5. 幼馴染の変態イケメン

「で、何があった? なんでカイルと一緒だったんだよ」


 ベッドに私を下ろすと、ローランドは開口一番でそう聞いた。いやいや、質問するなら私のほうが先でしょ?


「この宿の常連みたいね。何に利用してるの?」


 私より一つ年上のローランドは、すでに王都の学園の寮に入っている。こんな宿を使う理由と言えば、女絡みしかない!


「あー。まあ、色々と? 門限に間に合わなかったときとか。課外授業とか?」


「はあ? どうせ、女の子連れ込んでるんでしょ? おじ様に言うわよ!」


「男の嗜みだよ。いわば研究と実践だ。父上も気にしないって」


 開き直ったな! 何が嗜みよ。女の研究? スケベっ!


「あ、そう。じゃあ、ヘザーに言う!」


「すいませんでしたっ」


 私たちは顔を見合わせた。そして、どちらからともなく、ブーっと吹き出す。二人とも、昔からヘザーには頭が上がらないのだ。


「もういいや。怒る気失せた。ヘザーと来てたんだけど、途中で別れて寮に戻るところだったの。道に迷ってゴロツキに絡まれてたとこに、あの人が通りかかっただけ」


 それを聞いて、ローランドの顔つきが変わった。


「ゴロツキに怪我させられたのか? どんな奴らだったか言ってみろ。俺がぶっ殺してやる」


「あ、いやいや、怪我は自分で転んだの。それに、あの人が助けてくれたし」


「カイルが?」


「あの人、カイルっていうの? 知り合い?」


「ああ。それにしても、あのカイルが……」


「え? 何? なんか問題あるの?」


「いや、ただ極度の女嫌いだから」


 女嫌いか。なるほど。あの失礼な言動はそういうことなのか。


「そうなんだ。確かにそんな感じだったな」



「え、お前、あいつとしゃべったの?」


「一応?」


 話したというか、口論したというか? でも、私はちゃんとお礼も言ったよ。


「あいつはやめとけよ」


「何言ってんのよ、意味不明。どーでもいいけど、私もう帰らないと」


 このままだと、ヘザーよりも遅くなってしまう。ああ見えて、彼女はすごく心配性なのだ。


「待てよ。ちょっと怪我見せてみろ」


 そう言うと、ローランドは私の右手を取った。棘が刺さってたら大変だろ。ローランドはそう言うと、少し眉を潜めた。そう言えば、こいつも意外と過保護だったっけ。


「大丈夫よ。こんなん舐めておけば治るから」


 そう言って手を引っ込めると、ローランドはしゃがんで、私の右足をつかんだ。ぬめりとした生暖かい感覚が走る。


「ひゃあっ!」


 思わず声をあげてしまった。何? 舌? ちょっ! 女の足を舐めるなんて!ローランドが変態に?


「変な声、出すなよ。舐めときゃ治るって言ったの、お前だろ?」


「あんたが舐めろとは言ってない! 離さないと殴るよっ」


「大人しくしろ! 棘が刺さってる。血が止まる前に取らないと悪化するぞ」


「……痛っ」


 棘が刺さっているなんて知らなかった! 確かに結構痛いかもしれない。ローランドは舌で棘を探り当て、それを口で吸い出す。医療行為なのに、なんだか背中がゾクゾクする。


 少し冷静になろうと、私はローランドの顔をじっと観察してみた。幼馴染で見慣れているとはいえ、本当に整った顔をしてる。


 いかにもオシャレに気をつかってますという感じ。整髪料できちんと整えた髪は、少し長めで綺麗な栗色だ。公爵家の直系男子に受け継がれるエメラルドの瞳、彫りの深い目鼻立ち。

 はっきり言って、超絶可愛い美人と言っていい。昔からしょっちゅう違う女の子を連れているけど、ローランドより美人は見たことない。


「……う、ぐっ」


 傷を舌で深くえぐられるように触られて、私は無意識にうめいた。


「悪い。痛いか? もうちょっとだから、我慢してくれ」


「……うん。ありがと」


 しょうもないタラシだけど、実は意外といいやつ。それがローランドだ。


「よし! これで棘は抜けた。今、消毒薬をもらってきてやるから、ちょっと待ってろ。動くなよ」


「うん。ごめんね。迷惑かけて」


「気にすんなよ。お前も一応は女だから。生足舐められて、ご褒美だな。ま、欲を言えば、もっと足首が締まってるほうが好みだけど」


 は? い? う? お? な、な、な! 何~ぃ?


「バカっ! ローランドの変態っ!」


 側にあった枕をつかんで投げると、ローランドは華麗にそれを避けた。感謝なんかして、不覚だった。こいつは変態イケメンだ! 今日から私は、ローランドをそう称することに決めた。


「クララ! 怪我したって、大丈夫なの?」

「ヘザー?  どうしてここに?」


 消毒薬を持ってきてくれたのは、なぜかヘザーだった。


「宿に入っていくのを、たまたま見かけたのよ」


「え、図書館は?」


「それがねえ、東洋の女学生の団体が観光してて、激混みだったの。『占いの館』で見たのと同じ制服だったわ。たぶん、別グループだけど。だから、早々に引き返してきた」


 ちょうど道の向こう側から、私たちを見つけたらしい。追いかけて宿に入って、ロビーで出てくるのを待っていたという。


「でも、戻ってきてよかったわ。ローランドが馬車を手配してくれているから。病院に行きましょ」


 足の怪我は擦り傷だけで、痕は残らないという。杖をつくほどでもないけれど、しばらくは足を高くして寝るようにと言われた。たいしたことなくて、本当によかった。


 ローランドは、病院まで付き添ってくれた。そこから寮まで、馬車で送ってくれる。


「歩けるのか? 寮まで抱っこで運んでやろうか?」

「あんた、バカなの?そ んなことしたら、クララが悪目立ちするでしょ! 私が肩を貸すから大丈夫よ」


 ヘザーがテキパキと言った。さすがの機転! まだ女子寮に入って間もない。明日が入学式の新入生。できれば目立ちたくない。


「二人ともありがと。迷惑かけてごめんね」


「「慣れてる」」


 今、カブったよね。私っていつもこんな風に二人の世話になってるってこと? なんだかすごく、申し訳ない気分になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る