6. 初めての治癒魔法

 ローランドが知らせに行くと、寮から上級生が車椅子を押して出てきた。私、歩けるのに……。


「転んで怪我をしたんですって? 大変だったわね。ローランド様、クララさんのことは、こちらでお引き受けしますわ。ご安心なさってね」


「君達がみてくれるなら、もう安心だな」


 ローランドに輝くような笑顔を向けられて、上級生たちはメロメロだ。この男、確信犯。


「ローランド、もう帰っていいわよ。クララの世話は任せて」


「ヘザー、よろしく頼むよ。じゃあ、みんな、また学園で!」


 さっと手を上げて挨拶をし、颯爽と去っていく色男。その背後で女子がキャーっと声を上げる。当然聞こえているはずなのに、ローランドは振り返りもしない。さすが、慣れてる。


「ローランド様と、どういうご関係なの?」


「友人です。領地が近くて。いわゆる幼馴染ですわ」


 興味津々で聞いてくる上級生たちを、ヘザーが軽くあしらった。ヘザーってすごい。肝が座ってる。


「知らなかったわ。もっと早く教えてくれればよかったのに。今、特別室が空いているから、怪我が治るまではそっちを使っていいわよ。従者用の部屋もあるから、二人で一緒に」


 女子寮は基本一人部屋。ただし、王族や外国からの貴賓留学生には、従者用の部屋がある。それが特別室。今は王族の女生徒はいないし、外国の王家からの留学生もいない。空いたままだ。


「ローランドのやつ、学園でも手広くやってるようね」


 豪華な特別室に入って二人っきりになると、ヘザーは呆れたようなため息をついた。あの宿の常客になっていると知ったら、ローランドの命が危ないかも。


「でも、そのおかげで、しばらく二人でここ使えるのよ。許してあげよう」


「しょうがないわ。あれは病気みたいなものだからね」


 別室があるとは言っても、主寝室のベッドだけでも五人は眠れる大きさだ。その夜、私たちは久しぶりに夜が更けるまでおしゃべりして、一緒のベッドで眠ったのだった。


 翌日の入学式は滞りなく終わり、それに続くオリエンテーションは校内見学だった。足を怪我しているので、中庭のベンチで日向ぼっこをしながら待たせてもらう。


 ぼんやりと池を眺めていると、学園の男子制服のブレザーが見えた。なんだか見覚えがある人。えーと、あれはカイルとかいう名の……。


「あんた、ここで何しているんだ?」


 やっぱり。失礼イケメンさんだ。


「こんにちは。挨拶もないなんて、相変わらず失礼ですね。見ての通り、ベンチで休んでいるんです」


 失礼イケメンさんは、私の足に目を落とした。


「悪かったな。俺のせいで」


 怪我のことかな。まあね、確かにあなたのせい。でも、驚いて転んだのは私。なのに、昨日はツンケンして悪かったな。


「気にしないでください。おかげで助かりましたし」


 私の言葉に、イメケンさんは少しだけ笑った。そして、すっと私の右足に手を当てた。


「触るぞ」


 触ったぞの間違いでしょ? そう抗議しようと口を開きかけたとき、足にぽうっと暖かい熱が注ぎ込まれた。あ、治癒魔法だ。この人、魔法が使えるんだ。

 でもこんな高度な魔法、そんなにホイホイ使えるものじゃない。魔法に疎い私でも、相当の魔力が必要なことぐらいは分かる。


「痛みは?」


 とっさの出来事に固まっていた私に、失礼イケメンさんは聞いた。


「えーと、ない……かも」


 さっきまでズキズキしていた足から、すっかり痛みが引いていた。


「少しだけ、回復を早めた」 


「あ……りがとうございます」


「敬語はいいよ」


「え、でも、上級生ですよね?」


「飛び級してるから。年齢は同じ」

 

 ああ、なるほど。あんな魔法使えるんだもの、そりゃ優等生だよね。


「あ、ありがとう、カイル……様?」


「ぶっ。何でそこでサマ付け?」


 失礼イケメンは、なぜか大爆笑している。 悪い人じゃなさそう。


「えーと、じゃあ、カイル?」


 そこでカイルは急に黙ってしまった。うわっ、顔が赤い。これは照れてるのかな。


「ああ、うん。それでいい」


 カイルは咳払いしてから、私から目を逸らしてそう言った。何とか無表情を装ってはいる。でも、もう照れ顔を見てしまったので、あんまり誤魔化せていない。ちょっと可愛い。


 何となく次の行動に迷っていると、校舎の方からローランドが走ってくるのが見えた。


「クララ、大丈夫か?」


 ローランドは急いで来たらしく、息を切らしていた。


「カイルの……」


「偶然、通りかかっただけだ」


 カイルは無愛想にそう言った。あ、そうか、女と関わってたと思われたくないのかな。女嫌いって話だったし。


「クララが世話になったな。礼を言うよ」


「礼なら、もう本人に言われた。お前が言う必要ない」


「いや、こいつの保護者は俺だから」


 保護者って、私は子どもか。学年は違うけど年齢は半年も違わないのに、その偉そうな態度は何だ。そう言おうとしたとき、ローランドはいきなり私を抱き上げた。


「え?  ちょっ、何してんの?」


「足が痛いだろう。送ってく」


「いいよ! もう大丈夫だから……」


 カイルの魔法のおかげで痛みもないし、第一、学校でお姫様抱っこはまずい。あらぬ誤解を生んでしまう!


「少しは考えろ。お前の取り巻きが荒れるぞ」


 カイルはローランドの腕に手をかけた。


「お前に関係ないだろ」


 ローランドの動きが一瞬止まったので、私はちょっと身構えた。それでも、私を地面に下ろす気配はない。それを見て、カイルは黙って手を離した。


「遊びはほどほどにしろ」


「余計なお世話だ。もう行けよ」


 ローランドにそう言われて、カイルはそのまま校舎のほうへ歩き去ってしまった。

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