13. 図書館の君
男同士だったら、養子が一番てっとり早い。そういうところをきちんと潰していかないと、おじさまもおばさまも大反対するはずだもの。
「子ども? それって、俺たちの子どもの話か?」
「当たり前でしょ。ローランドは一人っ子だもの。後継者のことを考えるのが先よ」
至極真っ当なことを言ったのに、なぜかローランドは顔を真っ赤にした。照れてる場合じゃないでしょ。男同士だからこそ、そこは詰めておくべきなのに。
とにかく、ここは慎重に外堀を埋める作戦が必要だ。
「心配しないで。二人の幸せのために、私も一肌脱ぐから!」
ローランドの両手を握って激励すると、なぜかローランドはますます顔を赤くしてしまった。遊び人だと思っていたけれど、こいつは意外と純情なのかもしれない。
「せめて、卒業まで待ったら? 親のすねかじりが結婚とか、おじさまも許さないよ」
「父上は問題ないと思うけど、確かにな。俺に家族を養う甲斐性はまだない。卒業して仕事についてからだな」
「そう。そうだよ。学園ではもっとお互いを知って、恋愛を楽しむ。それがいいよ」
「お互いを知ってって、今更……」
学生時代の一時の感情で、結婚なんて気が早すぎる。同性婚もいいけど、女性と結婚する道もまだ残しておかないと。少子高齢化の防止にもなるし。
「ここまででいいわ。弓道場に戻りなよ」
私はローランドから本を奪って、にっこり笑った。もう図書館の前だし、まだ弓道部の活動は続いているはず。
「今週末、大会なんだ。優勝狙うから、応援してくれよ」
別れ際にローランドはそう言った。そうか。だからこんな遅くまで練習してたんだな。
「もちろん。応援に行くね」
「サンキュ。じゃあな。気をつけて帰れよ」
「うん。付き合ってくれてありがと。またね」
走り去るローランドの後ろ姿を見送ってから、私は図書館の中に入った。
カウンターで返却手続きをした後、自分で本を元の棚に戻す。何冊目かの返却場所は本棚の最上段で、脚立だと届きそうで届かない。
本棚に手をかけてつま先立ちになったところで、体がぐらっと揺れた。体重をかけたために、本棚が少し手前に傾いたのだ。私は脚立の上で、バランスを失った。
落ちる!
そう思って目をつぶったとき、私の体を何ががふんわりと包んだ。おそるおそる目をあけると、私は何冊かの本と一緒に、ふわふわと宙に浮いていた。え? これ、魔法?
「間に合ってよかった。少し遅れたら落ちてたよ」
「アレク先輩?」
息を切らして私を見上げているのは、アレク先輩だった。
学園で再会してから、私たちはたまに庭園の丘の向こうで、一緒にランチを食べている。でも、学園内で遭遇することはなかった。だから、なんだか不思議な気がする。
アレク先輩は宙に浮かんでいる私を見ると、やれやれと言った感じで腕を差し出した。その瞬間、私は急に重力に引き摺られて、あっという間にアレク先輩の腕の中に抱き受けられた。
「君はお転婆が過ぎる。届かないなら助けを呼ぶべきだ」
「すみません」
アレク先輩は私を抱えたまま、まだ宙に浮いている本を元の場所に戻した。そして、私を側にあった閲覧用のソファーにそっと下ろした。
「図書館はもう閉館したよ。他の本は僕が戻すから、そこで休んでて。怪我をしているかもしれないから、痛いところがあったら教えて」
アレク先輩はそう言うと、棚に返却する本を持っていってしまった。
どこも痛くはないと思ったけれど、本棚にかけたほうの手首がちょっとだけジンとした。落ちる前に体勢を立て直そうとして、無理な力を入れたのかもしれない。
「どう? どこか痛い?」
アレク先輩が戻ってきた。手に鍵を持っているところを見ると、私たちが出た後に施錠するんだろう。先輩は図書委員なのかもしれない。
「ありがとうございます、先輩。迷惑かけてしまって」
「いいよ。それより、手首が痛いの?」
「あ、はい、ちょっとひねったのかも」
「ちょっとかしてごらん」
先輩は私の左手を取ると、手首に手を置いた。その部分がぼうっと暖かくなる。これ、治療魔法だ! カイルが使ってくれたのと同じ。え、でも、待って。なんだか、体中が暖かくなってきたんだけど。
「手首は大丈夫だけど、どこかにまだ滞りがあるね。ちょっとそのままソファーに横になって。全身を診てみるよ」
え? いや、ちょっと、それは……。誰もいない図書館で、男性の前に横になるとかしゅ、淑女としてよくない図ではない?
あ、うーん、でも、もしかしたら自意識過剰? 先輩は、治療という善意を示してくれているだけ。別に何か不埒な目的があるわけでもない。
私がまごまごしていると、先輩は私の肩に手をかけて、ソファーに押し倒した。え、なにこれ! まさか、いや、そんなわけないんだけど、なんかこの体勢は……。
「大丈夫。変なことはしないよ」
先輩が私の目を見てくすっと笑った。変な想像をしたのは私だけ? 羞恥で顔に血が上る。穴があったら入りたい。
「は……い。お願いします」
私がそう言うと、先輩は私の頭からつま先までを、手をかざしていった。体に触れるか触れないかという微妙な距離。先輩の手が通っている場所が暖かくなり、場所によってちょっとはしたない妄想をしてしまう。
反則! これは反則です、先輩! 私は心の中で、そう叫んだ。
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