10. 眼鏡男子参上
「せっかく自分で稼いだお金なのに……」
「自分のお金じゃなきゃ、君へのお礼にならないよ」
正論だとは思う。でも、それはさっき私がダメって言った、まさにその域よね? 君へのプレゼントを買うために働いた……とか、結構な殺し文句だと思うけど。
それにしても、こんなイケメンが雑貨屋に。周囲の戸惑いを想像すると、ちょっと笑ってしまった。私が笑ったのを見て、イケメンさんも満面の笑みに。すごく嬉しそう。
「かして。付けてあげるよ」
私からネックレスを取ると、イケメンさんは私の首に腕を回した。香木を思わせる優しい香りがする。
「やっぱり。君には可愛いものが似合う。お守りだと思って付けておいて」
不思議なシンクロ。あの占いのお…ネエさんも、同じことを言った。アメジストは、私のお守り。
「ありがとうございます。先輩」
「アレクだよ。君は……」
「クララです」
「かわいい名前だね」
そんな恥ずかしいセリフ言わないで! どこまで追い詰めたら、気が済むんですかっ。頬が紅く染まったと自覚したとき、タイミング良く時計塔が二時を告げた。もう五時間目が終わる。
「戻らなくちゃ! 先輩、本当にすみませんでした。それから、これ、ありがとうございます」
「また、ここに来て。待っているから」
「はい」
私は先輩にお辞儀をしてから、教室に向かって走り出した。胸がドキドキするのは、久しぶりに全速力で走っているからだと言い訳をしながら。
そんなことがあった日の翌日、いよいよ噂の王太子殿下が学園に戻ってきた。新入生たちは殿下を一目見ようと、正門が見える場所にざわざわと集まっている。男子は将来のコネ作りのために。女子は玉の輿のために。
それぞれの思惑で、ソワソワと待機している生徒たち。その横を、ヘザーはサクサクと通り過ぎていく。
「すごいわね。これじゃ殿下も落ち着かないでしょ。気の毒だわ」
ヘザーのように、殿下に全く興味がない女子は珍しい。彼女は伯爵令嬢なので、私よりずっと位は高い。でも、王太子妃に選ばれるようなポジションではない。キャリア志向なので、結婚にもあまり興味がないらしい。美人なのにもったいない。
「どんな人だと思う? 噂では眉目秀麗って」
「同じ学園にいるんだし、どこかで会う機会あるわよ」
そうかな。殿下は雲の上の人だし、見かけることもあまりなさそうだけど。そのとき、キャーっという歓声が響いた。殿下が正門から入ってきたらしい。ヘザーは足を止めて、正門のほうを見た。
「ほら、ローランドよ。大人しくしていると思ったら、殿下のお供だったのね」
ヘザーがそう言うので、ローランドを探してみた。え、どこ? ローランドいる? ヘザーは昔から、ローランドを見つけるのが得意だった。なんでも、天敵だから……らしい。
「ローランドって、特別クラスなの?」
「次期宰相の最有力候補だからね。宰相は世襲じゃないけど、筆頭公爵家だから側近には入るわ。昔からよく王宮に行ってたし、殿下のご学友枠なんじゃない?」
「そうなんだ。よく知ってるね」
「情報は武器よ。ペンは剣より強いの」
ヘザーは当然のように言った。彼女は社会面担当の新聞記者を目指している。だから、とにかく情報収集に暇がないのだ。
「じゃあ、あのグループはみんな高位の貴族令息なのね」
最後尾にカイルを見つけた。彼もきっとどこかの有力貴族の令息なんだろう。
「そうでもないわよ。殿下は実力主義みたい。騎士には伯爵家や子爵家を取り立てているって」
「ふうん。ねえ、殿下って、どの人だか分かる?」
キラキラ男子集団。遠目でも背が高くてスタイルがよく、すごく見た目がいいのは分かる。それは分かるけど、だからこそ見分けがつかない。
「殿下は、金髪で青い目だったと思うわ。あ、あれじゃない? 眼鏡をかけている人」
眼鏡男子! それはいい。なんとなく理知的な雰囲気がいい。眼鏡を取ると実は美形……なんていうシチュエーションにも萌える。
そう思って眼鏡男子様に目を向けると、すぐ横にローランドがいた。さすが筆頭公爵家令息。王太子殿下と肩を並べている。親友なのかな? 仲睦まじい恋人みたいな感じ。カイルはあの二人を見て、嫉妬してたりするのかしら。
ボーイズ・ラブ的妄想にうっとり浸っていると、眼鏡男子様もとい、王太子殿下がこっちを見たような気がした。そして、なぜかにっこりと微笑んだ。
「きゃあ! 殿下が笑ってくださったわ!」
すぐ隣で声を上げたのは、王族と遠縁という公爵家の令嬢。親戚ならば面識があって当然だし、挨拶くらいするだろう。そうだよね。私に笑いかけたわけじゃない。びっくりした。
私が眼鏡男子様をぼんやり目で追っていると、今度はローランドがこっちに気がついた。そして、眼鏡男子様に何かを告げると、こっちに向かって走ってくる。
周囲の令嬢がざわつき始めた。これはまずい。
「殿下の見物? それとも、俺を見てたのか?」
ローランドがそう言うと同時に、ヘザーが私とローランドの間に入った。
「まさか。どっちもないわ。興味ないもの」
「お前、俺や殿下を捕まえて興味ないって」
「俺様男子は好みじゃないの。殿下の性格は知らないけど、知りたいとも思わないわね」
「手厳しいなあ。俺も可愛げのない女史には、全く興味ないけどな」
ローランドとヘザーは、お互いにふふんと鼻で笑いあった。この二人は何かにつけて張り合っているところがある。もちろん、たいていはローランドが負けるのだけど。
なんとなく微笑ましい気持ちで、私はそんな二人のやりとりをぼんやり眺めていた。
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