第26話 長男の苦悩
困った事になった。
ウィリアムズ辺境伯の長男、シド・アーサー・ウィリアムズは頭痛にこめかみを抑えていた。
ウィルアムズ家の屋敷内にて家臣達が自分を囲み会議をしていた。
侍女が持ってきてくれた薬を服用したので、すぐに収まるだろう。だが山済みの問題にまた頭痛がぶり返すだろう。
精神的な問題からくる頭痛に薬も一時しのぎにしかならない。
次男のヴェルナーがあちこちから戦艦を集め、私と戦う準備をしている。父上の本葬儀もまだだというのに…。そんなに当主の座が欲しいなら継承権など放棄してもよかった…だが私を信用し古くから父上に仕えてくれる譜代の家来達は絶対に次男が当主の座に座るのは阻止すべし!。との声が大多数だった。
たしかに、次男の噂はよくない。
民を横暴に扱い、見目麗しい娘がいれば、婚約者がいる者や既婚者、果ては未成年にまで無理やり手籠めにしてしまう、それを邪魔しようものなら迷わず殺してしまう。禁止されてる麻薬に手を出してるなど父上に叱責を受けるのは一度や二度ではなかったはずだ。
そのような者を当主に据えるのはウィリアムズ家にとってよくはない…それは理解している…だが私は兄弟で争うなどしたくはないのだ…。
「ヴェルナー様はすでに領内の資源惑星を本拠に次々と艦隊を増やしているぞ!」
「こちらの戦力はどれほど集まった?」
「皇女殿下より艦隊が送られており、その数は…」
家臣達は私など無視して、戦力の増強、戦場の想定などを進めている。
彼らにとって私は神輿なのだろう、神輿は軽いほうがいい。つまりはそういう事か。
「シド様、どうやらこちらの方が、いささか兵力が劣っているようでございます。兵の数が戦の全てではございませぬが多いに越した事はございません。こうなれば他の領主から援軍を…」
「戦わぬ事はできないものか?」
「はっ?」
「まだ戦端が開かれたわけではないのだ、今からでも遅くはないだろう…話合いで…事を納められぬだろうか?」
私の発言に一瞬時が止まったかのように動かなくなった家臣達。
その後に大笑いが起こる。
「はっはっはっシド様ご冗談が過ぎますぞ!」
一笑に付されてしまった。
冗談ではなく本気で言ったのだが…。
あぁ…誰か助けてくれ。長男は苦悩していた。
ウィリアムズ辺境伯が持つ資源惑星 資源惑星といっても生物が存在する緑豊かな惑星ではなく鉱物を採掘するだけの酸素も存在しない小さな星である。
その惑星を軍事基地に改良し、ヴェルナーはそこを拠点としていた。
今も続々と戦艦が終結し、編成を行っていた。
「ほぅ…これが俺の機動装甲騎か!」
ヴェルナーは機動装甲騎ドッグに立つ新型の自分専用機の前に意気揚々としていた。
「最新のテクノロジーの結晶です。これほどの機体を提供したのはシグルド殿下の期待の表れですよ」
お目付け役の女、シェラの言葉にヴェルナーは満足に頷いた。
「ヴェルナー様は機動装甲騎乗りとしても今だ負けを知らないとか」
側近の貴族の言葉だが、当たり前であった、今まで練習相手は皆手を抜いていたのだから。知らぬのは本人のみ。
「よぉし!さっそく搭乗して慣らすとするか、誰か俺の相手をしろ!」
その様子をシェラは見ていると影から念話で話しかける者がいた。第三皇子に仕える暗部である。
『よろしいのですか?あのような屑に高価な機体を…』
『子供におもちゃを与えておけば機嫌はよくなるものよ…せいぜい殿下のために働いてもらわないと』
新型にはアシスト機能が搭載されている。熟練パイロットのデーターを収集し、搭乗者の補佐をするものだ。無能が使い手でもそれ相応の動きができるだろう。
『それより長男の方はどうなの?』
『こちら同様、私兵を招集している模様、ただし戦力はこちらの方が上かと…』
『そう…油断なく見張りなさい』
『御意』
「そういえば継承権を持つのはもう一人いるわね」
ぽつりと独り言を言うシェラ。
なんの力もないただの子供だが小さな芽でも今内に摘んでおくか…シェラは新型の慣らしに宇宙に出たヴェルナーが帰ったきたら三男の排除を進言しようと考えた。
当主の突然の訃報、そしてお家騒動は領民にとっても暗い空気を作り出していた。
当然、詳細な情報など庶民には伝わる事はなく、噂があちこちに勝手に伝わる。
今だに当主が決まらないウィリアムズ家はとり潰し、領地は没収され帝都から代官が派遣されるとか、領主を殺したのは次男で、長男も毒を盛られ、次男が当主になるとか、帝国の逆鱗に触れ惑星そのものが焼かれるなど根拠のない様々な噂ではあるが、そのいずれも悪い噂であり、暗い雰囲気は領内に重い空気を蔓延させ、店は閉じ街中を歩く人は少なくなっていた。
