第5話 勧誘

 「HPとSTがほぼゼロに近いな。」


 ゲームと同じ仕様なのか、俺が少女に駆け寄ると、名前「アリア」とその下にHP及びSTバー表示された。


 ・・・ん?八百屋のおばさんやノエルには、こんな表示出なかったけどな・・・。


 通常であれば、HPバーなどが表示されるのはプレイヤーだけだ。NPCでは一切ない。ただ、眼前の少女にはそれが表示されている。これは、俺と同じ閉じ込められたプレイヤーを意味するのか、それとも・・・。


 ・・・とりあえずは、回復が先だ!


 俺はアイテムボックスから、「往古の霊薬」を取り出し、少女 ―アリア― にゆっくりと飲ませた。「往古の霊薬」は、レアアイテムの1つで、一発でHPとSTが回復するポーションである。狩猟難度S以上のクリーチャーを討伐する際には必須アイテムとされているが、俺はあまり使うことがなかったので、アイテムボックスに「往古の霊薬」が999個×5ある。1個といわず、アリアに100個使用しても全然問題ない。


 「よし、全回復したな。あとは目覚めるのを待つだけか。」


 アリアは、だいたい14~15歳ぐらいだろうか。どうして1人で地底洞窟にいるのか、HPとSTがほとんどなかったのか、聞きたいことはたくさんある。


 ・・・あれ?そういえば、『アルマフェルゼン』の死骸が消えてないんだけど・・・。


 俺は数m先にある、一刀両断された『アルマフェルゼン』の死骸を見て、困惑した。ゲームであれば、狩猟されたクリーチャーは、美しいエフェクトとともに霧散していく。そして、クエストをクリアすれば、マップ上にある「ハンターズユニオンに帰還する」という文字が浮かび上がり、それに触れることで、自動でハンターズユニオンに転移する。報酬金とランダムで獲得できるいくつかの素材は、アイテムボックスに自動に入るという仕組みだ。しかし、『アルマフェルゼン』の死骸は一切霧散しておらず、そのまま残っている。案の定、マップ上に「ハンターズユニオンに帰還する」という文字もない。


 ・・・返り血が付いたことで動揺してたけど、そういえば、さっきの『ブラックスコーピオン』も消えてなかったっけ・・・。


 クリーチャーの死骸をどうすればいいのか、全然分からない。一度、ハンターズユニオンに戻ってノエルに聞くしかないだろう。非常に面倒くさい・・・。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 数分後、アリアがゆっくりと目を覚ました。そのまま、おもむろに上体を起こし、周囲を見渡した。


 「お、起きたか。体は大丈夫か?」

 「え、あ、あれ、い、生きてる・・・?い、痛みも疲労感もない・・・。えっと、あ、あなたが助けてくれたんですか・・・?」


 アリアは自分の身に何が起こったのか分からず、茫然自失しているようだ。


 「ひとまずは、状況を整理しようか。」


 俺は自己紹介を軽くしつつ、アリアを助けたときの状況を説明した。そして、今度は俺がアリアに、この状況になってしまった経緯を聞いた。アリアは時折、悲哀に満ちた表情を浮かべたが、決して泣くことはなかった。


 アリアの話を簡潔にまとめるとこうだ。


 アリアは、幼い頃に両親が病死し、孤児院で育てられた。その後、狩猟されたクリーチャーの解体を専門とする「解体職(解体職に就いた人を、この世界では通称「解体者」と呼ぶらしい)」養成の学校に入り、日々勉強を頑張った。そして、つい先日、専門学校を卒業し、「解体者」としてとあるギルドに加入した。ただ、そのギルドで、いきなり何十体もの解体を行わされ、報酬金の配分も明らかに少なかった。何度もギルドマスターに交渉したが、掛け合ってもらえず、ギルド脱退には、ギルドマスターの許可がいるため、抜けることもできなかった。結果、栄養失調と過労で、今日倒れてしまい、ギルドメンバーには置き去りにされてしまった。


