第4話 一刀両断

 「さてと、これからどうするかな・・・。」


 俺は、右手を翳して時刻を表示させた。


 14:03:11


 予想よりもあまり時間は経過していないようだ。そして、昼時とはいえ、そこまでお腹が減っているわけではない。


 「じゃあ、所持金を増やしに行きますか。」


 俺は、久しぶりに狩猟することにした。ただ、約4年のブランクがあるため、いきなり高難度のクエストは心配である。ここは、ウォーミングアップにちょうどいいクリーチャーを見繕うべきだろう。


 「ん~、どうしようかな・・・。」


 俺は、宿舎からハンターズユニオンに戻り、「クエスト掲示板」を眺めていた。簡単すぎるクエストは正直つまらないし、かといって、勘を取り戻していない状態で狩猟難度A以上のクリーチャーに挑むのは怖い。


 ・・・準備運動にちょうどいいクリーチャーのクエストは・・・あっ、これだ!!


 俺はようやくウォーミングアップにふさわしいクエストを見つけた。すぐさま、その用紙をノエルのところに持っていき、受理してもらった。


 「地底洞窟に出現したアルマフェルゼンの狩猟ですね!ルシファーさんなら余裕過ぎるのでは?」

 「いや、そんなことはないですよ。」


 どんなクリーチャーが相手でも、油断してはいけない。これは、俺がソロプレイヤーとして、ゲームを楽しんでいたときから持っている信念だ。「Creature Hunters」では、クエストとは関係ないクリーチャーが乱入してくることもあれば、狩猟対象のクリーチャーが突如として進化や特殊変化したり、想定外の攻撃をしたりすることもある。もちろん、そのような場面は滅多にないが、常に危機意識をもってプレイすることが大切だと俺は思う。なお、『巌鎧獣アルマフェルゼン』は狩猟難度Cであり、今の俺にはちょうどいい相手である。狩猟難度Cは、HR300以上が条件になるため、『アルマフェルゼン』はプレイヤーにとっての一つの登竜門と呼ばれている。


 「それじゃあ、クエストに行ってきます。」

 「はい、お気をつけて!」


 俺は、ゲームプレイ時と同様にマップを表示させ、そこに出現した「クエストを開始する」という文字に触れようと思ったが、その文字が一切見当たらない。慌てて、色々な箇所を隈なく探したが、本当に見つからない。


 ・・・ま、まさか、これもそうなのか・・・?


 「ルシファーさん、どうしましたか?」

 「あの、ノエルさん・・・。」

 「はい。」

 「地底洞窟に自動転移されないんですが・・・。」

 「・・・・・・アハハハ!!」


 ノエルは一瞬ポカンとしたが、突如お腹を抱えて笑い始めた。


 「もう、ルシファーさん、冗談が過ぎますよ!!そんなこと、できるわけないじゃないですか!!」


 ノエルは、笑い過ぎて涙目になっている。だが、むしろ俺の方が涙を流したい。


 ・・・う、嘘だろ・・・。まさか、地底洞窟まで自力で行くのか・・・。


 ゲームの時であれば、マップ上に浮かび上がった「クエストを開始する」という文字に触れるだけで、狩猟対象が棲息しているフィールドのどこかに自動転移された。しかし、先程のマップの同様、この世界だとそのような機能がないらしい。


 ステータスやアイテムボックスなど、ゲーム仕様の部分もあれば、今回のような現実世界と同じ要素が入り込んでいる。「現実世界と仮想世界の融合」と言えば聞こえはいいが、慣れるまで時間がかかりそうだ。


 俺はノエルに地底洞窟までの行き方を尋ね、すぐに出発した。フィールドが遠いところであれば、ハンターズユニオン所有の馬車を借りられるそうだが、今回の洞窟は意外にも徒歩で行ける距離だったので、歩くことにした。ちなみに、実力派揃いのギルドはクエストの報酬金が貯まりやすいので、そのギルド専用の馬車を購入しているそうだ。俺も所持金を増やすために、できる限り多くのクエストをこなしていくべきだろう。