また治安も悪化し、ならず者が街中を我が物顔で歩き、それを取り締まる警察なども機能しなくなっていた。
「お父さん。なんで外に出ちゃダメなの?」
小さな子供が父に尋ねる。父は戸惑いながら
「お外は危ないんだよ、こわーい人がたくさんいるからね」
子供を昼間から攫う者もいる。多くは奴隷として、または性奴隷として…ゆえに小さな子供を持つ親は今の治安の悪くなった街中を歩かせる事などしない。
「まったく。困ったもんだよ!買い物にも行けやしない!」
通販などを利用し、今はドローンで運ぶようになっているが、仕事にもまともに行けないので生活に不安が出る。そうなると妻の機嫌が悪くなる。
妻がぶつぶつ文句を言う。
領主様がいた頃はこんな事にはなかったのに!妻の愚痴は続く…家にいると妻の愚痴を延々聞かなければいけないのが父の憂鬱であった。
治安の悪化、民の不安、生活に支障が出ると領民は暴動を起こす。それはいつの世も起こるべくして起こった、名君と言われた辺境伯の領地でも民による暴動が起きた。
何万とも言われる暴動、街を歩き、領地の治安の回復を政庁に要求する、デモ行進の中には店を破壊し、乱暴狼藉を働く者もいる。治安維持のために軍が派遣されるが領民と軍のにらみ合いが街の中央広場で起こり、一触即発の状態となっていた。
「えぇい!今にも戦端が開くかもしれん時に暴動だと!?」
「領民共め!我らが領地に住まわせてやってる恩を仇で返しおって!」
長男シドの所にも領民の暴動の報告がきた。ただちに治安回復のための軍を派遣したが、上がってくる報告はよくないものばかりだった。
貴族達の怒りは収まらず、領民に対して強硬に処罰すべしとの声が多数を占めていた。
「お待ちください」
怒号が上がる中、静かに、だが会議室に芯のある声が響いた。
声の主は老齢な紳士で、前当主から仕えていたアーレンベルク男爵であった。
「ヴェルナー様との闘いを控えて、民にまで剣先を向けるのはこちらの戦力を削ぐだけでしょう。民を先導している者だけを処罰すればよい。ましてやこのデモが真に民の手によるかも疑わしい」
「男爵はこれがヴェルナー様の内部かく乱の可能性もあると?」
あの次男にそんな事が考え付くのだろうか?それが会議にいる貴族達の考えた事であったが、次男についてる貴族の策略とも考えられた。
「…なるほど…ありうるか」
「ここで力による鎮圧を行えば敵の策略にはまる…か」
信頼の厚い男爵の言葉に皆冷静になり、とらえず暴動には首謀者との会話による解決案が選択された。
「男爵!」
会議が終わり、帰宅しようとしていたアーレンベルクをシドが呼び止めた。
「シド様」
「先ほどは皆を止めてくれてありがとう。」
「礼を言われることなど…私は正しいと思った事をやっただけでございます」
「それがどれほど難しい事か…私の言葉など誰も聞いてはくれないだろうから…」
「シド様が本来戦いを望まぬ事、私は存じております。しかしこれは避けては通れぬ事でございます」
だがシドは目を伏せてしまった。
「皆、弟を悪く言う。確かにあれは素行が悪い所もあるが、優しい所もあるのだ…幼き頃共に遊んで私が怪我をした時肩を貸してくれもした。そんな弟を私は討たねばならんのか」
あぁ…この方は優しすぎる。当主となって一門の棟梁となるからには反逆した者を自ら斬り捨てる覚悟が必要なのだ。忠義の家臣を時には捨て駒にする事も…慈悲だけでは人はついては来ぬ。
だが…次男を当主にしてはウィリアムズ家は滅びるだろう。
「では、ヴェルナー様に家督をお譲りなさいますか?争いは避けられますがあなた様は命を奪われますぞ」
「!っ」
「あのお方なら邪魔な兄の存在など許しておけるわけがございません。決断すべきです。己の命か弟君の命か」
「…それしか…ないのか」
うなだれるシドの肩に手をやる男爵。優しいこのお方を支えるしかないとアーレンベルクは思った。
宇宙には安全に旅や商通路の航路がある。商品や文化・人のやりとり、国同士などの交流のために帝国が定めた物だが、その航路より外れた暗唱宙域がある。
安全など保障されず、重力の乱れや絶対零度の星雲。灼熱の惑星など危険極まりない場所だ。
だがそんな場所だからこそ好んで住む者達がいる。宇宙海賊である。
地方のしかも暗唱宙域で帝国も手を出さない。無視されている。航路を旅する商隊があってもそれを守る義務があるのは領主か商人自身にあるのだ。
被害を訴えても帝国がたかだが海賊程度に軍を派遣することなどないのだ。
その宇宙海賊は最近はぶりのいい八神一真という領主がいる領地に略奪に来た。所詮田舎領主だ。
