12. 私のアーチャー

「だって、ローランドは一人っ子だし。跡継ぎが必要でしょ。覚悟がいるわ」


「クララ、それって子どもの話? そんなの、やってみないと分からないでしょ。今はゆるい時代だし、試してからでもいいんじゃない?」


 はあ? ヘザーってば、何言ってるの。男女交際に関しては、今は昔ほど厳しくないのは知ってる。でも「不純同性交友」は話が別でしょう。

 だって同性よ? 代理母とか、親がなんて言うか。第一、いくらお金を積んでも、簡単に手配できるものでもない


「女性に負担がかかるのよ! お試しなんてさせないわ」


 私がそう断言すると、ヘザーは驚いたような、でもちょっとホッとしたような顔をした。なぜだろう?


「そっか、まだ早いか。ま、あいつには気の毒だけど、こういうことは、時間をかけたほうがいいかもね」


「そうよ! 愛を貫くには、それを育む時間が必要なの」


「はいはい。クララは乙女ねえ」


「ヘザーだって……」


 恋愛は好きな人としたいとか、乙女チック路線まっしぐらよ。そう言いかけたとき、時計が六時を告げた。


「あ、いけない。図書館閉まっちゃう。今日の返却係は私なの」


 部室でダラダラと過ごしていたら、あっという間に閉館の時間が迫っていた。文芸部は毎日交代で、当番を決めて本を返却している。そうじゃないと、あっという間に部室が本の山になってしまうから。


「今日の返却分はそこの棚よ。一緒に行こうか?」


 よかった、今日はそんなに多くない。これなら一人でも大丈夫。


「平気。すぐに戻ってくるから待ってて!」


 私は棚の本をざっと抱きかかえると、そのまま図書館へ向かって走り出した。走らなくても時間的に余裕はあるけれど、お腹も空いたし、早く寮に帰りたい。


 そう思って近道をすると、ちょうど弓道場の横を通ることになった。


 前線に出る騎士は剣を持つけれど、後方援護をする兵士は弓を好む。この学園から弓兵が出ることもあるので、きちんとした設備が整っていた。


 弓は精神集中が鍵になる。それなのに、今日はやたらと見学者が多い。しかも、綺麗な女子ばかり。これはきっと、誰かお目当ての男子を見に来ているんだ。

 ちらっと見ると、数人の男子が制服で弓を引いている。その中に一人、知っている人物がいた。ローランドだ。


 ブレザーを脱いで白いシャツのまま、真剣な表情で的を見据え、弓を絞る。額には汗が光っていて、少しだけ髪が乱れている。

 矢を放つ前のギリギリの緊張感と集中力。そして、矢が的に当たった瞬間に見せる歓喜の表情。仲間たちに囲まれてこぼす笑顔。


「うわっ。かっこいい……」


 顔がいいからじゃなく、的に向き合う態度がすごく真摯だった。真剣なローランドに神聖なものを感じて、うっかり私の胸が高鳴った。


 ローランドの勇姿に見惚れて、私はうっかり持っていた本を何冊か落としてしまった。その音で私の存在が気づいたローランドは、弓を友だちに手渡してそのまま私のところに走ってくる。


 近くにいた令嬢グループの息を飲む音が聞こえた。いつもなら面倒くさいと思うのだけれど、そのときだけは少し得意になってしまった。それほどに、ローランドの弓道姿はかっこよかった。


「お前、もう帰るの?」


「図書館に本を返してからね。ヘザーが待ってるの」


「じゃ、俺も付き合うから、ちょっと待ってろよ」


 ローランドはそう言うと、中に戻って行ってしまった。周囲からの羨望と嫉妬の眼差しが痛い。私はさっさと本を拾って、弓道場の出入口のほうへ歩きだした。


「相変わらず、腕いいね。思わず見惚れちゃうくらいカッコ良かった」


 ブレザーを手に持ったまま出てきたローランドに、私は素直な気持ちで言った。この賞賛に値するだけ、ローランドの弓は素晴らしい。


「そうか? なら、よかった。お前のおかげでうまくなったからな」


 ローランドは私から本を奪いながら、嬉しそうに言った。


「なんで私?」


「覚えてないのかよ。果樹園でリンゴを落としてやっただろ」


 高い枝にあるリンゴは、日光を浴びて早く真っ赤になる。でも、枝が細くて登って取ることができない。あれが欲しいと言うと、いつもローランドが弓で落としてくれたっけ。


「そうだったね」


「魔法じゃなくても、取れたろ」


「何それ、魔法?」


「お前、魔法でリンゴを取ってもらったって、すごく喜んでたじゃないか」


「そんなことあった? いつの話?」


「三歳か四歳くらい」


「そんな前? 覚えてないよ」


「俺は覚えてる。あいつの魔法に負けたくなかったから、必死に練習したんだよ」


「変なとこで負けず嫌いよね。魔法に弓で張り合うとか。意味ないのに」


「張り合ったのは、そこじゃないんだけど」


 ローランドは、なぜか黙り込んでしまった。あれ? 言い方間違ったかな。


「えーと、弓でリンゴ取ってくれて嬉しかったな」


 そう言うと、ローランドは嬉しそうに笑った。よし、これが正解! 弟分の機嫌取りは大変だ。


「じゃ、その礼に、頼みたいことがある」


「お礼って、今更? しょうがないなあ。言ってみて」


「近いうちに公爵邸に来ないか。父に会ってほしい」


「いいけど、おじさまなら、いつも会ってるじゃない? 改まって何?」


 幼い頃から、ローランドの家にはしょっちゅう遊びに行っていた。だから幼馴染なのだ。


「結婚の話をしようと思ってるんだ」


「え! もう結婚するの?」


「早いほうがいいだろ?」


 ええええ。同性婚はいくらなんでも、半人前の身で無謀!


「いきなりそれは無茶だよ。ちゃんと子どものことも考えないと!」


 私は声を大にして、そう言った。ヘザーといい、ローランドといい、なんか人生を簡単に考えすぎてると思う。ここはきちんと言っておかないと……と、私は深呼吸をした。

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