが嫌いな男で、なにより金の亡者という男であった。欲に底がなく、裏で様々な事をやってきたと暗い噂が経たない。だがそれだけにそちらの人脈も広いという事である。




元々貴族ではなく商人からなり上がった男で貴族の地位も金に物を言わせて買った男である。




ヴェルナーに対しても忠義心から組してるわけではなくこのお家騒動に勝つであろうと予測し、投資をしているだけであった。




「状況を見てものを言え、ユダ」


「ヴェルナー様の勝利は揺るがぬ!それでもお前は私に主を裏切れと言うか」


「この忠臣たるワシにそのような事ができようか!今すぐ貴様を逮捕する事もできるのだぞ!ヴェルナー様の元に連れていかれればお気に入りの機動装甲騎でずたずたにされるであろうな!」




ユダと呼ばれた細目の男は動じず、淡々と話す。


「お考え下さい、戦は数で勝てるとは限りません。長男シド様にはあのアーレンベルク殿がいらっしゃいます」




「むぅ…」


忘れていた…あの男、アーレンベルク…先代から仕え、度重なる魔族のとの戦にも貢献した男。知勇も人望も持ち合わせている。確かにあの男に采配を自由にされては…。




「だが…ヴェルナー様には第三皇子の協力がある。いかにアーレンベルクがいようとも…」




「皇太子レースは今だ定まっておりませぬ。先の第一皇子の末路をお忘れですか?」




…確かに、皇族の派閥に属しているとはいえ安泰とは言えない。現に第一皇子の派閥に属していた大貴族達もその力を失い、貴族の地位すら失った者もいるという。担いだ神輿が皇帝になれば栄耀栄華は思いのままだろう。しかし負ければ全てを失う可能性がある。派閥に属するとはそういう事だ。




ユダがぱちんと指を鳴らすと奥から従業員達が大きな箱を持ってきた。開けると中から金銀財宝が姿を現した。箱は一つではなく10個にも及んだ。




「おぉ!」




「我が君からのささやかなお贈り物でございます。もちろんこれはほんと一握り…。」


輝かしい財宝を目にウィリアムは口をほころばせた。




それを見逃さなかったユダであった。


トイレの個室に入るとユダの影から声が響いた。それはユダにしか聞こえない声である。




「守備は?」


「上々でございます。あれは落ちます。」


「であろうな」




「裏切りを誘う私と何度も会うこと自体、普通はありえませぬ。あれはそうして生きて来たのでしょう。一人が落ちればあとは簡単でございます…残りは芋づる方式にて…」




「うむ」




「きっと我が君にもお喜び頂けるでしょう。」


にやりと笑うユダ。それは不気味な笑みであった。本来の表情であろうか?。


ユダの影から気配が消えた。笑みを消し、作り笑いをして再びウィリアムの元に戻るユダであった。




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