4. 騎士の失礼イケメン

「よくも邪魔してくれたな!」


 目の前に現れたのは、さっき逃げていったゴロツキたち。ただし、どう見ても素人。貴族の嗜みの護身術で、無難に切り抜けられそう。

 とはいえ、あまり大きな騒ぎは避けたい。ここは素直に謝って、有り金を置いていくのが得策だ。


「君、下がって!」


 そのとき、真っ黒な影が急に目の前に現れた。


 驚いて後ろに飛び下がった反動で尻もちをつく。そのせいで、木材ゴミの切れ端に右足と右手をこすってしまった。ザリッと嫌な音がする。


「くそっ。 覚えてろよ!」


 陳腐なセリフを残して、ゴロツキどもはあっさりと逃げていった。呆気に取られていた私は、こちらを振り向いた人の顔を見て、思わず息を飲んだ。


 また別のイケメンが登場。この人もまたもやあり得ないイケメンだった! なぜ、こんなにアチコチにイケメンが? どう考えてもおかしいでしょ。


 無造作に乱れた髪は漆黒で、瞳は群青色だろうか。黒めの騎士服を着ている。男らしく精悍な顔立ちで、たぶんかなり鍛えて引き締まった体つき。洗練された身のこなしは、どう見ても高貴な血筋という感じ。


「怪我は?」


 騎士イケメンはそう言って、私に手を差し出した。その手を取ろうとしたとき、手の甲に血が滲んでいるのに気がついた。ズキズキと痛みが走る。


「ひっかけたのか。鈍くさいな。自分の身も守れないのに、こんなところへ来るな」


 あなたが飛び入らなかったら、自分で身を守れた。それどころか怪我もしなかったのに!


「どうせ貴族だろ。世間知らずなんだから、迷惑かけるな」


 そんな言い方ないでしょ。私は貴族でも、限りなく平民に近い男爵家の出身。そこまで世間知らずじゃない!


「お言葉ですけど、急に目の前に人が現れれば、驚くのは普通です。あなたが来なければ、私は転ばなかった。こんな怪我もしませんでした」


「助けてもらって、その言い草か」


「助けてなんて、頼んでいません」


「あのままだったら、どうなっていたか」


「自分でなんとかしました」


 世の中には、こんなイケメンしかいないの? もうイケメンに期待するのはやめよう。恋人には地味顔の人を選ぶべき!


 ワンピースについた土をパンパンと払うと、その失礼なイケメンは、呆気に取られたようだった。なぜか私の顔をまじまじと見つめる。


「怪我は大丈夫か?」


「かすり傷です。どうかお気になさらず」


「安全な場所まで送ろう。家はどっちのほうだ?」


「大丈夫です。すぐそこが大通りだし」


「いや、でも」


「大丈夫ですから。それから、一応、助けてくれてありがとうございました」


 とても失礼なイケメンだけど、一応はお礼を言っておくのが筋。ツンツンとした態度を崩さずにそう言うと、失礼イケメンはブーっと吹き出した。


「そんな態度で礼を言われても……」


「笑うなんて失礼です。世間を知らないのは、あなたも同じようね!」


 歩き出そうとしたとき、右の足がズキッと痛んだ。でも、大丈夫。歩ける。そう思ったとき、突然、体がふわっと浮いた。


「ちょっと、下ろして!」


「その足じゃ歩けないだろ。危ないから暴れるな。少しだけ我慢しろ」


 どうしよう。失礼イケメンに横抱きされている! これはいわゆる、お姫様抱っこというやつ?


「重いな。女はみんなこんなに重いのか」


「男なのにヤワですね。鍛え方が足りないんじゃ?」


「あんた、面白いな。名前は?」


「お教えする必要、あります?」


 ぴしゃりと遮ると、失礼イケメンは肩をすくめた。もういいから黙ってて!


「カイル、どうしたんだ?」


 そのまま大通りに出るとすぐ、背後から聞き覚えのある声が響いた。声のするほうを振り返えると、そこには予想通りの人物がいた。一体全体、今日はどうなっているの? イケメン祭? 地味顔はどこにいるの?


「クララか? こんなとこで、何してんだよ」


「知り合いか?」


 私を抱きかかえる失礼イケメンに、幼馴染のローランドは大きなため息をついて答えた。


「ああ、幼馴染というか、腐れ縁というか。一応、許婚いいなずけだ」


 それは親たちの口約束でしょ! でも、 その情報、今ここで言う必要ある? 失礼イケメンはそれを聞いて、さっと私をローランドに差し出した。まさかのお姫様抱っこパス! もう降ろしてほしいんだけど……。


「怪我をしている。手当してやってくれ」


「怪我?  迷惑かけたな」


「いや。しかし、お前、苦労するな」


 その失礼なイケメンはふっと笑うと、そう言い残して去っていった。どういうこと? 最後まで失礼な人。

 でも、なんとなく懐かしい雰囲気を持った人だった。どこかで会ったことがあるような……。まさかね。あんな美形、一度会ったら忘れないと思う。


「ちょっと、ローランド! もういいから、下ろしてよ」


「はあ? お前、なんで怪我なんてしたんだよ」


「それは後で話す。とにかく恥ずかしいから!」


 今の私は公衆の面前で、幼馴染の壮絶美形男子、筆頭公爵家の令息に抱きかかえられている。しかも怪我をした足から血を流して。非常に誤解を招くシチュエーションだ。


「ああ、そうか。じゃ、そこの宿に入るぞ」


「は? ちょっと、何言ってんの? 待って!」


 ローランドは、車道を走って渡り出した。驚いて足をバタバタさせたとき、私達のすぐ横を馬車が通った。


「おいっ! 危ないだろ。馬車に轢かれるぞ! しっかりつかまれよ」


 やだ! 怖い! 死にたくない! 涙目でローランドにしがみつくと、甘い香りが漂った。え、これ香水? なんでこんなにめかし込んでるの? あやしい!


「おやっさん! 部屋貸して!」


 町宿に入ると、ローランドは勝手知ったるという感じで、受付のおじさんに声をかけた。


「おっ! 今日はえらい別嬪さん、連れてるじゃないか」


 ローランドはさっと鍵を受け取って、私を抱えたまま階段をあがる。そして、慣れた様子で客室のドアを明けたのだった。

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