15. 正義の味方

「カイルの気持ち、よく分かるよ」


 理解を示したつもりなのに、カイルは更に狼狽した。こんなに焦るなんて、同性恋愛ってやっぱり大変なんだ。


「ローランドには、すぐは無理だって言っておいたから」


 なぜかカイルは驚きの表情を浮かべた。もしかして、即婚を希望? 私の判断、間違ったかな。


「カイルに確かめもせずに、勝手なことしてごめん。ダメだった?」


「そんなわけない」


 カイルは怒ったような声を出した。なのに、なんだか泣きそうに見えた。そんなにローランドが好きなんだ。あいつのことを思って泣いちゃうくらいに。

 

「忘れてくれ」


 カイルは黙って目を逸らした。困ったような、苦しそうな表情で。そんなカイルを見て、私の胸がキュンと痛む。


「気づかれるって、思わなかったんだ」


「私、そんなに鈍感じゃないけど」


「それは誤算だったな」


 カイルは道ならぬ恋に悩んでる。いつもの無表情が崩れるくらいに。どうしよう。切ない。この人の味方になりたいと思ってしまう。


「分かった。忘れるね」


「悪い」


 カイルが切ない声を出したので、私は背筋がゾクゾクした。声がいいって罪だと思う。


「ローランドの気持ち、知ってるよね?」


「あいつには幸せになってほしいと思う」


 何これ。二人は両思いなのに切ない。同性同士の恋って、それほど重いことなんだわ。


「ヘザーが待っているし、もう行くね」


「ああ」


 私は部室棟へ向かってあるき出した。目的地はもうほんの目と鼻の先だった。


「待って」


 カイルはそう言うと、ふいに後ろから私の肘を掴んだ。


「今日のことは、本当に全部忘れて」


「う、うん。大丈夫」


「ごめん」


「そんな。当たり前だよ。私たち……、友達でしょ?」


 友達という単語に反応したのか、腕をつかんでいるカイルの手に、少しだけ力が入った。肘を掴むカイルの手を、私は励ますようにポンポンと叩いた。


「誰でも恋は自由だよね」


「そうだな。それで十分だ。ありがとう」


「いやいや、全然!」


 カイルにきちんと話してもらえた。信頼してくれた。私でも、恋する二人の理解者にはなれる。味方になってあげられる。


「俺はあんたの味方だから」


 カイルはそう言うと手を離して、もと来た道を走っていってしまった。


 私がカイルの味方になりたいと思ったように、カイルも私の味方になってくれた。同じ気持ちを共有したことが、なんだかすごく嬉しくて、胸がポカポカする。


 カイルの後ろ姿を見送っていると、ヘザーが部室棟から出てきた。


「あ、いたいた! 遅いよ、クララ。もう部室は閉めたから、寮に帰ろ!」


「ごめん、ちょっと知り合いに会ったから」


 嘘じゃない。弓道場でローランドに会って、図書館でアレク先輩に助けてもらって、カイルにここまで送ってもらった。


 アレク先輩の婚約者はよく知らないけれど、彼らにはそれぞれ思う相手がいる。なのに、すごくドキドキさせられてしまった。恋をしたら、こんな風に相手にときめくのかもしれない。


 どんな形でも恋っていい。私も早く、私だけの運命の相手に巡り会いたい!


「ねえ、ヘザー。私たちの運命の相手、どこにいるんだろうね」


「ローランドのこと? 大会が近いから、弓道場じゃない?」


 そう言えば、ローランドが大会に来てほしいって言ってたな。さすがヘザー、情報通。なんでも知ってる!

 あれ? でも今、そういう話じゃなかったんだけど。


「さっき聞いたよ。今週末だって、応援に行こ」


「えー? 週末はゆっくりしたいのに。でもまあ、クララを一人で行かせるのは心配だものね。しょうがない」


「やった! 優勝狙うって。ローランド、上手いもんね」


「そうね。あいつ、弓だけは頑張ってたから。いつか国宝の『大魔弓』で射ってみたいって言ってたわ」


 そんな国宝あったっけ? 私が首を傾げると、物知りヘザーはすかさず説明してくれた。


「王宮の謁見の間に飾られているのよ。有事のときだけ使用できるわ。そう考えると、あれが使えるような状況は歓迎できないわね。北方情勢がああだから」


 北方地域の指導者が好戦的なことは、世界中に知られている。戦争は遠い国の話だと思っていたけど、そうでもないのかもしれない。


「その弓、ずっと使わずに済むといいね」 


「王族の即位式とか結婚式とか、式典でも使えるらしいわ。慶事が来ることを願いましょ!」


「一番近いのは、王太子殿下のご婚礼かな? 婚約者、決まったんだっけ?」


「正式じゃないけど、他国の王女様や皇女様が有力みたいよ。こんなご時世だもの。強い同盟国を持つのは有益だわ」


「そっか。みんな残念がるだろうね」


 たまに見かける眼鏡男子……ではなく殿下は、かなりの数の女生徒に囲まれている。でも、彼女たちが王太子妃の座を狙っているとしたら、とんだ無駄骨だ。どこぞの王女様を蹴散らせるわけはない。


「分からないけどね。国王陛下と亡くなった王妃様は、熱烈な恋愛結婚だったって聞いたし。でも、そのせいで婚約解消になった元婚約者の令嬢は、そのまま独身を貫いて修道院に入ったとか? 殿下が婚約者を置かないのも、そういう可能性を案じているのかもね」


「いろんな人生があるねえ」


 恋が叶うのは奇跡みたいなもの。結ばれなくても、両思いってすごいことなんだ。私たちは夕食の献立のことを話しながら、寮への道を歩いていった。

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