11. 空気が読めない
「クララ、もう大丈夫か?」
「ああ、うん。平気……」
「ローランド、あんた空気読みなよ。私たち浮いてるんだけど」
「うるさいな。分かってるよ」
ヘザーに怒られて、ローランドはちょっとバツが悪そう。でも、爽やかな笑顔を向けられると、ついつい許してしまうんだよね。それはヘザーも同じ。ローランドは、いつまでも私たちの弟分だから。
何気なく校舎へ向かう王太子集団に目をやると、偶然カイルと目が合ってしまった。ローランドを見てたんだわ! 二人がカップルなのを想像すると、ついにやけてしまう。私はそれを隠すように、両手で口を覆った。妄想笑いなんて、えっちっぽい。自然に羞恥で顔が赤くなる。
せっかく楽しい妄想に浸っていたのに。ローランドがいきなり私の頭を羽交い締めにしたので、私は我に返った。まさか、こんなところで格闘技? 頭の中がお花畑だったせいで、とっさに反応することができなかった。目隠し攻撃とは卑怯な!
周囲から女子の黄色い悲鳴が上がる。
「見るなよ」
何を言われたのか、理解するまで数秒かかった。私がカイルを見てたと思ったのか。 たまたま見たけど、別に見ようとしたわけじゃない。事故みたいものだった。
でも、だからって嫉妬で目隠しするとか、行動がおかしい。ローランドの片腕は、私の両目を覆ったまま。離してほしいと抗議しようとしたとき、すぐ近くからカイルの声が聞こえた。
「朝から女といちゃつくな。向こうに戻れ」
いちゃついてなんかいないっ! 私は心の中で、そう抗議する。カイルの言葉に反応して、ローランドは私の目からサッと手を離した。
「お前こそ戻れよ」
「いいから、来い。殿下の命令だ」
「分かってるよ。クララ、俺の言うこと守れよ」
ローランドは一方的にそう言い残して、カイルの肘を引っ張って一緒に駆け出した。二人が触れ合ったのは一瞬だったけど、これがボーイズ・ラブの世界なんだろうか。
爽やかイケメンが、お互いに独占欲爆発で囲う。まさに倒錯の世界!
「……なんか朝から、イイモノ見たねえ」
私がのんびりとそう言うと、ヘザーは大きなため息をついた。
「あんた、何したのよ?」
「え、どうかした?」
「カイル・アンダーソンと知り合いなの?」
「うん、ローランド経由でちょっと」
「またローランド? ほんとあいつはトラブル・メーカーだわ」
カイルがローランドの秘密の想い人。どうしてヘザーは気がつかなかったのかな? あ、そうか。ローランドがカイルの魔力を隠してるんだ。私の足にしたみたいに。えーと『上書き』だっけ? すごい独占欲!
「ろくなことしないわね、ローランド。私までいろいろ質問責めにされるのよ。さらに要注意だわ」
ヘザーは、めんどくさい女子の噂話に辟易しているらしい。今後の対策を練るのに、一生懸命だった。
本当ならこのときに、もっと殿下について聞いておくべきだった。なのに、私はその機会を逸してしまったのだ。
それ以降、殿下はみなの関心を一身に集めた。そのおかげか、私は以前ほどクラスで浮いた感じではなくなった。ローランドより殿下のほうが当然人気者ということだろう。当然か。
一緒に行動するクラスメイトもできたし、ヘザーと入った女子文芸部には気の合う友達もいる。私の花の学園生活が、ようやく始まった感じだった。
一つだけ問題があるとすれば、みなが私を「ローランドの恋人」と誤解してしまったこと。なぜか知らないけれど「許婚」という情報だけが、独り歩きしている。
おかげで素敵な恋の予感どころか、周囲には男子の影すらない。ヘザーはすでに、何人もの同級生や先輩から呼び出され、しかも片っ端から断っているのに。
「すごいね。これで何人目?なんでいつも断っちゃうの?」
今日も呼び出されたヘザーに、私は疑問に思っていたことを尋ねた。周囲が告白されてお付き合いしていく中、ヘザーにはまったくそういう気がない。
「だって、別に好きじゃないし」
「他に好きな人がいるから? 前に言ってた……」
「いないわよ。ちょっと気になってただけ。好きとかじゃないから」
そっか。まだ恋ってわけじゃなかったんだ。ヘザーは別に男嫌いというわけでも、女子が好きという訳でもない。文芸部では流行の恋愛小説にハマっていて、同人誌活動までしているくらい、普通に男性が好き。
「だったら、付き合ってみたら?好きになるかもよ」
「今はいいわ。それより、クララはどうなの?」
「見ればわかるでしょ。私、全くモテないもん。誰も告白してくれないし」
「それは違うと思うけど。ま、ローランドのせいね」
「あれ、ずるいよね。私を女避けに使ってると思う」
最近はローランドが女の子と一緒にいるところを見ない。いつも男子の集団の中で、キラキラしている。私という許婚を隠れ蓑にして、確実にボーイズで青春してるように見える。
「クララ。あいつは上出来だと思うよ。身辺も綺麗にしたらしいし。十八歳になったら結婚できるから、本気なんだと思う」
「そうだね。でも、そう簡単に結婚はできないでしょ」
「え? なんで? 何か障害あるの?」
ヘザーってば、何言ってんの? そりゃ、同性婚は法律では認められているけど、男は子ども産めないでしょ。
なんとなく噛み合っていない会話に、私は一人で首をかしげた。
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