殺して金品を奪い、女は攫う。一仕事を終えてアジトに帰り女を味わいながら酒を煽る。これが海賊の楽しみなのだ。…のだが…。
「おい!どういう事だ!なんで艦隊が待ち構えていやがったんだ!」
八神の領内に入った途端、艦隊が攻撃を仕掛けてきたのだ。
正確にはアーシェ率いる艦隊の実弾を伴った演習に出くわしただけだったのだ。
まったくの運が悪いとしか言いようがない。
「…新兵の練度を上げるのにこれほどいい相手はいないわね」
アーシェは指揮を執りながら副官と話す。 副官もうなずく。
今や全兵力三万を超える一真の私兵、その練度を上げる事は急務になっていた。
「どれだけ訓練を積んでも一度の実戦にはかないませんから…」
「機動装甲騎全機発進せよ」
次々と母艦から発進する機動装甲騎。編隊を組み海賊船を撃破していく。
「敵陣形崩れました!」
副官がアーシェに報告する。 アーシェは立ち上がり高らかに全軍に命令を下す。
「全艦突撃!我に続け!」
旗艦による突撃の号令以下全艦隊が一斉に海賊に襲い掛かる。
「ひっ!」
海賊船のモニターに突撃してくる敵艦の映像が映し出される。一糸乱れぬ艦隊運動と芸術ともいえる集中砲撃に次々と撃沈していく味方の海賊船団。
「こっ降伏だ!通信回線開け!」
だがそれを最後に海賊は閃光に消えた。
「敵海賊船旗艦撃沈を確認しました。これより掃討戦に移行します。」
副官がアーシェに報告する。
「いい練習相手だったわ」
一真の軍はその練度を上げていった。
一真の支配する領地、その本星、緑豊かな自然をそのままに利用した広大な公園があり一真はその公園のベンチで昼寝をしていた。
暖かい日差しの中、時折吹いてくる風が気持ちよく睡魔に襲われてそのまま寝てしまった。
そんな時、一人の若い十代の少女がランニングウェアを来て走り込みをしていた。
緑の髪をポニーテールにまとめ走る度に左右に揺れる。
「はっはっはっ」
呼吸のリズムをコントロールし、身体全体にかかる負荷を強めていく。
日課のランニングを終え、呼吸を整えた後、ストレッチを始めた。
ふと視線を感じ後ろを見て見ると一人の黒髪の男の人が自分を見ていた。
『なんだろう?さっきからじっと私を見て…もしかして痴漢さんかな!』
だったら退治してやろうと彼女、サラ・セリア・トーマスは思った。
『私はこれでも軍人さんです(なったばかりの新兵ですけど)格闘もできます!(やり始めて一か月です)』
びしっと格闘のポーズをとるサラ。
しかし一真はどこから出したのか、一口サイズのからあげ丸という人気の総菜をだして小さなクシにさして食べ始めた。
「あっ」くぅうぅうっとお腹が鳴る音を出してしまうサラ。
からあげ丸はサラの大好物であった。
「…食べる?」
「ん~っ運動した後のからあげ丸は最高です!」
ベンチの隣に座りもぐもぐと美味しそうにからあげ丸を食べるサラ。もはやさっきまでの警戒心など、どこかに飛んで行ったようである。
「所でお兄さんはなんで私を見ていたんですか?」
「いい体してるなぁって」
「やっぱり変態さんですね!おまわりさん呼びます」
「あー嘘だって実はこの辺りで模型店を探していたんだけどな」
「模型店?」
「隠れ家的な店らしくて見つからずここで休んでいたんだけど…そこを君が走って来たからなんとなく見てしまっただけだよ」
まぁ体付きがいいなぁとは思ったけど。
「オレの部下…が機動装甲騎のプラモ作っててオレも欲しいなぁと思ったんだけどもちろん通販でも手に入るが…なんていうか実際に店に行ってこの手に取って買いたいんだよなぁ」
「…わかります。私も好きですから!機動装甲騎のプラモ!」
もしかしたらと言って彼女の知ってる店を教えてもらった。
「一真様なにをしてるんです!お一人で出歩くなんて!」
特殊部隊が空中から次々と降りてくる。周囲を銃を構え、すぐ警戒する。
光学迷彩で姿を見せない空中装甲車から降りて来たのだろう。
大げさな。オレが一言呟くと、テンが怒りながらオレに近づいてきた。
「一真様はこの星の支配者なのですよ 御身になにかあったら…少しは自重してください」
裾を掴み、悲しく涙を浮かべながら見上げるテン。
まじぃ。そんな顔をされると何も言えなくなる。
「わかったオレが悪かったって…」
「えっ?一真様?って…もしかして」
驚愕の顔を浮かべるサラ。
「もしかしなくても八神一真様だ。この星のご領主様だぞ」
特殊部隊員にそう教えられるとサラはしばらく止まったまま思考が停止した。
「ところで何をしに街に出てこられたのですか?」
テンが訪ねるがオレはプラモ買いに来たんですとは言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます