8. 一人ぼっちで日向ぼっこ

 ピアノ室から出ると、中庭にはオリエンテーションから戻ってきた新入生たちが、たくさんいた。


 この学園は多くの芸術家を輩出していた。音楽や美術を学ぶ設備も充実している。弦楽器は持参することが多いけれど、グランドピアノはさすがに大きすぎる。それに、練習が騒音にもなりうる。


 そのために、こうした練習室は生活空間から少し離れた場所にある。ただし、かなりの部屋数があるわりに、ほんの一部の学生にしか利用されない。圧倒的に空いている。


 つまり、男女の不埒な目的で使用されている可能性は、否定できない。そんなところから二人で出てきたら、何を言われたか分からなかった。ヘザー、ナイス・カバー!


 先に私たちが出て、時間を置いてローランドがでることになった。ピアノ室から聞こえるのはローランドのピアノ。プロ級の腕前についうっとりと聴き入ってしまう。


 それにしても、ローランドの恋のことをヘザーはすでに知ってたっぽい。当然か。ヘザーに隠し事するなんて、私たちには難しすぎる。


「困った男よね。独占欲が異常に強い」


「しょうがないよ。なんか夢中みたいだし。応援してあげて」


 私の言葉を聞いて、ヘザーはすごく不思議そうな顔をした。あれ? なんでかな。


「何を……応援してって、言ってる?」


「え、だから、その、ローランドの恋」


「へえ、クララ、やっと気がついたんだ。でも、私はずっと応援してたけど……」


「ええっ! いつから知ってたの?」


「いつって、そりゃ、ずいぶん前から」


「すごいっ! さすがヘザー。情報通ね。 私、全然知らなかったわ」


「あいつ、意外と不器用だしね。そっか、とうとう暴露したんだ」


 ヘザーは感慨深げに、うんうんと頷いている。


「そう。本気なんだね」


「ちょっと、あんた。意味分かってる?」


「もちろんよ。愛はすべてを超えるの!」


「ああ、そう。はいはい。よかったね」


 何、その冷めたコメント。でも、ヘザーがBLに興味なくても、別に不思議じゃない。嫌いな人はとことん嫌いだし。


 そのときは、なんとなく会話が噛み合わないとは思っていた。自分がとんでもない勘違いをしていることには、全く気がついていなかった。


 そんなことがあってから、もう二週間になる。ここまでは特に何事もなく時間が過ぎた。衝撃的だったのは初日だけで、あとは特に変ったことはない。


 私は普通科なので、魔法科のヘザーとも離れてしまった。もちろん、同じ科であっても能力順で振り分けられるので、秀才ヘザーと同じクラスにはなれなかったけど。


 ローランドの姿も見えないのに、上級生のお姉さま方がアレコレと気を使ってくれる。おかげで同級生は、みな彼女たちに遠慮して、誰も私に話しかけてこない。


 いや、普通に挨拶はするし、連絡事項は話す。誰からも、無視されたりいじめられたりはしてない。でも、なんというか、友達ができない。


「大ニュースよ。明日から、王太子殿下が戻られるんですって!」


「本当? 外部研修に出ていたって、聞いてたけど」


「研修は昨日で終了らしいわ」


「まあ。じゃあ、これからはずっと学園にいらっしゃるのかしら?」


 今朝からこの話題で持ち切りだった。女子クラスの気安さで、あちこちで噂話が花を咲かせている。


 王族とその側近は特別クラス。ローランドも、もちろんそこにいる。一般とは違うカリキュラムで動いているらしい。入学時期に彼らの外部研修を入れているのは、新入生のパニックを避ける学園側の配慮だそう。


 貴族とはいっても、学生で社交界デビューしているのは既婚者だけ。式典などで遠景で見る以外に、王族と面識があるものはほぼいない。


 噂では王太子殿下は眉目秀麗な秀才。加えてまだ婚約者がいない。未婚の女子は、それはそれは色めき立っているらしい。実際、上級生クラスにはすでに取り巻き女子たちが存在するらしい。


 特別クラス再開準備のせいなのか、今日の授業は休講や自習が多かった。四時間目とランチをはさんだ五時間目が空き時間になったのに、私にはまだ一緒に行動する友達がいない。


 しかたがないので、早めにお弁当を食べてから、私は教室を抜け出した。お天気もいいし、庭園を探索してみよう。


 この学園は、広大な敷地に建てられている。庭園も中庭も裏庭も、なんだったら温室もある。こんなにいい天気なのに、外に出ないなんて……と思うけれど、日焼けを気にしてか誰もいない。


 庭園を歩いていくと、すこしだけ小高い丘が見えた。あの丘の向こうなら、校舎から死角になりそうだ。貧乏男爵家の娘が、一人ぼっちで日向ぼっこ。あまり見栄えがいいものじゃない。見かけた人が同情して、変な気を使ってしまうのは避けたい。隠れたほうが無難だ。


 小高い丘の上に昇ると、そこからは緩やかな芝生の斜面が続いていた。ずっと下のほうには大きな川が流れていて、向こう岸は街になっていた。壁や柵はないけれど、学園の敷地は結界で守られている。勝手に町民が入ってきているような様子はいない。


 ちょっとだけ丘を下ると、私はさっそく芝生に寝転んだ。高いところを流れる雲を、ぼんやりと眺める。太陽はポカポカと暖かく、時間を潰すには最高だ。


 そして、そうしているうちに、私はいつの間にか眠ってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る