16. 思わぬ伏兵
翌日は朝から雨だった。
寮の食料庫には十分な食材があって、自室で自由に調理してもいいし、食堂で食べてもすべて無料だ。学園内ではカフェでランチが食べられるけれど、これは有料。
貧乏男爵家としては、やはり節約したい。
昼から豪華なランチはいらない。全部食べきれないのはもったいない。食中毒を防ぐために、テイクアウェイは禁止。
そもそも残り物を持って帰ろうとする貴族はいない。こういうとき、貧富の差をヒシヒシと感じてしまう。
「今日は、一緒にカフェで食べようよ。私がおごるから!」
私のお家事情を知っているヘザーから、たまにカフェランチに誘われる。今日は雨だし、気分を上げるためにも、ちょっと贅沢してもいいかという気になった。
「自分で出すよ。たまにだったら大丈夫だし」
「遠慮しなくていいのに。お兄様は気前いいのよ。お義姉様も厄介払いできるなら、お金に糸目はつけないしね」
私やローランドの両親と懇意だったヘザーの両親は、十年前に事故で他界している。伯爵位は年の離れた兄が継いでいるけれど、ヘザーはその兄嫁と折り合いが悪いのだ。
伯爵夫人は綺麗な方だけれど、ヘザーほどの美貌ではない。それなりに有能だけれど、ヘザーほどのずば抜けた頭脳はもっていない。加えて、なかなか子どもを授からないということを考えると、ヘザーに八つ当たりしている節が濃厚だった。
「ヘザーも苦労するね。うちは貧乏だけど楽だもん。お父様は放任主義だから」
私も母を幼いときに亡くしているけれど、父は健在だ。要領は悪いけれど誠実な人で、器用ではないために一つのことしかできない。加えてお人好しなので、領民のために私財をどんどん使ってしまう。
そのせいで、男爵家は万年貧乏。でも、領地経営を頑張っていて、領民に人気がある父を、私はとても尊敬している。
ここのところ北方情勢が不安定なせいか、父は領地に入り浸りだった。一人娘のことはかなり放置していて、留守中は友人であるローランドの両親に私の監督役を丸投げしている。そして、もちろんローランドの両親も、父と同じく放任主義なのだ。
昼にカフェで待ち合わせすることにして、私たちはそれぞれのクラスに向かった。
授業はそれなりに興味深いけれど、すでに学んだことが多い。この学園の普通科は、本当にコネ作りのためにあると思うと、ちょっと虚しい。私は将来、どうしたいんだろう。
お昼のカフェは、雨のせいか混んでいた。でも、ヘザーと一緒に窓際の二人席に座れたし、たまに食べると、カフェのご飯も美味しい。
「将来? 私は新聞記者か作家よ。あとは……、女には無理だけど、政局で働くのにも憧れるなあ。通産大臣とかね」
「大きくでたね。いいなあ。私、これといってやりたいことも、なりたいものもないの。どうしよう」
「クララは、お嫁さんかお母さんでしょ?」
「それは、貴族の娘だったら、たいていは最後に行き着くってところよ? 義務として」
「そうとも限らないわよ。私、結婚とか興味ないもの。稼げるなら独りで生きるわ」
「そうなの? でも好きな人ができたら、やっぱり結婚したいでしょ」
「そうね。好きな人と、結婚できるならね」
恋愛結婚も聞くようになったけれど、貴族はたいていが政略結婚だ。好きな人と結婚できるほうが難しい。やっぱり恋愛なんて、夢物語なのかもしれない。
「みんな、卒業後の進路とか考えているのかな」
「男子はね。女子はだいたい結婚でしょ。この学園で、いい嫁ぎ先を探してるのよ」
ヘザーの言うことは分かる。
実際に、結婚が決まった令嬢は卒業を待たずに退学する。自宅か婚約者宅で花嫁修業をするために。男子であっても、外交官試験や司法試験に受かった人は、すぐに任務につくため退学する。
「そっか。この学園は、大人になる前のワンクッションなのかもね」
「そうね。でも魔法科は面白いわよ。みんな変った人たちばっかりだし。あ、ローランドだわ。今日も殿下と一緒ね」
入り口から、一段ときらびやかな集団が入ってきた。特別クラスの男子とその取り巻き令嬢たち。みんな眩しくて見分けがつかないっていうのに、ヘザーはよく見てる。さすが文筆業を目指すだけあって、人間観察が鋭い。
ヘザーが手を振ると、ローランドが集団を抜けて、こちらに向かってきた。集団の後ろには、騎士科らしき男子が数人いる。カイルが軽く頭を下げたのが見えた。
「クララ、昨日は大丈夫だったか? 送れなくてごめんな」
「平気よ。私こそ、練習の邪魔してごめん」
「クララから聞いたわ。今週末、大会に応援に来いって?」
「お前も来てくれんの? へえ……」
「好きで行くんじゃないのよ。クララの付き添いよ」
「だろうな。知ってた」
「当たり前よ。それに、どうせあんたが優勝でしょ?」
「それ、褒め言葉だよな?」
「まあね。でも今回は危ういかもね。クララが見ているのに、集中できるの?」
「バカにするなよ。ただ、今回は伏兵がいるんだ」
「へえ? あんたにライバルなんていたの? 誰それ?」
「あいつ」
ローランドは眼鏡男子……もとい、殿下のほうを見てそう言った。殿下のテーブルには女子しかいないので、たぶん必然的に殿下がその人だと思う。王族が弓道大会に?
「最悪ね。取り巻き連中の黄色い声援の中で、精神統一とか無理でしょ」
「だから、この話はオフレコな。一応、公務で参加だけど」
私たちは、すぐに口を噤んだ。
まずいまずい。こんな情報がプリプリ令嬢たちに知られたら、大会が婚活会場になってしまう。いや、彼らの執念は凄まじいので、どうせ話は漏れてると思うけど。
私は殿下を取り巻くキラキラした集団から、そっと目をそらしたのだった。
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