7. 道ならぬ恋

「ローランド。とにかく下ろして。態度悪いよっ」


「お前のせいだろ」


「なんで私のせい? カイルとは友達なんでしょ?」


「なんで呼び捨てしてんだよ」


「だって、同い年だからって」


「それ、あいつから聞いたのか?」


 全然、会話が噛み合わない。一体どうしちゃったの! ローランドは私を抱きかかえたまま、校舎とは反対方向にある建物に向かっている。


「ちょっと、どこに行くのよ?」


「ピアノ室」


「なんでピアノ?」


「密室だから」


「え、どういう意味?」


 ローランドはその建物のドアを乱暴に開けた。そして、一番奥の練習室に入って、私をピアノ椅子に下ろす。


「何、怒ってるのよ?」


「もう、カイルと話すなよ」


「なんでそこでカイルが……」


「気になるんだ」


「もうちょっと、分かるように説明してよ」


 ローランドは怒っている。それは分かる。でもその理由がさっぱり分からない。カイルの何が気になるって?


「俺の勘は当たるんだ」


 確かに、ローランドは通信系魔力が強くて勘が鋭い。空気に漂う心の言葉を、知らずに拾ってしまうこともある。でも、それとこれとは、全く関係ない。


「あいつのことは、俺に任せてくれ」


 え、ちょっと、どういう意味? もしかして、ローランドって……。


「好きなんだ。誰にも取られたくない」


 ローランドはカイルが好き? 二人は特別な関係。だから、私を近づけたくないってこと! 愛には年の差も国境も性別も関係ない。二人のことも影に日向に応援すべき……。


「うん、分かった」


 そのとき、ピアノ室のドアがいきなり開いた。それに驚いたせいで、私は鍵盤に肘をついてしまった。ジャラーンという感じの不協和音が鳴る。


「クララ、やっぱりここにいた! もう戻る時間よ」


 息を切らして入って来たのは、ヘザーだった。ベンチから消えた私を、探してくれたらしい。


「ヘザー、なんだよ。お前、邪魔すんなよな」


「するわよ。こんな密室に連れ込むなんて。あんた、クララを何だと思ってるの? 悪い評判が立ったら、あんたのせいだからね」


「許婚と仲良くして、何が悪いって?」


「じゃあ、まずはあっちこっちにいる女を切りなさいよ。クララが刺されたらあんたのせいよ。さ、もう行こう。歩ける?」


 ローランドもヘザーも、なぜかものすごい不機嫌だ。こんなときまで、阿吽の呼吸って。この二人、実はものすごく気が合うんだよね。お似合いだなあと、私は何となくそう思う。


「クララ、手を貸すね」


「ああ、うん」


 傷はほぼ完治。でも、カイルに魔法で治してもらったなんて、うかつに言わないほうがいい。あんな魔法、かなりすごい技だ。人に知られたくないかもしれない。


「足なら、魔法で手当してある」


「え、あんた、治癒魔法なんてできた?」


「俺じゃない」


「誰? すごい人がいるのね」


「黙秘」


「ふうん、女なの? へえ、これがあんたの……」


 やっぱり秘密なんだ。でも、女じゃなくて男だよ。ローランドの……男?


「クララ、足ちょっと見せてみろよ!」


 止める間もなく、ローランドはスカートをたくし上げた。ちょっと待て! その行為は、いくらなんでもないでしょ。痴漢行為っ。


「バカ、やめて!」 


「いいから黙ってろ!」


 私の抗議は、その一言で一蹴されてしまった。こうなってしまったら、無駄に刺激しないほうがいい。ローランドはへそを曲げると厄介なのだ。昔から。


 父親同士が親友ということもあって、ローランドは生まれたときからの幼馴染。これだけ長い付き合いだから、どこがボーダーで、どこが地雷か分かる。


 ローランドは包帯を解くと、患部を覆っていたガーゼを取り除いた。うっすらと傷痕があったけれど、ほぼ治ってしまったと言ってもいい。


「すごいわね。ほとんど治ってる」


 ヘザーが感嘆の声を上げると、ローランドは私を足をするっと撫でた。


「ひゃあっ!」


 なんで? 怪我は治っているのに、なんでここで触る必要あるの。意味分からない。やっぱり変態なの?


「あ、あの、それ、なんの真似?」


「上書きね。魔力の気配を消したのよ」


 ヘザーがさらっと言った。


「あいつが触ったところを、そのままにしておけるか」


「別にいいじゃない」


「ヘザーは黙っててくれ。俺の問題なんだ」


 治癒魔法は重宝。使い手と知られたら、国中から引き抜きが来るらしい。やっぱり、人に知られたくないんだ。 ローランドは、カイルを好奇の目からかばいたいってこと。


 胸を何かがキュンと突き抜けた。いたわりあう男子って尊い! 禁断の愛。素敵……。


 頭の中に、モヤモヤとしていた妄想が、次第に形づいていく。そして、その卑猥さに、思わず顔が赤くなってしまった。だって、ボーイズ・ラブなんて、小説の中だけの話だと思ってたし。


「ふーん、分かった。そういうことね」


 ヘザーは私の顔を見て、訳知り顔で頷いている。ローランドはノーコメントを貫くつもりらしい。やっぱり、言い難いのか。私たちは幼馴染の気心知れた仲。気にしなくていいのに。


 世の中はまだ、同性愛とか男色家に対する目は厳しい。おじさまも、ローランドの嗜好を知ったら、卒倒しちゃうかもしれない。でも、そこは私たち。進歩的な現代女性なんだからね。


「ローランドの真剣な気持ち、私は知れて嬉しかったよ! 大丈夫。頑張って」


 私の言葉を聞いて、ローランドはなぜか赤くなった。ヘザーはそれを見て、呆れたようにため息をつく。なんだかよく分からないけれど、とにかくローランドの恋は、まだまだ前途多難みたいだった。

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