 ・・・そういえば、返り血のエフェクトはどうなるんだ・・・。


 ゲームをプレイしている時は、クリーチャーにダメージを与えることで返り血が飛びだす演出があったが、プレイヤーが返り血を浴びることはなかった。しかし、現実と仮想が混ざり合っているこの世界は、「返り血」をどう処理するのだろうか。


 ・・・ここは返り血を浴びるという想定で、装備を変えておくか。


 俺はもしもに備えて、絶対に汚したくない愛用の「シュヴァルツシリーズ」から、もう一度懐かしの「ギラファシリーズ」に装備変更した。また、ノエルに会うときだけ「シュヴァルツシリーズ」に変えれば問題ないだろう。


 ・・・もし返り血がついたら、ちゃんと拭いてやるからな。


 俺は身につけた「ギラファシリーズ」を優しく触りながら、地底洞窟を目指した。ゲームではできなかったが、もし装備を洗えるのであれば、感慨深い「ギラファシリーズ」を丁寧に洗ってやろうと決意した。


 30分ぐらい歩いただろうか、ようやくスペリオル近郊の地底洞窟に到着した。地底洞窟内は、天然の様々な鉱石が光り輝いており、太陽光が届かなくても、比較的明るいフィールドである。


 「『アルマフェルゼン』の捜索を開始しますか!」


 俺は久々の狩猟に心を躍らせながら、『アルマフェルゼン』を見つけに洞窟内の探索を始めた。懐かしい気持ちで、鉱石や植物を採集しながら、どんどん洞窟内を進んでいくと、小型クリーチャーの『ブラックスコーピオン』に遭遇した。小型クリーチャーのほとんどが狩猟難度最低のFであり、もれなく『ブラックスコーピオン』もそうである。体長は2mほどで、そこまで大きくはないが、『ブラックスコーピオン』の毒針に刺されると、猛毒状態に陥ってしまうため、少し注意が必要だ。


 「刀の錆にしてやるぜ!」


 俺は、火焔属性が付与された小太刀「プルガトリオ」に装備変更し、「ブラックスコーピオン」を一刀両断した。やはり、小型クリーチャーではウォーミングアップにもならない。ただ、一つだけ分かったことがある。


 「か、返り血が、付いてる・・・!」


 顔にはかからなかったが、「ギラファシリーズ」の胴体部分と小太刀「プルガトリオ」に『ブラックスコーピオン』の深緑色の体液が付着してしまった。しかも、ちょっと臭い・・・。


 俺はできる限り、『アルマフェルゼン』以外のクリーチャーを討伐せずに先に進むことを決めた。また、クエストクリア後は、返り血を防ぐアイテムがないか、ノエルに聞こうと思った。


 その後、クリーチャーに遭遇しても、何とか返り血を浴びることなくやり過ごした。そして、『アルマフェルゼン』が巣にしていると思われる場所に着くと、『アルマフェルゼン』が奥のエリアに素早く移動しているところを見つけた。全身が巨大な岩でできており、足を動かす度に地面が大きく揺れるので、近づくのが面倒なクリーチャーである。


 「逃がすか~!」


 俺はバランスを取りながら、揺れる地面を難なく突破し、『アルマフェルゼン』の背後を追いかけた。すると、『アルマフェルゼン』の前方に一人の少女が倒れているのを見つけた。


 「ヤバッ!!」


 ゲームのプレイヤーであれば、『アルマフェルゼン』の攻撃をもろに受けて即死、クエスト失敗で、所持金から自動で違約金が支払われ、強制ログアウト案件だ。しかし、この世界のNPCの言動は、現実世界の人間と何ら変わらない。さらに、返り血のエフェクトまで現実そっくりだ。となれば、あの少女がログアウトすることなく、そのまま息絶えてしまう状況も念頭に置くべきだろう。


 ・・・人が死ぬところなんて、絶対に見たくない!!


 「少女を絶対に死なせない」という思いが強く働いたのだろうか、俺はかつての勘を少し取り戻し、『アルマフェルゼン』にすぐに追いついた。そして、武器変更で爆砕属性の大太刀「デストルクシオン」を振りかざし、背中の石巌を粉砕しながら、『アルマフェルゼン』の胴体を真っ二つに切断した。もちろん、どす黒い返り血はえげつなかったが・・・。


 「何とか間に合ったか。」


 俺はすぐさま少女に駆け寄った。

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