 「よし、そのギルドメンバー全員、ボコボコにしに行こうか。」

 「えっ!?」


 俺はあまり怒る方ではないが、これは絶対に許せない所業である。むしろ、許せという方がおかしい。


 「ちょ、ちょっと待ってください!」

 「アリア、離してくれ。俺がお前の仇をとる。」


 ハンターズユニオンに戻ろうとする俺を、アリアが右腕を掴んで引きとめる。


 「わ、私のことはもう大丈夫ですから・・・。意識を失う前に、ギルドマスターが私を除籍するって言ってましたので・・・。今日から私は自由なんです・・・。」


 アリアは笑顔で話しているが、その表情にはどこか翳りが見られる。


 「でも、これからどうするんだ?」

 「・・・また、違うギルドに加盟すると思います。今回は、世間知らずの私が、入るギルドを間違えてしまっただけですから・・・。次からは騙されないように気をつけます。」


 アリアの話だと、「解体者」はハンター(いわゆる「狩猟者」)よりも地位が低く、待遇は決して良くないらしい。確かに、「狩猟者」の方が命がけでクリーチャーと戦っている分、報酬は多く配分されるべきだろう。しかし、それは「解体者」を不当に扱う理由にはならない。アリアは専門学校を卒業したばかりで、経験が圧倒的に少ない。今後も、安く見積もられる可能性は十分にある。


 「Creature Hunters」には「職業」の区別がなかったが、この世界にはそれがあるようだ。つまり、ゲームでは「ハンター」と呼ばれていたものが、細かく「狩猟者」・「解体者」・「採集者」・「調合者」に分かれており、この4つの職業を中心にギルドが結成される。そして、その他にも料理人や武器鍛冶屋、装備鍛冶屋などが存在するそうだ。ただ、「ハンター≒狩猟者」という認識が深く浸透しているように感じた。


 恐らくだが、この世界では「Creature Hunters」で「ハンター」と呼ばれていた「職業」に就いている人に、名前とHP及びSTバーが表示されたのだろう。すなわち、「バーが表示される=ハンター認定」というわけだ。


 また、クリーチャーの死骸が霧散しない理由もアリアの話で合点がいった。「解体者」という職業が存在しているのだ、狩猟したクリーチャーが消失してしまったら意味がない。「解体者」がクリーチャーを丁寧に解体することで、そのクリーチャーの素材が色々と手に入るというわけだ。


 ・・・となれば、言うことは一つだろう。


 「アリア、一つだけお願いがあるんだが・・・。」

 「はい、何でしょうか?あっ、すみません。『往古の霊薬』は必ずお返しします。何年かかるかは分かりませんが・・・、絶対にお返ししますので!」

 「あ、いや、別に『往古の霊薬』は腐るほどあるから、返さなくていいよ。それよr・・・」

 「へっ!?」


 アリアは、目をカッと開いて驚き、わなわなと身を震わせた。


 「え、え、え、お、『往古の霊薬』って、1個100万yの激レアアイテムですよね・・・?ルシファーさんって、何者ですか・・・?」

 「えっ、『往古の霊薬』ってそんなにするの!?」

 「えっ、知らないんですか!?」


 ゲームだと、「往古の霊薬」は1個1万yのアイテムなので、俺の方がびっくり仰天だ。まだ大丈夫だが、もし本当にお金に困ったら、「往古の霊薬」の売却しよう。


 「ルシファーさんって、本当に何者ですか・・・?」


 アリアが信じられないものを見る目で俺を見つめてくる。やめて、美少女にそんな目で見られたくない!!


 「ま、まぁ、それは置いておいて・・・。俺のお願いを聞いてほしいんだけど・・・。」

 「あっ、そうでしたね。いったい、何でしょうか?」

 「俺がつくるギルドに入ってくれないか?」


 そう、俺の想いはただ一つ。アリアに俺のギルドに加盟してもらうこと。そもそも、俺が解体なんてできるわけがない。これからクエストをこなす上では、「解体者」は必要不可欠な人材だ。何としてもアリアを仲間に引き入れたい。一方で、今後アリアが不遇な目に遭わないためには、俺のギルドに入るのが一番だと思う。俺は、報酬金の不当な配分など、絶対にしない。正直、配当割合は1対1で良いような気もする。


 俺の言葉を聞いたアリアは一瞬固まり、その後深く考え込むような仕草を見せた。きっと、俺をまだ信用しきってないのだろう。それは至極当然だ。出会ってまだ数十分の男を信用しろという方がおかしい。ただ、これも何かの縁だ。アリアには是非とも、仲間になってほしい。ギルド創設には2人以上必要であり、俺のよく分からない勘も「アリアをギルドメンバーに入れろ!」と叫んでいる。


 「もちろん、無理にとは言わない。俺を信用できないなら、断ってくれて大丈夫だから。」

 「・・・あの、ルシファーさん。」


 神妙な面持ちでアリアが俺の方を見つめた。


 「どうした?」

 「奇妙なことを言うかもしれませんが、ルシファーさんに答えてほしいんです・・・。」

 「?」

 「『真っ黒なコートに身を包んだ最強のハンター』を知っていますか?」

 「・・・ほへぇ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る